繋がる過去
「全て話すって……」
「俺だけじゃない。班長と主任にだ」
俺の言葉にマリアは首をかしげる。
「……なんで?」
「ケビンの行動は、立派な殺人幇助だ。……到底許される事ではない。警官としても、人間としても」
「でももう、何年も経ってるから立件出来るかどうか……」
「……出来るはずだ」
「どうして?」
「SWATの隊長にしては、後始末が上手い。……普通死体を焼いても、銃で撃たれた事は分かるはずだ。……死因を改ざん出来るのは限られる。ケビン単独でやるのは不可能だ。死亡診断書を書くのは、警官の管轄じゃないからな」
「……つまり、そこから崩していくと?」
「そうだ。けれど、俺達二人で捜査は出来ない。……だから、主任達に話して他の部署を動かす」
「そんな事、出来るの?」
「やってみないと分からん。……けど、出来る気はする」
「……なんで?」
「……ケビンは笑っていたと言ったな?」
「うん」
「どんな笑い方だった?」
「……愉快そうな。……まるで、コメディーショーを見てるみたいだった」
「……これは俺の私見だが。……ケビンは、お前の時のそれが初めてじゃない」
どんな狂人でも、生まれながらにして狂っていた訳じゃない。成長の過程で、精神に異常をきたす程の何かを経験し狂う。
ケビン・レナードもその類に違いない。
親から虐待を受けている子供に、拳銃を渡す。
一朝一夕で思いつくようなことじゃない。警官とは言え、虐待を受けている子供をピンポイントに当てられるはずもないから、事前に調べて計画を立てておいたのだろう。
それに、初めてやって成功するもんでもない。
ボロや証拠は出るはずだ。
「…………でも」
「罪悪感を感じているんだろう? 前を向くんだろう? 過ぎた事は変えられないんだ。でも、終わらせることは出来る。……違うか?」
酒を一口、口に流し込む。
マリアの心の枷となっているのはおそらく、行動出来たはずなのに子供に一線を越えさせてしまったことだろう。
その子供が人を殺したという事実は消えない。だが、ケビンを捕まえ事件に本当の終止符を打つ。それで本当に、事件は終わる。
俺が顔を上げると、彼女の表情は少し晴れていた。
「……とりあえず、明日朝イチで話せ」
「分かった」
彼女が頷いたのを見て、俺はウイスキーとサラミを口に入れた。
携帯のアラームが寝室に鳴り響く。
右手で携帯を探し当て、アラームを切る。眼前に携帯を運び、時刻を確認した。
午前八時丁度。俺はゆっくり起き上がると、昨日の格好である事に気が付く。微かに残ったアルコールのせいで、霞がかった思考を手首で頭を叩くことで霞を薄くする。
……昨日の夜。マリアの家から帰って来て、そのままベッドに潜り込んだのだ。
床にジャンパーや脱ぎっぱなしのジーンズが散らかっているのが、その記憶の裏付けとなっている。
「……寒い」
俺は朝の支度をする為、ベッドから降りた。
「おはようございます」
バラバラと挨拶が返ってくる。
オフィスは程良く暖房が効いている。かじかんだ手をほぐしながら、マリアのデスクを見た。
彼女はまだ来ていない。
何とも言えない感情を、溜息にして出した。デスクに座り、パソコンを立ち上げる。
メッセージがあったので確認すると、昨日裏取りを頼んだ調査係からの伝言だった。『赤沼さんがいなかったので、班長さんに資料を渡しておきます』と書かれている。
「班長」
「おお赤沼。資料を預かってるぞ」
「それを受け取りに来ました」
「そうか。……ほら」
書類の山の一番上にあった紙束を渡される。
「どうも」
「……私も少し読ませてもらったが……いい所に気が付いたな。お前が見つけて読んでなかったら、少し捜査が遅れていたかもしれん」
「恐縮です」
「……でも、捜査権は調査係にある。読んで満足したら、返しておけ。いいな」
「了解です」
そう言って俺は班長に背を向け、一枚紙をめくった。そこには、俺が頼んだ裏取りの概要が書かれている。
まだ入院している北朝鮮の女隊長と中国の李の友達を取り調べたようで、二人共あのコンテナ船で銃器を購入した事を認めたらしい。
他にもあの帳簿には、多数の秘密部隊が銃器を購入したことが記述されていたので調査係は、FBIや警察と捜査協力していくようだ。
「ふうん……」
もう一枚めくると、今度はコンテナ船の捜査記録が記載されている。
二年前からニューヨーク港に出入りを始めたあの船は、ロサンゼルスにあるとある貿易会社が所有しているとの事だったが、その貿易会社はペーパーカンパニーで書類に書かれていた住所には、空っぽのオフィスビルが建っていたらしい。
しかも、最後にそのビルが使用されたのは六年前らしく、貿易会社の影も形も無かった。
そして、銃撃された港湾職員は先月から配属された新人らしく船の乗組員と喫煙マナーによる口論から、事件が発生したらしい。
乗組員達が『普段は干渉されないと聞いた』と証言したので、事件当日休みだった職員に事情聴取しに行ったら、あっさりと船の事を白状した。
お昼のニュースで、突入された事が報道されていたことから『逃げられない』と思ったらしく、口止め料を月に一万ドル(約百万円)貰っていたが素直に話す気になったらしい。
二年前、初めてあの船が入港した際に積み荷の確認をしようとしたところ、責任者を名乗る男から積み荷の正体とを教えられ、恐怖していたら金を渡され『これを素直に受け取って、黙っておいてくれたら僕達は何もしない』と耳元で囁かれたようだ。
……こうされちゃあ、誰でも従わざる負えない。
苦笑して、俺はもう一枚めくった。
次の瞬間。紙をめくる手が止まり、目を見開いてしまう。
「……嘘だろ」
その紙には、港湾職員の取り調べから作成した似顔絵が印刷されていた。
似顔絵は男の、いやらしい笑顔が写っている。
その顔は間違いなく昨日の夜見た、写真の男。
マリア・アストールの元上司であり、元相棒。
ケビン・レナードだった。
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