11月17日午後1時36分~42分

 ボロボロになったバンはかなり目立っていた。

 多少のヘコミならまだしも、戦場を走り回っていたかのような有様だ。車体には無数の穴が空き、本来窓ガラスがある所にはボール紙が貼ってあった。

 ふさがれていない箇所からは、隙間風が容赦なく吹き込んできてかなり寒い。

 ハンドルを握っているマリアは時折、手に息を吹きかけている。

 博士も小さな体を縮こませて、寒さに耐えている。


「大丈夫ですか?」


 ハリーが博士を気遣う。


「ええ……」


 乾いた唇を舐めた博士はしっかり頷いた。

 だが、俺達に安心する暇は与えられない。


「後ろのあのピックアップトラック、怪しくない?」


 吸っていた煙草を消し、マリアは自分のグロックを抜きながら言った。俺も窓に張り付いて覗いて見る。

 シボレーの真っ赤なピックアップトラックが、ピッタリと後ろに付いている。荷台には布を被せられた何かがある。運転席・助手席共に乗っているのは、アジア人だ。

 助手席に座っている女が、何かを取り出した。

 その正体に俺は、叫んでいた。


「グレネードランチャー!こっちを狙ってる!」


 女は車から身を乗り出しM79グレネードランチャーを、こちらに向けた。それが発射されたのと同時に、マリアが急ハンドルを切り榴弾を避けた。

 だが、至近距離で炸裂した榴弾によって後輪がパンクする。


「ハンドルが!」


 操縦不能になった車は、後輪を滑らせながらガードレールに衝突した。


「っ痛ぇ……」


 SCARを隙間から引き抜き、マガジンの中の残弾を確認した。


「大丈夫ですか?」


 ハリーが博士を揺すった。反応が無い。


「どうした?」

「……気絶してるみたいだ」


 首筋で脈をとり、ぼさぼさの髪を掻いた。


「嘘だろ……」


 その間にも、敵は着々と準備を整えている。人数はもう三台追加され、十八人。装備は主にM4カービンライフルとVz61サブマシンガン、腰には米軍が使っていたマークⅡ手榴弾を提げている者もいる。

 極め付きは、ピックアップトラックの荷台に固定されていたM2重機関銃だ。


「冗談でしょ……」

「夢だったらどれだけいいか……」


 M2重機関銃の銃座に座った男が、二度レバーを引いた。


「出ろ出ろ!」


 俺は叫び、隣に座っていた二人を蹴飛ばした。前に座っていた二人も慌てて車を降りた。

 周囲はパニック状態で、多くの車が先程の爆発に巻き込まれ同じ様に事故を起こしていた。中にはクラクションが鳴り止まない車両もある。しかも、進行方向を塞いでいた。


「ISSノ人間ニイウ!武器捨テテ博士ツレテ、私達ノマエニデテコイ!」


 下手くそな英語でリーダーらしき男が言った。退路を断たれた俺達は、互いにマガジンや銃を渡し合い戦闘準備を始めた。


「今出テクレバ、命ダケハ助ケテヤル。ダガ、出テコナケレバ殺ロス!」


 リーダーはステンレスモデルのベレッタ92を抜き、俺達が隠れている車に向かって威嚇射撃した。

 こちらも負けていられない。だがこちらの方が不利だ、何かで形勢逆転させる必要がある。

 相手を見た。

 リーダーの拳銃、他のメンバーが持っているM4カービン、M2重機関銃……マークⅡ手榴弾。

 そしてある香りが、俺達の鼻孔に入って来た。リーダーが俺に向けて撃ち、頭を引っ込めた。


「……やってみるか」


 マリアに声を掛ける。


「マリアこのSCARで、手榴弾を撃ってくれ」


 マリアの射撃技術に俺は一目置いている。と言っても初めての実戦の時、興奮した男が持っていた拳銃だけを撃った事が記憶に強く残っていただけだが……。


「……出来るけど、撃たれるよ」


 腕を組んだ彼女はそう答えた。


「俺も撃つ。ただし、撃つのは手榴弾ではなくだ」


 俺達から見て、右斜め前にある事故車から漏れ出ているガソリンを指さした。


「同時に陰から出て、撃つ。うまくいけば、相手の陣形を崩せる」

 

 ガソリンを撃っても、映画みたいに爆発なんてしないが燃える可能性はある。それに人間、突然目の前に二つの的が出ても撃てる状況であっても戸惑うのが自然だ。一人だけなら撃たれるが、二人同時なら撃たれる可能性は低くなるはず。

 当然、失敗するかもしれない。だがここで動けずにいるよりは、よっぽどマシだ。


「……危険だ」


 ハリーが口を挟む。


「けど、他に策は無いでしょう」

「……リスクが大きすぎる」

「逃げてもいいが、絶対後ろから撃たれる。そもそも、事故車が邪魔で満足に動けない」

「……私達が失敗したら、アンタ達は全力で博士を守って逃げなさい」


 マリアは俺のSCARを受け取り、マリアのMP5と交換する。


「……そこまで本気なら止めはしない……やってこい」


 ボサボサ髪を掻きながら、ハリーは言った。


「イイカゲンニシロ!M2重機関銃ヲブチコンデヤル!」


 もう駄目そうだ。


「やるぞ。一・二でやれ!」

「了解!……一・二!」


 二人共銃を構え、車の陰から飛び出した。相手は当然の如く銃を構えてきたが、俺かマリアかで迷っているようだった。

 マリアが手榴弾を撃ち、俺がガソリンを撃った。

 刹那、一人の男が穴空きチーズになり一番右端にいた人間の体に火が付いた。俺達は爆風に身をよじったが、それ以外の怪我はしなかった。


 

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