黒く染まる世界
公安四課は課長の仇討の為か、人員を大きく割いて事に当たってくれた。
そして分かった事は、都内にはそれらしい組織は確認できず千葉方面の可能性も薄いという事だ。
なので俺はマリアと共に埼玉方面の問屋を当たる事にした。
翌日から地道に問屋を回って、怪しい組織への卸しの内容を聞いたり斎藤らの写真を見せる。
一つの当たりを見つけるまでが長く辛い。けれど、当たりくじを引いた時の快感は凄まじい。
「ああ……。この女性なら、見たことありますよ」
川越市内の食品卸業者だった。黒坂の写真を見せての反応だ。
「週に一度。大体、百人近い数の食材を注文してます。……私もよく分かってないんですが、運送会社っぽいのになんか、軍隊みたいなんですよ。それに、運送会社なら食材なんて……あんな倉庫じゃ、寮なんてことは無いだろうし」
「配達先の住所とか、分かりますかね?」
「ええ……。控えがありますけど……何か、事件でも?」
「まぁ、少し」
「貴方達、ISSでしょ? ……もしかして、テロリストとか?」
「そういうのは、ちょっと捜査情報だもんで……一般の方には」
「……それもそうか。でも、最近は物騒になってきたなぁ。立川じゃあ、自衛隊の基地を暴走族が銃持って襲いに来たんだろ……まったく、世も末だ」
「同感です」
適当に相槌を打って、住所をメモする。
ここから離れてはいるが、行けない距離ではない。配達もしているから当たり前だが。
業者に礼を言い、車に乗り込む。
「……行くの?」
「少しだけ覗いて、公安に連絡しよう。踏み込み過ぎて、迷惑かけるのはもう御免だ」
「そうね」
コックの件が、俺達に効いている。
それでマリアは肩に銃弾を受け、俺は相棒の存在を思い知った。
良くも悪くも影響を与え、今もその意識は生きている。
俺は住所の近くまで車を走らせ、ハザードランプを点けた。
携帯を出し、カメラを起動させて望遠鏡代わりにする。
こうすれば傍目からは、携帯で地図とかを確認している風に見えるだろう。
「どう?」
マリアが携帯を覗き込む。
レンズの先にあるのは倉庫だ。駐車場も広く、見覚えのあるトラックが数台停まっている。
「清水港に停まってたヤツだ」
これであの倉庫が斎藤達に関わっている事が確定した。
「正解?」
「ああ。間違いない……。待ってろ電話するから」
カメラアプリを閉じ、俺は教えてもらった公安の番号にダイヤルする。
接続音が今日はやけに長い。小さく息を吐いて、顔を上げた瞬間。
寒気が走った。
マリアを庇い、伏せたと同時に銃声がしてフロントガラスに穴が空いた。
車のギアをRに入れ、アクセルを踏む。
全速後退したかと思えば、今度は後ろから追突された。
「何!?」
「後ろから来るぞ!」
マリアはグロックを抜き、後ろの車から飛び出してきた男達に向かって発砲する。
丸刈りで迷彩服の男がコルトガバメント片手に、運転席側のドアに手を掛けたので俺は力いっぱいに蹴り開けた。
男が大きくよろめいた所をぶん殴り、更に両手を合わせその塊をうなじに打ち付ける。
「何なの?」
車からマリアが降りてきた。
「当たりの証明だ」
気絶した男を足で小突く。そして、狙撃してきたであろう場所を見上げる。
「兎にも角にも、騒ぎ過ぎた。さっさと連絡して……」
「――浩史」
マリアが俺の後ろを指さす。振り返ると、そこには。
「……弓立」
「どうも赤沼さん」
弓立涼子が立っていた。手にはサプレッサーが装着されたMark23が握って、街で親友に会った時の様な笑顔を浮かべている。
「来てよかった。ここで待ってたら、いつか来ると思ってましたよ」
視線をマリアに移し、喋り出す。
「その人が、例の射撃の上手い相棒さん?」
流暢な英語だ。
