斎藤の思い

 斎藤の口から出たものは、俺が先日街を歩いていた抱いた感想と同じだった。


「その反応を見るに、思った事があるんだね」


 俺は必死にポーカーフェイスを装うとしたが、無理がある。


「いや、嬉しいよ。俺もそうだし、そこの黒坂も、今はいないけど中田も――」


 その時、障子戸が開き中田が入室してきた。


「おお。噂をすればなんとやら……だな」


 中田は俺を鋭い目線で一瞥すると、黒坂の隣に並んだ。斎藤は咳払いをして、話を続ける。


「そんな感想を抱いたんだ。……綺麗すぎる。その違和感の正体はなにか。君には分かるかい?」


 答えるのは癪だったが、話すほかない。


「――正解だ。流石と言うべきか」

「どうでもいい。とっとと話せ」


 そして斎藤は、重々しく語り出した。


 日本は、かつての総力戦の敗北から今日に至るまで、様々な山を越えてきた。

 米軍の占領政策。高度経済成長。学生運動やそれに伴う一連のテロ活動。オイルショック。バブル経済。冷戦の終結。バブル崩壊。失われた十年。

 そんな激動の時代を生き残ってきた連中は、皆口を揃えて言う。

 平和が一番と。

 だが、こんな言葉もある。

 『平和とは、戦争と戦争の間の騙し合いの期間である』とね。

 平和とは一体何か。

 戦争をしていない事を平和と言うのか。

 確かに日本は何十年も戦争をしていない。だが、平和と言えるかは別問題だ。

 治安がいいなんて言われても、犯罪率はゼロパーセントではない。

 毎日、この国の何処かでは人が人を殺し、人の恨みを買い争いが起きている。

 生きる為に法を犯す者もいれば、面白半分や“まだ子供だから”という身勝手極まりない理由で法を犯す者もいる。

 平和とは程遠い。

 じゃあ、世の中は平和を求める為に何をしてきたか。

 答えは分かっているだろう。

 ――異常なまでの暴力の排除だ。

 人を殴ってはいけません。暴力は悪い事です。

 暴力は人を悲しませることしかしません。

 そんな言葉を聞かせ、情操教育上よろしくないアニメや漫画を市場から排除し、汝隣人を愛すように育ててきた。

 ……だが、結果はどうだ?

 いざという時に、自分の身を自分で守れない人間を大量に作りあげただけだ。

 弱く脆く、すぐ壊れるだけの何の役にも立たない木偶人形。

 理不尽な力から己の身を守ろうとしただけで怒られるなら、行き着く先は自殺。

 なのに、そんな人形を作りあげた世界は“自己責任”という言葉を振りかざし、責任を逃れる。

 優しい事は良い事だが、誇る事ではない。

 優しさは弱みだ。弱者は、ずる賢い人間に付け込まれて、食い物にされる。

 そんな事がまかり通るこの国を見て、俺は何の為に自衛官をやっているのか疑問を抱くようになった。

 果たして、コイツ等日本国民は自分が命を懸けてまで守る価値のある人間なのか?

 とな。

 毎日毎日、訓練にいそしみ、一朝事あらば、どんな時でも駆け付ける。

 だが、国民はどうだ?

 災害救助に行けば、迷彩柄の人殺し集団は来るなと横断幕を掲げられ。

 万が一に備えた訓練を、馬鹿みたいな妄言で妨害され。

 自分らの命を守る為の武器だと本質を見ずに、人殺しの道具だと一括りにされ。

 自国の領地が不法に占拠されても、実力行使が出来ず。

 何の罪も関係も無い家族でさえ、心にもない言葉を吐き捨てられ。

 日用品ですら自費で賄い、命を懸ける。

 ――やってられるか。

 殺すくらいだったら殺されよう?

 人殺し集団を追い出そう?

 人殺しの子は人殺し?

 ――ふざけるな。

 ……まったく、皮肉な事だよ。

 暴力性を極限まで減らした国防集団を、似ても似つかない軍隊扱いして。

 ろくに知りも調べもせずに、流されテレビや新聞のあやふやな情報を鵜呑みにして、使迫害するんだから。

 まったくお笑いだ。

 平和平和と耳障りの言い言葉を並べたって、人間の本質は暴力と欲望。

 それらがなければ、今でも俺達はマンモスでも追いかけていただろう。

 全てを否定する癖に、自分達は何も行動を起こさない。

 そんな奴等を見て、俺は何かが切れた。

 守るべき国民だから。

 そんな言葉は、もう通用しない。

 だから、俺は実力行使に出る事にした。

 同志を集め、武器を集め、力を蓄えてきた。

 それが、もうすぐ花開く。

 暴力は何も生まないが、事を進める力はある。

 暴力から目を背けてきたツケを、国民に支払わせるのだ。

 国民の中には、俺が撒いて来た種を見つけた者もいる。分かってくれる人間もいるだろう。

 俺は、そいつらも為にも戦う。

 この国は、弾ける寸前のポップコーンだ。

 武器を買い、俺は少しずつ一般人に向けて銃を流してきた。

 色んな方法を使ってな。

 そうしたら、色んな事に使ってくれたよ。

 新宿駅爆破テロ未遂事件。

 千葉市銀行強盗自動小銃殺人事件。

 立川駐屯地テロリスト襲撃未遂事件。

 ……奇妙な事に、どれも赤沼一尉。君が関わっている。

 偶然か、必然か。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 八年も自衛隊に勤め、その三件とも関わった赤沼君なら今の俺の言葉、理解してくれるかな?

 理解してくれたのなら、とても嬉しい。

 だから、俺は……いや、俺達は君に仲間になってほしいんだ。

 君の返事を、聞かせてほしい。

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