交渉と脅し

 名刺にある番号に掛ける。電話に出たのは、江戸川だった。


「はい。公安四課」

「江戸川さんか。ISSの赤沼です」

「赤沼さんですか。どうしました?」


 江戸川は声色を変えず、淡々と応対する。


「今回の一連の騒動……というか、事件はISSと公安の合同捜査って、前に言ってましたよね?」

「ええ。正確には、ISSと我々、公安捜査第四課のですけど」

「だから、こっちが必要になれば、そっちに応援を要請してもいいですよね」

「そういうことになりますね。……それで、私は何をすればいいんですか?」

「部下の人にある場所を見張っててほしい」

「その場所は?」


 俺はメモにある住所を告げた。


「府中ですか。そこには何が?」

「『スレイヤー』というクラブらしいです」

スレイヤー討伐者ですか、随分と張り切った名前ですね」

「そこを根城にしている半グレ集団『ドラゴンスター』が、銃を大量に仕入れたという情報を得て、俺と弓立さんが捜査してるって事は……」

「その捜査をしている事は、弓立から聞きました」

「だったら話が早い。そいつらを監視したいから、そっちの捜査員を監視要員として置いておきたいんだ」

「……分かりました。いいでしょう。うちから二人派遣します」

「ありがとうございます。……さっき言ったみたいに、連中は武装している。防弾チョッキと拳銃は持たせた方がいい。それと、連中が動き出したら、逐一連絡するよう言っておいてください」

「伝えておきましょう」

「……ありがとうございます。よろしく頼みますよ」


 俺は礼を言って、電話を切った。矢上は感心したような顔をしている。


「公安の人と対等に話せるとは」

「まさか。あの薄気味悪い顔を想像しただけで、背筋が寒くなる」

「元警官から言わせてもらうと、公安の人間と話せるだけで天才の部類に入ります」

「……まさかぁ」

「そもそも、滅多に会える人種じゃありませんしね。普通なら、会う事はありませんし」

「それもそうだ……」


 俺は溜息をついた。車を発進させ、一路新宿へ向かう。

 読みが合っている事を願いつつ、アクセルを踏んだ。


 一時間程車を走らせ、車は歌舞伎町一番街のゲート前に来た。この町に来るのも、約一年ぶりだ。

 俺はコインパーキングに車を停め、夜の街を歩き出す。

 男二人で眠らない街の雑踏に揉まれながら、目的の店を目指した。

 その店は、東宝シネマのゴジラが見下ろす雑居ビルのワンフロアにあった。

 入口の扉を開くと、黒服が営業スマイルで寄ってくる。


「いらっしゃいませ~! 二名様ですか? ご予約はされてますか? クーポンはご利用になりますか?」


 矢継ぎ早に話す黒服を手で制し、俺と矢上は身分証を出した。


「悪いが、客じゃないんだ」

「え?」

「岩科って人来てます? ドラゴンスターって半グレ集団の構成員の」

「来てますけど……」

「だったら話が早い。……何処の部屋です?」

「へ? え?」

「その岩科って馬鹿と俺達はお話がしたいんだ。だから、どの部屋か教えてほしい」

「それは困ります……」


 予想通りの返事。俺は、少し店側に歩み寄ってみる事にした。


「ちなみに、岩科は何分コースですか?」

「九十分です。あと……一時間程ですかね?」

「出来れば、彼がスッキリする前に会いたいんですけど」

「無理でしょ」


 矢上にツッコミを入れ、黒服に凄んだ。


「でも、早く会えることに越したことはないんですよ、私達はね。……いいんですよ、別に受付で暴れて他のお客さんに迷惑かけても。困るのはそっちですから」

「………………」

「防音の個室でお話出来るなら、お店にも迷惑掛からないのになぁ……」

「……て、店長に話を通してきます」

「よろしくお願いします」


 少し小さくなった背中を見送り、ボロボロになった革ソファに腰掛ける。


「……矢上さんも、変な事言いますね」

「え?」

「アンタの口から“スッキリする前に”なんて出てくるとは、思わなかったの」

「ああ……。まぁ、自分も人の子なんで」

「にしても意外だ」

「知ってますか? 赤沼さん。古代では、男が出すもの出した後の余韻は悟りを開く時間と捉えられていたって」

「へぇ」

「スッキリした頭で考えられるより、あまり働かない頭で話をした方が、こっちに有利になるかな、と」

「アンタもあくどいな」


 俺が苦笑いしているところに、先程の黒服と店長らしき男が店の奥から来た。

 二人とも汗を尋常じゃないくらい流している。


「えっと……ISSの方は、一体何をしに?」


 店長が口を開く。


「岩科って奴に会いに来た。いるなら会わせろ」

「なるべく、お店の方に迷惑掛からないようにしますから」


 おどおどした態度の店長は、俺達の言葉を聞いて頭を下げた。

 

「……お願いします。あの人を、捕まえてくれませんか」

「店長!?」

「ほう」

「理由を聞きたいですね」


 店長は力無くソファーに座り込む。薄くなった頭頂部が、彼のこれまでの人生を物語っているようだ。


「脅されてるんですこの店は。ドラゴンスターに」

「……そうなのか?」


 俺の問いに店長は弱々しく頷いた。


「岩科ってのは、そこまでの力があるんですか」

「……幹部だと本人は言っています」

「ヤクザと違って、組織図がいまいち分かりませんからね、半グレは」


 ヤクザも組織だ。

 下っ端の若衆やら、舎弟頭補佐、若頭補佐、若頭、トップの組長。

 普通の会社で言うところの、平社員、課長、部長、専務、社長みたいなものがある。

 警察もそれを調べ、組の組織図を把握して操作するのだが……半グレはそう簡単にはいかない。

 勿論、下っ端や幹部、リーダーの区別はある。

 しかし、ヤクザとして動いている訳ではないから警察も全容を把握しきれない。

 縦社会か横社会かの違いもあるだろう。

 横のつながりが強ければ、組織は大きくなる。

 構成員とそのお友達といった具合に。


「気に入った嬢を出さないと、店に火を付けるとか、ネットで批判コメントを書いてやるとか、無茶苦茶言ってくるんです」

「ヤクザ顔負けだねぇ……」

「最近のヤクザも、暴対法の締め付けが強くなっていますから。無闇な事すれば、組ごと無くなります」

「半グレは暴対法通用しないしな」

「……だから、私達も困ってて。だから、店に迷惑を掛けないと約束してもらって、尚且つ岩科を刑務所に入れてくれれば……」


 矢上は肩をすくめ、俺はニヤリと笑う。


「三権的に、刑務所に入れるのは我々の仕事ではありませんが……まぁ、余罪が出てきましたし貴方達が法廷に立つ勇気があるのなら、刑務所に入れられると思いますよ」


 店長に対して矢上が諭す。

 岩科がやっている事は、立派な恫喝だ。この店長がそいつを告訴なりすれば、なんとかなるかもしれない。

 ……俺は法律の専門家じゃないから、何とも言えないが。

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