汝平和を欲さば、戦への備えをせよ
ケビン・レナードは大人しくパイプ椅子に座っていた。俺は頷き、巨体の先輩から手錠を借りケビンを拘束する。
「来い。移動だ」
先輩は後ろ手で拘束したケビンの腕を掴み、その場に立たせた。相変わらず、この拘束された男の顔はニヤケ顔で固定されている。
仏頂面でその様子を見ていたロス市警のお偉いさんは、スーツの内ポケットから身分証と小難しい事が書かれた書類を出した。
「ケビン・レナード警部補、本部まで来てもらう。……山ほど聞きたいことがある」
「…………」
『はい』とも『ああ』とも言わず、ただ黙って歩き出した。足を交互に動かすと、男の肩が大きく揺れる。
浮かんだままのニヤケ面が不気味さを倍増させており、出来の悪いホラー映画の殺人鬼をイメージさせる。
エレベーター内や人気が無い場所など、緊張する場面はあったが何も無いまま駐車場まで来た。
「ありがとうございました。後は、こちらで」
「よろしくお願いします」
先輩と一緒に頭を下げる。SUVが走り出し、駐車場から出たと同時に先輩が俺の肩を叩いた。
「確かお前、車で通勤してたよな」
「え? ……はい」
「よし、追けよう」
「……いいんですか? 主任の許可は」
「……ロス市警本部の方に美味いコーヒー豆を売ってくれる店があるんだ」
「……方向、一緒ですからね」
少し離れた所に停めておいた自分のセダンに乗り込む。乗り慣れた愛車のエンジンを蒸かし、あのSUVを追う。
朝の通勤ラッシュを過ぎた道路は空いており、五分も経たないうちにSUVの姿を確認した。
距離を離し、尾行を悟られないようにする。
「……不審な動きしたら、前に出ろ。いいな?」
「了解」
先輩は俺に指示を出し、懐から自前の50口径のデザートイーグルを出した。先輩はスライドを引き、いつでも撃てるようにする。
自分も拳銃の用意をしようかと思ったが、薬室に弾が入った状態で安全装置を掛けておいたのを思い出し止めた。
「……にしても、警察さんも大変だな」
先輩がポツリと呟く。
「……でも、こっちが最初に見つけた
俺だってあの三人の前で文句を言うほどガキでもないし、ワガママほざいて主任や先輩を困らせるほど馬鹿でもない。
それでも、引っ掛かって消化不良になっちまえば悩むしかないのだ。
「そう言うなよ。……こんな事、山ほど経験するからな。自分なりに収めるしかないんだ」
先輩はハハッと笑い、ダッシュボードの中にデザートイーグルを仕舞う。
その言葉で俺は昔の先輩を思い出した。
「……前の職場でも似たような事があって、同じ様な事言った先輩がいましたよ」
「ほう」
「……あの人は内心ぶちキレてましたけど、先輩はどうです?」
「さぁな」
いたずらっ子みたいに笑う先輩は、本当に昔の先輩と被った。ポニーテールと革ジャンを着た、あの女の先輩と。
あの眩しい笑顔を思い出そうとしたが、少し前を走るSUVが大きく車体を揺らした。
ケビン・レナードの身柄がロス市警に移ったので、俺達の仕事は一時中断となった。
市警は身柄と共に捜査権も、搔っ攫って行ったらしい。それでも、手柄はISSにあると言っているのだから抜け目がない。
俺達はニューヨークに一時的に帰る事にしたのだが、マリアが『寄って行きたい所がある』と言ってきたので寄り道をしている。
「くっそぉ……もやもやするなぁ」
不満が声に出る。いくら身柄が別の所に行こうが、俺達に降りかかるかもしれない脅威が去った訳じゃないのだから。
「……“しょうがない”で納得は出来ないよね」
マリアも同調する。互いにどうなるか分かったもんじゃない、命がかかっているのだから少しはぼやいてもいいはずだ。
しかし。
「……でも、やるからには本気でいかせてもらう」
彼女が明確に戦う意思を示したのは、俺の励みにもなった。
