11月17日午前11時21分~35分

 吹き飛んだドアは俺の眼前まで滑り、止まった。

 舞い上がった埃の中から、マトリックスのエージェントみたいな奴が二人、MP5Kをぶっ放しながら突入してきた。

 だが、目の前に誰もいないことに驚いたのか二人共動きが止まる。


「こっちだよ!」


 銃口がこちらに向く前に、それより早く俺はP226をダブルタップで撃つ。


「なっ!」


 一人が崩れ落ち、もう一人が引き金に指を掛けるが、マリアのグロックから放たれた銃弾を喰らう。

 男の頭から血が吹き、手からMP5Kがこぼれ落ちる。


「危ないところだった……」


 不意打ちには完璧なタイミング、もうワンテンポ遅かったら爆破に巻き込まれるか、最初の制圧射撃の餌食になっていた。


「……この人」

「知ってるんですか?」

「はい……最初に護衛を頼んだ警備会社を買収した、男の人です」

「CIAね」

「まじかよ……」


 俺達がここに来てからまだ十分程しか経っていない。監視がいたのは確実だ。それにCIAともあろう組織が、偵察任務に二人しか寄こさない訳がない。


「気ぃ引き締めろ」

「あいよ」

「了解」

「わかった」

「は、はい!」


 銃のカバーを外し、コッキングした。博士には防弾チョッキを着せる。

 俺を先頭に真ん中に博士、殿はマリアの陣形で元研究室から出る。白衣の学生共が何事かと覗きに来ていた。

 しかし、焦げ臭い匂いとアサルトライフルを手にした男を見たら、顔を真っ青にして部屋に閉じ籠ってしまう。


「離れるなよ」


 そう言い、長い長いカリフォルニアまでの旅路が始まった。



「……研究室に行った二人から連絡がこない」


 三脚付き双眼鏡で研究棟を見る男が、レミントンM700を構える男に伝えた。


「やはり、只者ではなかったようだな」

「元デルタのあいつらの不意打ちを退けるとはな……骨が折れるぞ」

「まぁいい、俺達は俺達の仕事をするだけだ」


 男は狙撃銃のストックに付いたチークパッドに頬を押し付け、スコープを覗いた。

 双眼鏡の男が反応する。


「……来たぞ」

「ああ」


 護衛は見た限り男二人、女二人の四人組。装備はアサルトライフル、ショットガン、サブマシンガン。全員腰か脇に拳銃を挿しているようだ。


「先頭のMA-1ジャケットのアジア人。アイツを狙え」

「……おう」


 廊下を走るアジア人の頭に狙いを定め、引き金を絞る。だが、タイミングとしては弾が銃身から飛び出した瞬間。

 スコープからアジア人が消えた。最初、頭に命中し倒れたのかと思ったが違った。

 7.62mm×51弾は頭蓋骨を貫通し、赤い花を咲かせることなく壁に吸い込まれていった。

 それを見て、同じ様に廊下を走っていた仲間や博士も伏せてしまった。


「なに!」


 避けられた。それはまごうことなき事実だが、明らかに常軌を逸している。

 物理的に音より先に銃弾の方が来るはずだ。その瞬間的な出来事が起きる前にあの男は何かを感じ、伏せた。


「……タチの悪い冗談か?」


 こんな仕事を長いことしていると極稀に、獣みたいな鋭い勘を持つソルジャー兵士とかち合う事がある。

 そしてそいつと戦うと大抵は、苦戦する。


「作戦失敗だ。プランBで行く」

 

 実戦経験の無い諜報畑出身の相方は言い放ち、あくまでも冷静に鞄の中からP90を出しこちらに渡した。


「博士を構内から出すな」


 P90をコッキングし、立ち上がった。



「あっぶねぇ……」


 頭頂部を撫で、掌を見る。

 血は付いていなかった。


「大丈夫?」

「生きてるよ」


 俺は恨めし気に、穴が空いた窓ガラスを見る。あの勘を感じてからのほんの僅かな間が、俺の生死を分けたと思うとゾッとする。


「射線を切れ、這って進もう」


 恐らく、狙撃手は場所や手段を変えまた襲ってくるに違いない。一度狙撃に失敗し、自らの存在を晒したのだから二番煎じの手は使わないはずだ。

 念の為、窓が無い所まで這って進み体勢を立て直す


「ったく、奴さんは何人ぐらいいるんだ」

「分からない。だが、死んだ奴含めて最低でも三・四人だ。けど現実問題、もう二・三人いると考えた方がいい」

「骨が折れるなぁ……まったく……」


 銃を改めて握りしめ、駐車場に向かう為中庭に出た。爆発音や銃声で学生達がざわついていた。


「遮蔽物は……無い。突っ走れ!」


 号令を掛け、全員で駆け抜ける。だが、そうは問屋が卸さない。

 頭部に右側から刃物を刺さるような感覚。痛みは無いが気分は悪い。


「アンブッシュ!」


 右に向かってSCARを撃つ。案の定、小型のサブマシンガンらしき物を握った男二人が、こちらを睨んでいた。

 学生達は、突如始まった銃撃戦から蜘蛛の子散らすように逃げていく。


「走れ走れ!」


 俺は5.56mm弾薬莢の尾を引きながら後退する。ハリーとシルヴィアが壁となり、博士を守る。マリアもMP5を三点バーストで撃ち、援護する。

 弾幕を張り、相手を近づけないようにした。


「追え!」

「逃がすな!」


 射撃を止め背を向けた途端、リズミカルな銃声が後を追ってくる。チラッと見た限り、相手の得物はP90。

 貫通力はお墨付き。防弾チョッキですら貫いてしまう。


「相手はP90!当たるとやばいぞ!」

「了解!」


 駐車場に出た途端、目の前に黒いバンが飛び出して来た。


「新手か!?」


 スライドドアが開き、黒光りする軽機関銃の銃口がこちらを向く。

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