緊急事態

<赤沼がさらわれた!?>


 電話の向こうから主任の怒鳴り声。


<はい、今追っています。黒のBMW、ナンバーは……>


 そう言い終わった瞬間、サイドミラーが粉々になって吹っ飛ぶ。

 銃撃だ。


<……お前から報告を受けた時から嫌な予感はしていたが、まさかアカヌマがやられるとは…………>

<赤沼だって、人間です。いくら勘が良いからって、ダメな時はダメですよ>

<……そうだな>


 重々しい溜息が聞こえる。私はグロックのマガジンを交換すると、腕だけ窓の外に出し素早く二回引き金を引いた。

 車は高速道路を走っている、先程まで周りを走っていた一般車はBMWからの銃撃を恐れ、高速を降りて行った。

 曲がりなりにもISS私達は正義の味方なのだから、市民を巻き添えにするわけにはいかない。そのせいで抵抗出来なかったのがもどかしかったが、今は心おきなく銃を撃てる。


<とにかく、調査係がドローンを飛ばして追跡している。なるべく刺激しないように……そういえばマリア、お前犯人の顔を見たのか?>

<ええ……>

<知っている顔だったか?>

<……近くのイタリアンレストランのコックです>

<コック?本当か?>

<この前、赤沼と一緒にレストランに行った時、そいつが……>

<解った。店の名前を教えろ>


 店の名前を言い終わると同時に、電話は切れた。アクセルを踏み込み、速度を上げる。車体に何発か銃弾を食らっても、構わず並走しようとした。

 主任は「刺激するな」と言ったが相手の所属が解らない限り、何が目的で拉致したのかも見当がつかない。少しでも敵に関する情報が欲しいのだ。

 しかし、相手の車は尻を振り前に出るのを阻止する。それに対し、私はカマを掘って対抗した。

 BMWは大きくバランスを崩すが、すぐに体勢を戻す。どうやら、あのコックは料理の他にも運転と殺しが得意なようだ。

 銃をスピードメーターの所に置き煙草を咥え、備え付けのシガーライターで火を付ける。ニコチンを思いっきり吸い込み、思考を洗う。

 ……赤沼には申し訳ないが、変な事されるよりマシなはずだ。

 左手でハンドルを握り込み右手でギアを四速に叩き込む。そして、今まで倍以上にアクセルを踏んだ。

 エンジンが唸りを挙げ、BMWと並ぶ。コックは私の方を一瞥して、車をぶつけようとハンドルを切った。

 しかし、私はサイドブレーキを引き尻を滑らす。ハンドルを調整し、百八十度回転させ、相手と向かい合う形にする。

 ギアをバックに入れ、グロックを取った。マガジンに入っている残り十五発の九ミリ弾を、相手のフロント部に撃ち込んだ。

 すると、相手の車はバランスを崩し中央分離帯に派手に激突した。車を路肩に停め、マグチェンジしたグロックを構えつつBMWに近づく。


「武器を捨てて、大人しく出てきなさい!」


 返答は無い。一歩進み、様子を見る。

 人の気配を感じない。気絶したか、死んだか……。

 もう一歩進むと、運転席側のドアが開いた。頭と腕から血を流した、見覚えのあるコックが出て来た。

 憤怒の感情で満ちた表情で、グロックを握りしめ。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 呂律の回らない口で、何かを呟いている。


「武器を捨てて……」


 警告の言葉は、銃声でかき消された。こめかみから生温かい感触が伝わる。当然、コックのグロックからは白煙が昇っていた。

 私が言い始めてから、一秒程しかたっていない。アイツは構えてすらいなかった。

 早撃ち小数点以下なんて、そうそういないはずだ。しかも、アイツは外しこそしたが頭部を狙った。

 殺意の高さと、瞬時に面積の小さい頭部を狙う辺りプロ意識の高さも伺える。

 光を失った双眸がこちらを見据えた。咄嗟に引き金に指を掛けるが、間に合わない。

 弾けるような音がすると同時に、右肩に痛みが走る。火で焼かれているかのような痛み。グロックを手放してしまう。

 それを待っていたと言わんばかりに、コックはこちらに走り出した。

 ガードもできぬまま、腹に強い衝撃を受け道路に転がる。

 雲一つ無い青空が目一杯に広がった。ぼやける視界の中、一つ灰色の浮遊体視界の隅に見えた。

 消えかける意識、主任の言葉を思い出し安堵する。


『調査係がドローンを飛ばして追跡している』


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