「当たり前だ」
俺は脇にぶら下がった拳銃を叩く。
意図した訳じゃないが、この状況にはピッタリだ。
「着いたわ、ここよ」
ここは銃砲店の前。木彫りで『OPEN』と刻まれた看板が、ガラス戸の内側にぶら下がっている。
「……いらっしゃい」
七十は過ぎた店主が不愛想に挨拶をしたが、マリアの顔を見るなり顔色を変えた。
「お前さん……SWATの……」
「マリア・アストールです。お久しぶりです、ウェストさん」
「お~お~、そうだそうだ」
彼は黄ばんだ歯を見せながら豪快に笑った。そして、視線を隣に突っ立っている俺に向ける。
「なんだ、今日は旦那でも見せにきたのか」
デリカシーが無い発言に俺は苦笑し、マリアとの間柄を説明した。店主、ウェストはマリアがSWATではなく今はISS本部にいることに驚いたが、納得しこう漏らした。
「お前さんの腕前じゃ、どこでも雇ってくれるさ。ISSは良い買い物したな」
彼はヘヘと笑う。だが、すぐに営業モードに戻り要件を聞いて来た。
「入用は、弾か? 銃か? 手続きはすぐ済むが、持って帰るのが面倒だぞ。本部は確か、ニューヨーク、反対側だったよな」
「面倒でも、おじさんの腕を信頼しているから」
「そいつは嬉しい。……てことは、欲しいのは銃か。それも、腰に提げられるような9ミリや45口径なんかの代物じゃねぇな」
「ええ」
「……7.62ミリ? .338ラプアマグナム? 12.7ミリは少し時間がかかる。今用意できるのは、それだけだ」
「とりあえず、7.62ミリで。ボルトアクションとかセミオートとかは気にしない」
「……よしきた、いいのがある。ついでだ、腰のグロックの面倒も見てやる。そこの軍人さんのもな」
「……軍じゃねぇんだけどな」
所狭しと銃が並ぶ店舗から、バックヤードの方に案内される。そこには用途不明の工具や道具が溢れ、ガンオイルの臭いが充満していた。
ウェストは壁一面に並んだガンロッカーの一つから、一丁のライフルを出した。机の上のボロ布や工具を隅に押しのけ、黒光りするライフルを二脚で立たせて置く。
「ナイツSR-25。7.62ミリ×51弾を使用する、セミオートマチックの狙撃銃だ。米海兵隊にも採用された、信用のある銃だ。精度は……お前の腕なら一キロ先の標的の頭を撃ち抜ける」
ウェストは先程までSR-25が入っていたロッカーから、弾倉を出してきた。
「ウチにある弾倉は二十発入りが三つだ。弾はたんまりある、マーク4M3スコープと二脚はおまけだ。……占めて――――」
提示した金額は極めて適正と思われる。この生真面目さも込みで、マリアは『信頼している』と言ったのかもしれない。
「買った。支払いは、クレジットでいい? 持ち合わせないから」
即決したマリアはSR-25を触り始めた。彼女が真剣に銃に触る姿は、どこか魅力的に俺の目に映る。
「いいぞ。ISSなら払いっぱぐれもないだろう。……裏で試し撃ちもしてこい、その間にグロックのメンテナンスもしてやる」
彼女は頷き、弾の箱を受け取り銃を抱えて走って行った。
「アンタのもだ、脇にぶら下げてんだろ、出せ」
俺はシグを出して弾を抜いてから、ウェストに差し出す。
「ほぅ……シグかいい銃使ってんじゃねぇか」
「……昔、P220使ってたんで、その流れで」
「よし、任せろ」
ウェストが机に拳銃を並べて作業を始めたところで、俺の携帯が鳴った。
「はい、赤沼です」
『赤沼さん! 大変です!』
電話を掛けてきたのは、巨体の方の声だった。
「どうしました?」
声が随分と焦っているように聞こえる。俺は嫌でも不安にかられた。
『ケビン・レナードが、逃げました』
その声は遠い異国の言葉に聞こえた。
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