旅立ちの日
矢上は俺に言った
「赤沼さん。いきなりですいませんが、明日の朝四時に出発します。駐屯地の正門に迎えに行くので来てください。羽田空港まで行って、アメリカに飛びます。以降の行動は、デニソンに一任しているので彼の言う事を聞いてくださいね」
腕時計を確認すると、午後六時を回っていた。いくら何でも早すぎる。
「早すぎやしませんか?」
「遅すぎるぐらいです」
即答された。
「本当なら、今君をとっ捕まえて輸送機でも奪ってハワイまで連れて行った後、米軍基地から戦闘機パクってニューヨークまで拉致したいが、君にも色々やることがあるだろうと思ってこっちも譲歩したんだよ」
少なくとも二つの組織にケンカを売る計画を話すと、デニソンは俺の肩をたたき「そういうわけだから、頼みましたよ」と言った。それに対し俺は。
「ハハッ……」
乾いた笑いで返事をする。
俺と握手をすると、矢上とデニソンは去って言った。
固まっていた空気が動き出す、正常な時の流れを思い出したかのように。
「フゥ……」
溜まっていた様々な感情、疲れを一つの息に込めて吐き出す。一時間弱が途轍もなく長く感じた。
話を全て鵜呑みするわけではないが、本当だとすると俺は自衛隊にいられない。警告が今になって現実味を帯びてくる。
ゆっくりと体を動かし、司令官室を出ようとすると司令官が戻って来た。
「赤沼一尉、ISSの矢上さんから話は聞きました……すぐに、アメリカに行くそうですね」
「はい」
帰り際に矢上が司令官に俺のことを報告したのだろう。どこまで話したのかは知らないが、少なくとも俺の次の勤務先は知っているようだ。
「引継ぎに関する書類は、私がやっておきます。班の人達には、
「はい……」
「……赤沼浩史一尉、現時刻をもって、貴官の身柄は自衛隊からISSアメリカ本部預かりとなる。……頑張ってください」
そう言って、司令官は俺に向かって敬礼をした。俺も黙って敬礼する。
宿舎に戻ると、四人部屋の俺以外の隊員が部屋に居た。
「お~どうした?顔色悪いぞ?」
「食堂にも居なかったじゃねぇか、なんかあった?」
「ああ、まぁ、そんなところかな……」
ベッドに腰かけて溜息を一つつくと、何かを察したのか何も話しかけてこなくなった。暫くの思案の末、携帯電話を取り出し廊下に出た。
アドレス帳の中から自宅の番号を選ぶ。
プ、プ、プと接続音が終わり呼び出し音が鳴る。
「もしもし、浩史?」
案の定電話には母が出た。後ろの方では、義妹が子供をあやしながら夕食を作る音が聞こえる。
「うん、俺だよ」
「どうしたの急に……まさか、自衛隊辞めたとか言うんじゃないでしょうね!」
いつもの母の声、入隊した時から電話を掛けた時に必ず言われる決まり文句。非日常的な陰謀を聞いた後では、一味違う。
安心感が胸に沁みこんでいく。
「いや、違うよ、むしろその反対……」
「え?半年でまた昇級? 随分と早くない?」
「いや、何というか、異動になった」
「異動!? 何処に? 北海道とか言われても困るよ!」
「いや、その、防衛省……」
親に対して三十の男が噓をつくのは、自分でもどうかと思う。しかし、本当の事言っても反対されるのがオチだ。
戦いの才能を見出され、アメリカで働くことになりました……なんて言えるはずがない。俺が親だったら間違いなく反対しているだろう。
「防衛省! はぁ~アンタが、へぇ~」
感心したように声が上下する。
「でもまぁ、仕事も大事だけど、アンタ、彼女いんの?」
「はぁ? 何だよ急に」
「三十の男が、仕事ばかりしてると婚期を逃すよって言ってんの!」
「ああ、ハイハイわかってますよ」
電話口の母は大袈裟に溜息をつくと、地元にいる同級生の近況を話し始めた。誰が結婚したとか、アイツに子供が出来たとかを、嫌味混じりに。
俺がそれに適当に返事をしていると、向こうの方から弟の「ただいまー」という声がした。
「ああ、帰って来た……まぁ、程々に頑張るのよ」
そう言って、電話は切れた。いつもと変わらない様子に少し安心した。しかし、明日のアメリカ行きに躊躇いが出て来る。
「でも、やるしかない……か」
その後、売店でパンを買い飢えを満たし風呂に入る。短い入浴時間を早々に切り上げ、一足早く部屋に戻り荷造りを始める。と言っても、少ない私服と私物をボストンバッグに詰め込むだけだが……。
他の奴が戻ってくる頃には終わった。
静かにベッドに潜り込み、目を瞑る。考え事している間に、瞼が重くなっていった。
パッチリと目が覚めた。起床ラッパはまだ鳴っていない。ベットを綺麗に整え、着替える。
そのまま忍び足で部屋を出て、出入口に走る。普段はカギが掛かっているが、今日は開いていた。
外はうっすら明るい。正門に向かうと、警備官が敬礼をして出迎えた。
「お疲れ様です」
「どうも」
「司令官からお話を聞いています。本省の方に異動でしたっけ?」
「ああ」
「こんな中途半端な時間に……大変ですね」
「まぁ、向こうにも色々とあるんだろさ」
そんな会話をしていると、俺達の前に白塗りのセダンが停まった。
パワーウィンドウが開き、中から矢上が手を振る。
「お迎えみたいですね」
「そうだな、それじゃあ、行ってきます」
「お気を付けて」
俺が車に乗り込むと、警備官は笑顔で手を振った。
車は湾岸方面へ向かう。空港へは約一時間それが
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