マリアはグロックを構えながら、俺の隣に移動する。俺もシグを抜き、撃鉄を起こす。
「あら、結構な挨拶ですね」
そう言って、彼女はスライドを引いた。
「
マリアが警告するが、それで止まるはずがない。
「
弓立はMark23の引き金を引く。俺とマリアは離れ、拳銃を撃つ。
俺はガバメントを拾い上げ、二丁拳銃で弾をばら撒く。
マリアは、走る弓立を針の穴に糸を通すかのような射撃で射抜こうとする。
だが、中々当たらない。弓立は塀や電柱を使い、縦横無尽に動き回っていた。
舌打ちをして、弾切れになったガバメントを投げ捨てる。
「何なのアイツ!」
「血に飢えた化け物とでも言っておこう。気ぃ引き締めろ!」
俺はシグを撃ちながら車の陰から駆け出す。そして、マリアが倒した男達のホルスターに手を伸ばした。
その中にはベレッタ92FSが収められている。
弓立がそれを撃ち抜くが、もう一人の方は俺が取るのが早かった。
ベレッタをベルトに挟んで、マリアが隠れている電柱の陰に入る。
「……俺が突っ込む。合図したら撃て」
弾倉を満タンの物に交換した。
「いいの?」
「上等。……最悪、俺が動けなくなったらお前一人だけでも逃げろ」
「――い」
「嫌だなんて言うんじゃねぇ。……行くぞ」
マリアの顔を見れなかった。俺はシグを片手で乱射しながら、車の上に乗っていた弓立に突撃する。
「やぶれかぶれ?」
艶めかしい笑みを浮かべ、Mark23で俺の眉間を狙う。動じず、俺はシグを撃ち続けた。
しかし、ロクに狙わず何も考えずに撃っていれば。
――ガキン
スライドが下がり切り、スライドストップで固定される。弾切れだ。
弓立は引き金を引く。
寒気が全身に走り、強張るが力任せに首を横に倒した。
髪の毛が何本か持って行かれたが、脳ミソをぶち撒けずに済んだ。
ベレッタを引き抜き、両手でグリップを握り引き金を引いた。
今度が本命だ。そう思ったに違いない。弓立の顔色が僅かに朱を帯びる。
だが。
俺は二発目を撃つと、マガジンリリースボタンを押し込み弾倉を落とした。
本命かと思ったら、次は自ら弾を捨てた。
弓立の顔に困惑の色が滲む。『何がしたいんだ?』とでも言いたげな顔をしている。
「マリア!」
俺は地面に倒れる。
相棒が陰から飛び出し、弓立を撃った。弾は彼女の胸に当たり、衝撃で車から転げ落ちた。
「……
マリアの手を借り、立ち上がる。
弓立の服には穴が空いていたが、血は出ていなかった。
「防弾チョッキ?」
「かもな」
俺はMark23を蹴飛ばし、弓立の胸倉を掴んだ。脇ではマリアが弓立の頭を狙って、グロックを構える。
「お前には、聞きたい事が山ほどある。全部話してもらうぜ」
弓立は咳きこんだ。着弾の衝撃であばら骨でも折れたか。
そう思ったが、次第に笑い声に変わっていった。
「何がおかしい」
「……私、言いましたよね? 戦士の心得は“最後の瞬間まで、抵抗を止めない”ことって」
彼女はそう言った瞬間、ベルトのバックルに手を動かした。
寒気。だが、もう遅かった。
破裂音と共に、下腹部に焼け火箸を挿入されたかの様な痛みが駆け巡る。思わず、弓立から手を放してしまう。
「浩史!」
マリアは気を取られている隙を突かれ、鳩尾を殴られ気絶してしまった。
ほぼ同時に受け身も取れないまま、地面に転がる。
赤くて生温かい液体が、シャツやコートに染みていく。
痛い。ただそれだけの感覚が、思考を支配する。視界の端から黒くなり、痛みすら感じなくなってきた。
「流石ですね、赤沼さん」
弓立のそんな声が聞こえる。
視界が暗転し、何も聞こえなくなった。
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