赤沼の答え

 斎藤の話をまとめると、この世の中と国民が気に食わないから、連中が心底毛嫌いしている暴力で、世の中を変えてやる。

 そして、俺にもそれを行う資格がある。だから、お前も俺達の仲間に仲間にならないか。

 ……という事だ。

 確かに、斎藤の話は理解も納得もいく。

 一理ある部分もあった。

 彼等の気持ちが分からない訳じゃない。

 俺も、斎藤が言った言葉ほど酷くはないが似たような事を言われた事もあるし、見てて反吐が出そうな横断幕やビラを受け取った事もある。

 だが……それとこれとは話が違う。

 斎藤が言ったのは所詮、弱肉強食の世界の理論。

 強き者が生き残り、弱き者は淘汰させる。

 俺とは、根本でソリが合わない。

 けれども、この状況で断れば?

 ……知ったことか。

 自分の命惜しさに、こんな奴等に媚びへつらうことはない。

 それに、斎藤達は大きな勘違いをしている。

 書類上は自衛官でも、俺はもうISS局員だ。


「……じゃあ、お前等はそんな事の為に大勢の人間巻き込んだのか?」


 俺は言葉を紡ぎ出す。


「新宿駅じゃ一人。千葉じゃ四人。立川じゃ十九人死んだ。……死んで当然の奴もいたが、死ぬべきじゃない人間もいた。俺は、そんな人達をこの目で見てきた」


 自分の双眸を指さす。


「じゃあ、お前等の戯言が実行に移されたら、何人死ぬんだ? ……確かに、アンタの言う事には一理ある。俺も分からずやじゃないからな、一定の理解はするさ。だが、賛同はしない」


 斎藤の眉根が寄った。


「弓立」


 俺は振り返りこの数日、一緒に仕事をしてきた女を見つめた。

 相変わらず、シグの銃口はこちらを向いている。


「お前、いつからこの馬鹿と一緒にやってる」


 斎藤を馬鹿呼ばわりした事で、中田と黒坂の二人は明らかな不快感を示している。

 弓立は俺の質問に、飄々とした態度で答えた。


「二年前ですね」

「そうか。……じゃあ、今日の港でのアレも俺をおびき出す為の口実だったのか?」

「いえ。私は、確実に県警の刑事三人を殺しました。……でも、殺したのは赤沼さんと降りたコンテナ置き場とはちょっと離れた場所ですけどね」

「……別の場所?」

「はい。赤沼さんと戦った置き場のです。正確に言えば、そこのクレーンですけど」


 合点が行った。弓立は移動中の車内で県警が本気で捜査するとか言及していたのに、いざ現場に着いて見ればびっくりするほど人気が無かったのは、そもそもそこが事件現場ではなかったからだ。

 いくら捜査陣が撤退したと言えど、数人の捜査員や警備の警官はいるはず。

 人払いはするだろうが、あそこまで人はいなくならないだろう。

 俺は今朝、弓立の車に乗った時点でコイツ等の罠に嵌っていたのだ。

 わざわざ車を選んだのも、コイツの準備をさせるためだろう。

 しかし、そうなれば二つの疑問が生まれる。


「それなら何故、県警の人間が二人いた?」

「ああ……。あの二人は上の意向を聞かずに勝手な行動をするはねっかえりですよ。わざわざ公安の方に電話かけて、同行したいって言ってきたんです。事件に深く関わろうとしたもんで、消しました」

「じゃあ、あの武器類は?」


 刑事が見張っていたというコンテナは、俺が見たコンテナと別物という事になる。

 じゃあ何故、あんな大量の銃器が入っていたのか。


「赤沼さんと見たコンテナが本物です。県警の人間が見ていたコンテナは偽物で、この国に銃器が持ちこんだ事がバレた時の保険として用意していたコンテナです。県警の人間には、警視庁公安部の人間が教える情報を精査する権利や義務を持ちませんからね。あっさり騙されて、雁首揃えて偽物のコンテナ眺めているのは、傑作でしたよ」

「弓立君は、便利屋としても公安との内通者としても、活躍してくれた」


 斎藤がそう補足する。

 大した女だ。第一印象で、女優みたいだと感じたのはあながち間違いじゃなかったようだ。


「赤沼一尉に近づいてからは、その動向も逐一報告してくれた。本当に有能な人材だよ」


 まったくだ。

 警官らしからぬ部分はあったが、まさか本性が警官じゃないとは。

 斎藤に向き直る。


「……じゃあ斎藤さんよぉ、全てアンタが考えた事か」

「ああ。今、この瞬間も進んでいる」

「君が見たコンテナは今頃、高速で都内に運ばれている。兵隊も揃っている。……元自衛官や俺達の思想を分かってくれた同志達だ」

「同志? ただの案山子だぜ、あんなの」

「愛国者と言ってくれ。赤沼一尉」


 俺はその言葉を鼻で笑った。


「愛国者? 笑わせる、テロリストだろ」


 中田が顔色を変えるが、寛容な態度で斎藤は俺に接する。


「……じゃあ、赤沼一尉。何が望みだ?」

「は?」

「我々としては、君という人材が喉から手が出るほど欲しい。その為には、私は出来る事は何でもしよう」

「これまでの答えや態度を見て分かんないのか? 俺は求めるほど女にも金にも飢えてない。この国は好きだが、暴力を使っての変革には賛同できない。それが答えだ」

「……………………」

「ついでに言っとくが、俺はそこの馬鹿女と違って人を殺してヘラヘラするような性格はしてない。……言いたい事は分かるな?」


 斎藤は目を瞑り、残りの酒を飲み干した。


「…………分かった」


 そう言い、手を二回鳴らす。


「残念だよ。君とは仲良くできると思ったのに」


 奥の襖が開き、手にMP5Kを持ち迷彩服三型を着た男が二人出てきた。


「悪いが、君を生きて帰す訳にはいかない。赤沼一尉、国の為だ。――死んでくれ」


 寒気が走る。ここで大人しく殺されるタマじゃない。

 俺はテーブルの淵を掴み、ちゃぶ台返しの要領で力いっぱい持ち上げた。

 MP5Kから放たれた弾丸は、全てテーブルで受け止められ俺に当たる事は無い。

 弓立が撃ったが、それも躱し俺は一番近くにいた黒坂に掴みかかる。


「なっ!」


 後ろに隠していた九ミリ拳銃SIG P220を奪い、その背中に回り込んで首をホールドした。


「動くな!」


 そう怒鳴り、シグの撃鉄を起こす。


「この女ぶっ殺されたくなければ、大人しくしろ……」


 全員が一度動くのを止めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る