魔の手

 群馬県。榛名山周辺。

 祖国の盾の第四・第五小隊、合計四十名は山の中の廃倉庫に身を寄せ合っていた。

 その中の一人がトランジスタテレビで、ニュースを見ている。


『こちら、陸上自衛隊第一師団の練馬駐屯地前です! 続々と自衛隊車両が門の中から出てきています!』


 画面の向こうでは、82式指揮通信車を先頭に軽装甲機動車や73式中型トラックや73式大型トラックが列をなし都内各所に向かっている。

 微かに聞こえるヘリのローター音は、CH-47JAのモノだろう。

 基地警備に立つ隊員も、89式小銃を手にしている。

 その画面だけで、ただ事ではない空気が伝わってきた。


『今回の治安出動は、現在都内で多発している“無差別銃撃事件”による治安の悪化から大池都知事により出動が要請されました』


 画面が切り替わり、都庁のロビーで記者団に囲まれている都知事のアップになる。


『えー……ですから、テロによる都民、警察官の犠牲をこれ以上出さないようにする、止むおえない対応でして』


 カメラのフラッシュをうざそうにして、目を細めている都知事が見えていないのかマスコミは容赦なくフラッシュを浴びせる。


『野党からは、テロリストとの“戦争”だと揶揄されていますが!』

『一般市民に自衛隊は発砲するんですか!』

『どうなんですか都知事!』


 無責任な質問だ。きっと彼等は、いざ自分の家族が殺された時に自衛隊員が発砲しなかったら、「何故撃たなかった?」と攻め立てるに違いない。

 テレビを見ていた彼は画面の横にあるつまみを回し、チャンネルを変えた。

 どこもかしこも、治安出動に関する報道ばかりだ。

 今度のチャンネルはヘリからの空撮をしている。

 テロップには、第一戦車大隊所属車両とある。


『ご覧ください! こちら新東名高速道路御殿場ジャンクションですが、沢山の自衛隊の装甲車が一列に並んでいます!』


 高速道路では96式装輪装甲車が東京方面に走っている。その銃座には、96式40mm自動てき弾銃や12.7mm重機関銃M2があった。


『“最低限の装備で最大の効果”という、梅野官房長官の発言により戦車・戦闘装甲車・機動戦闘車の配備は見送るとの意向が防衛省から発表されました!』


 またチャンネルを変える。

 今度はスタジオで、胡散臭い軍事学者とアナウンサーが解説をしていた。


『配備中の部隊は陸上自衛隊東部方面隊第一師団の第一普通科連隊、第三十二普通科連隊、第三十四普通科連隊、第一戦車大隊。……となっていますが、池上先生これは妥当な判断だと思われますか?』

『いい質問ですね。これは――』


 テレビの電源を切った。溜息をつき、彼は仲間から渡されたコーヒーを一口飲んだ。


「東京は凄い事になっているな」


 誰かがそう呟く。


「……どうなるんだ? これから」

「どうもこうも、連絡を待つしかないだろ」

「でもよぉ、海老名にいた奴等はパクられたんだって話じゃん」


 各々勝手な事を口にし、収拾が付かなくなる。止める者も、咎める者もいない。所詮は革命家気取りな落伍者の寄せ集め。

 武器を持った野蛮人に過ぎないのだ。

 いよいよ、話し合いから言い合いになった時アジトの鉄戸が叩かれた。

 全員の視線がそこに注がれ、血の気の多い奴はM16やM1911を手にしている。


「誰だ!」

「弓立涼子」


 数人が顔を見合わせた。斎藤には、裏の便利屋だと言われていた彼女が何故ここに。

 そんな疑問をよそに一人の男が扉を開ける。

 弓立は戸を開けた男に礼を言い、厚かましくココアを要求した。


「そんなモンありませんよ」

「じゃあ、アレでいいわ」


 指さす方には、構成員の一人が買ってきたワンカップがあった。

 買ってきた男は困惑したが、言われるがまま瓶を差し出す。安かろう悪かろうのワンカップの安酒を開け、弓立はそれを飲み干した。


「……まぁ、悪くないわね」


 瓶を放り投げ、微笑を浮かべる弓立に祖国の盾構成員達は視線を彷徨わせていた。


「あの……どうしてここに?」


 若い構成員が遠慮気味に手を上げて、彼女に問う。


「ん~? そうだねぇ~言うならば、貴方達に選択肢を与えに来たってところかな」

「選択肢?」


 弓立はそう言い、ヒップホルスターに収めてあったグロック26を出した。


。どっちか決めて」


 言い放った後、スライドを引く。冷たい金属音が倉庫内に響き渡る。


「中途半端な作戦しか考えられない斎藤、しかも実行に移したら後が無い。私に付いて行けば……まぁ自分勝手に暴れる事は出来る」


 壁に寄りかかり、語り出す。


「残念だけど……斎藤は型に嵌った頭でっかちの考え方しかできない。仮に、作戦が成功したとして自分達の先を向こうが少しでも教えてくれた?」


 ぼくのかんがえたさいきょうのこくぼう。なんてアホらしい考えに、膨れ上がった自尊心を当てはめるようになってしまった奴が斎藤だ。

 本当に国の事を考えている奴ならば、もっとマシな道を選ぶ。

 そして、そんなアホな考えに付いて来てしまったのが彼等だ。

 自分達は何でも出来ると思っていたが、少し考えてみれば使い捨ての兵隊でしかない事に気が付く。

 気が付いたタイミングがもっと早ければ何とかなったかもしれないが、彼らが置かれた状況は到底やり直しが効くものではない。


「どうすれば……いいんですか?」

「簡単よ。私に付いて来て、好き勝手暴れればいい。殺して、盗んで、犯せばいい。軍人さんには出来ない快感が、そこにはある。ルールなんて無い、自由な闘争。混沌さえ生まれさせれば、私はそれでいい」


 小難しい理論と論理とプライドで固めれらた斎藤の作戦よりシンプルで、彼等の興味を沸き立たせる。


「貴方達がここに居るのは、世の中に受け入れてもらえなかったからでしょ? それなら、その鬱屈とした感情を弾丸に込めて放てばいい。……簡単でしょ」


 同情し心の隙間に入り込む。


「自由に動けばいい。貴方達が暴れるだけでいい。そこに貴方達を縛るものは何もない。……貴方達が殺すのは、弾丸一発だけで死ぬ……軽い命なんだから」


 弓立の顔が微笑から、妖艶な笑みに変わる。

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