二人の仮定

 マリアは禁煙道具をガムから禁煙パイポに変えたようで、偽物タバコを咥え上下にピコピコ動かしている。


「似て非なる者……」

「元警官のマリアなら、閃くかと思ったんだけどね」


 アカヌマから電話が来てから、強襲係のオフィスに向かい彼が刑務所で聞いた話をマリアに話した。あくまで、世間話として。いや、クイズを一緒に解いているのに近い。

 私と彼女とでは視点が違う。

 物事の見方は一つではないとよく言われる。だから、視点を変えてみる事にした。

 調査係の仲間達と考える方が近道のように思えるが、こうして他人の意見を聞く事をFBI時代から心がけている。

 思わぬ事実などが判明する事もあったが、今回の結果は芳しくない。

 私はマリアが余らせたガムに手を伸ばす。


「でもそれって、エンジェルスって奴の主観でしょ。……信じられるの?」


 痛いところを突いてくる。

 彼女にとって、エンジェルスはただの売人集団のボス。

 しかも、面と向かった事はない。

 エンジェルスと会った時、彼女は寝ていた。バーテンに薬を盛られて。

 エンジェルスが店長やってた店での出来事だ。

 心証は最悪だろう。

 これは、視点の違いの弱点とも言える。


「信じるか信じないかは、個人の判断よ。……アカヌマは、信じてるみたいだけど」

「……あっそ」


 素っ気ないセリフの様に聞こえて気にしてるような素振りが気になったが、マリアの意見ももっともだ。

 わざとらしいイチゴ味を噛みながら、別の進め方を考える。


「……じゃあ、こう考えよう。“誰が得をしたか”って」

「ほう?」


 エンジェルスの事が信じられないだけで、なんだかんだマリアもこの事件に興味があるみたいだ。


「ヘブンズフラワーを買っていたのが何処の誰だろうが、買うのには何らかの理由がある。リスクを犯してまで、やるんだ。それ相応の旨味があるの」

「……まぁ順当に考えて、転売目的?」

「仮にそうだとしよう。じゃあ、理由は“金”だと仮定できる」

「金だったら、誰でも得出来るわね」

「じゃあ、それだとしたら誰でも得になる。組織の人間を年齢で絞って、怪しい金の出入りを調べるのが結果が出やすいかも」


 こう話しているが、調査係の面々はとっくに思い付いて行動に移している。

 その時、マリアがポツリと呟く。


「……でも、ニューヨークじゃ売れないよね。麻薬」

「何で?」

「だって、ニューヨークじゃカリスト・マイオルが麻薬商売仕切ってたからさ」

「……そうだね」


 カリストは何のリターンを貰ったのかは知らないが、彼女は強かな商売人だ。

 自分の利益を削ってまで、商売敵を作る理由がない。

 という事は、名無しのスーツ男はニューヨークで活動していないと考えられる。


「アメリカ合衆国五十州から候補が一つ無くなった」

「残り四十九州あるのかぁ……」


 マリアはその途方も無さに遠い目をしているが、私は別の事を考えていた。


「……でも、なんでヘブンズフラワーなんて扱いにくい薬物を仕入れてたんだろう?」


 実際問題、ヘブンズフラワーというのはあまり有名な薬物ではない。

 服用した際の症状として、多幸感などが挙げられるがもっと安く手に入る薬物は沢山あるし、名前の由来にもなっている体液に反応して独特な臭気を発する事象は、薬中からしたら『私はヤクを乱用しました』と大声で言っているのと同義だ。

 どんなアホでも、快楽目的で捕まりに行くようなそんな愚行はしない。

 それに、ISSが認識したヘブンズフラワーの服用者は全て薬をドーピング感覚で使っていた。

 多くの薬中のニーズに答えられるような代物ではないのだ。


「それなのに、なんで?」

「どうしても買わなきゃいけない理由があったからとか」

「例えば?」

「……本人が乱用者だったから?」

「それはない」


 組織というのは味方に甘いが、乱用者を放っておくほど馬鹿ではない。

 隠すなり、軽くても処分の一つはするはずだ。

 それを怠ったら、組織として成り立たない。

 上層部が必死になって隠ぺいしても、いずれバレる。

 ヘブンズフラワーなら特に。


「……転売するなら、他の州にお得意様がいたとか。これだったら、筋は通ってるでしょ」


 マリアが自信満々な顔で言う。

 確かにニューヨークで買っても、他の州での売買ルートがあるなら困りはしないし大量に買った理由も納得できる。

 だが。


「じゃあ、お得意様って?」


 その推測が正しいなら、そこが一番の疑問になる。

 私がそれを投げかけると、マリアの顔がシリアスな表情に変わる。


「実は、少しだけ考えてる所があるんだけど」


 声もふざけていない。真面目な答えだろう。


「何処なの?」


 私が唾を飲みこむと、マリアはゆっくり口を開いた。


「人身売買組織」


 私はマリアの顔をマジマジと見つめる。

 そして、ソファーに身を沈めた。


「……なるほど」


 声を絞り出す。

 要は、アカヌマとマリアと戦ったコックや車に落ちてきたいつぞやの墜落男のような人間を作りあげるのに、ヘブンズフラワーは使われていたし、カリストも同じ様な形で使っていた。

 それならば、薬の量から考えてそこそこの規模の組織に流していたと考えられる。


「……なんでそう考えたの?」

「使いにくいって言ったでしょ。だから、使ってた奴らを考えてみたら……共通項は人身売買組織だった」


 コックに墜落男。

 その二人共、ヘブンズフラワーを常用していた。

 そして、その二人が共通しているのは。

 かつて、その身を売られた事。


「……だとしたら、早速調べてみますか」


 私は立ち上がり、マリアに礼を言ってオフィスに走った。

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