信頼と交渉
ネットで学生証に記載してあった住所を検索すると、すぐに出てきた。
学生証の事と本筋から外れる事を伝え、弓立の車で学校に向かう。
「寄り道ですね」
嫌味か皮肉か。それをキャッチし、ストレート球で返してやる。
「……江戸川さんから苦情が来たら本筋に戻るさ」
「それなら大丈夫です。課長は、赤沼さんの事を全面的に信頼しているみたいですから」
「信頼ねぇ……」
俺には江戸川がただの元自衛官に信頼を寄せる人間には見えないし、信頼を築くような事はあまりなかった気がする。
裸の付き合いならぬ、ソフトクリームの付き合いというのも俺が知らないだけであるのか。
本当にあの細目には、俺がどんな風に映っているのか見たい。
そんな事を思っていると、弓立が話を補足した。
「……どうやら、赤沼さんのお父さんと面識があったみたいですよ」
「親父と?」
意外だが、分からなくもない話だ。
警察官という共通点がある。しかしかなり無理のある考え方だ。親父は高卒の叩き上げデカで江戸川はいい大学を出たエリート。
千葉県警と警視庁じゃ管轄も違う。
合同捜査本部? しかし、公安が出張ってくるような事件に現場のデカが出てくるか?
ハムスターが必死こいて走って回すあの車輪みたいに思考を巡らす。
しかし、公安=千葉県警刑事課の図が出来上がらずに頭の中が煮詰まった。
「案外、お父様も公安だったりして」
「まさかぁ」
実家の何処かに親父の名刺があるはず。そこに書いてある肩書は、間違いなく公安ではない。
「……公安ってのは、家族にもその事を明かさないんですよ」
「聞いたことあるな……」
元警察志望なだけあり、そっち方面の知識は人以上に持っている。
弓立の仮説が本当ならば、親父と江戸川は同僚の間柄になるだろう。
信憑性の薄い仮説だが、妙な納得感があった。
「……………………」
俺が押し黙ってしまうと、自分の非を感じてか弓立はフォローする。
「だとしても、お父様はお父様、赤沼さんは赤沼さんです。課長の信頼を勝ち取ったのは、赤沼さんの実力なんですから」
「……だといいけど」
俺の言葉には力が籠っていなかった。
目的地の学校は、何の変哲もないただの学校だった。
校舎に特色はない。飾りと呼べるのは、耐震用に付けられたX字の鉄骨だけ。
「……学校って、こんなに寂しかったけ?」
車の後ろに並んだ、プランターに生えている枯れた花を眺める。
「子供を閉じ込めるには、これで十分ってことでしょう」
「辛辣だな」
「学校は嫌いだったの」
「……俺も好きじゃなかったけどさ」
すぐそばの来客用入口をくぐり、事務室の窓口の前に立つ。
「……ご用件は?」
仏像を不細工にしたような面のオバハンが手厚く出迎えてくれた。
「ISSの赤沼と申します」
「警視庁の弓立です」
身分証を見せる。オバハンの不機嫌そうな顔が、青く染まり怯えた表情に変わった。
「責任者出してくれます? 校長でも教頭でもいいから」
俺がニッコリ笑いながら告げると、オバハンは巨体を揺らしながら走って行った。
代わりに事務室の若い優男が応接室に案内する。
「あの何故、ここに――」
「捜査機密なんで」
「はい……」
質問を封殺し、俺は安っぽい皮のソファーに腰掛けた。
優男は弓立にとびっきりのスマイルを向けたが、弓立も同じ様に笑顔を向けて。
「下がっていいですよ」
と言い放った。
ほんの少し、優男に同情する。
優男はもごもご「はい……」と言い残して去っていく。
それと入れ替わるように、眼鏡を掛けた男が入ってきた。
神経質そうな顔をした男は、俺達を一瞥し向かいのソファーに腰掛ける。
「……教頭の富田です。校長は、あいにく出張中でしてね。……ええと、警察とISSの方と聞いているのですが」
「ISSの赤沼浩史です」
身分証を見やすいように差し出してやる。弓立もそれに倣い、警察手帳を差し出す。
「警視庁の弓立です」
「ご、ご丁寧にどうも。……あの、今日はどういったご要件で?」
その神経質そうな顔は、明らかにオドオドしている。
でもまぁ、国家権力を目の前にして、堂々としている方が怖いが。
「ある事件の捜査で、お宅の生徒さんが巻き込まれていることが判明したんですがね……。この学校に通っている事、所属クラス、氏名、顔は分かったんですけど……詳しい個人情報が欲しくて。見せてくれませんか?」
「そ、それは……ちょっと……」
予想通り、相手は渋った。
個人情報保護が騒がれる中、いくら公的機関とは言えおいそれと生徒の個人情報を見せる訳が無い。
ただ俺はあの学生、大淵真と辻愛来が在学しているという確証と個人情報、特に住所が欲しい。
「そうだ! 今本人をお呼びしますから、生徒の方からお話を聞いた方が……いいんじゃ、ない、です、かね……?」
「いや、それじゃ駄目だ」
正確に言うには“まだ”駄目、だ。
学生証の写真という証拠はあるが、二人がしらばっくれてしまえばそれで終わり。
「知らねぇよ」の一点張りをやられたら、打つ手が無い。これ以上の証拠が無いのだ。
あの女が喋らない以上、俺達が真実への扉をこじ開けるしかない。
その為にはまず外堀を埋める必要がある。
逃げられない。しらばっくれられないように。
そして。
「捜査対象に我々の事を知られないようにしたいんですよ」
俺がもっとも危惧している事はそれだ。
相手に何か後ろめたい事があるのなら、捜査の手が伸びていると知れば逃げてしまう。
面倒事が増やすことは避けたい。
「……それでも、ねぇ」
教頭は俺ではなく、弓立に懇願するような視線を送る。
けれど、彼女は笑顔を崩さす助け舟を出さないと、目で語った。
俺はこれ以上はどうやっても変わらず、教頭のこのナアナアな態度も変わらないと察した。
「なぁ、教頭さん」
声のトーンを落とし、教頭を睨む。
「俺、いや俺達が求めているのは、事件の完全解決だ。その為には、手段を問わない」
「はぁ……」
「だから、いいんですよ、俺は学生の首根っこ引っ掴んで手錠掛けて本部に連れてっても」
「ええ……」
「けれど、どうなるでしょうね?」
「え?」
「白昼の教室に飛び込んで、生徒をとっ捕まえる。すると……周りはどんな反応をするでしょうか」
「……………………」
「大騒ぎになりますよね」
「あっ…………」
「人の噂ほど怖いモンはありませんよ。……学生に、逮捕と同行の区別なんてつきませんから……来年あたりから、受験生の間で逮捕者を輩出した高校として有名になるでしょうな」
教頭の額に汗が浮かぶ。
「……学生ならまだしも、父兄の矛先は教師陣……行き着く先は貴方でしょうね」
教頭の顔は下に落ち、視線が彷徨っているのが分かる。
「我々ISSと警視庁はその名に懸けても、事件を解決いたしますよ。なので、どうか私達に情報を見せていただけますか?」
俺はニヤリと笑う。目の前に並ぶ二つの笑顔に凄まれ、教頭は肩を落とした。
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