11月17日午後10時32分~41分

 崩れるガラスの幕から現れた黒い影。全身黒一色の装備を身に纏い、先頭はHK416を持ち後続はH&K MP5K-PDWを持っている。

 拳銃が入った大型のホルスターを左胸に装着している者もいた。

 警備員達が拳銃を撃ち応戦するが、精密かつ無慈悲な射撃であっという間に殺されてしまう。

 俺を取り押さえていた警備員に至っては、銃を構えようとした瞬間に鉛弾を撃ち込まれた。

 俺は転がり、警備員の銃と落とした身分証を拾い柱の裏に隠れた。

 影達は突然の出来事に戸惑い、悲鳴を挙げて逃げ惑う空港の利用客や職員には目もくれず満身創痍で倒れていた革ジャンの男に駆け寄った。


「仲間か?」


 裏からチラリとその様子を見て、俺は銃を確認した。

 警備員が装備していたのは、FN ハイパワーMk.Ⅲ。9ミリパラベラム弾を使用する、オートマチック拳銃だ。

 弾倉を抜いて、残弾を確認する。

 あの警備員は一発も撃つことなく亡くなったので、弾倉内には12発の弾丸がしっかりと込められている。

 弾倉を銃に入れ薬室に弾が一発入っていることを、スライドを少しずらして確認しもう一度、男の方を見た。

 影達に肩を借り、空港の外に運び出されている。影の数人が俺の存在に気が付き、手持ちのアサルトライフルやサブマシンガンを撃った。

 5.56ミリ弾や9ミリパラベラム弾が頭部や頬を掠める。柱を抉り破片や粉が舞った。

 悪寒を通り過ぎ、手が震えてくる。深呼吸を繰り返し、拳銃を握り直した。血液は温かいはずなのに手は冷たい。その間にも単発での精密射撃が飛んできている。相手がプロフェッショナルであることがひしひしと伝わってきた。


「おっかねぇ……」


 俺は呟くが銃声に紛れ、消えてしまう。背中を擦り付ける様にして立ち上がると、弾切れの際に出来る隙をつき柱の陰から飛び出した。

 走りながらハイパワーを片手で撃つ。当然ながら当たる事は無く、明後日の方向に飛んで行ってしまう。

 しかし、影の攻撃は止まることは無い。むしろ激しさを増している。

 弾は数ミリ単位の所を掠めて行き、平和を願う絵画に穴を開けた。

 皮肉もいい所だ。影は銃を撃ちながら俺の後を追い、俺を逃げ場の無い所に追い詰めていく。

 実際問題、俺は追い詰められていた。ハイパワーの装弾数は13発。警備員が持っているはずの予備弾倉を持って行くことが出来なかったので、銃に残っている弾で勝負しなければならないが、狙って撃てるような状況下でなくこうして適当に撃って少しだけ足止めするしか出来ない。


「やばいやばいやばい……!」


 サッカーのスライディングの要領で、影達の射線を切れる場所に滑り込んだ。

 弾倉を抜いて残弾を見る。

 残りは6発だった。溜息をついて肩を落とす。

 影の二人が、仲間に見守られる形でこちらに近づく。

 段々と強くなる圧に押し潰されそうになりながら、息を整えた。

 影達はもうすぐそこに来ている。

 ハイパワーを構える手に汗が滲む。影の一人の足を見えた。俺は引き金に指を掛けようとした。

 だが瞬く間も無く、急に目の前が眩い光に包まれた。

 次に俺を襲ったのは爆音。すべてが収まり固く瞑った瞼を開けると、すぐそばまで来ていた影二人が床に倒れていた。


「爆発?」


 ハイパワーをズボンとベルトの間に挟み、足元まで転がっていたMP5K-PDWを拾い弾倉内の残弾を確認した。

 20発入るマガジンには、半分以上の弾が残っている。もう一度弾倉を入れ、コッキングした。

 薬室にあった一発の9ミリ弾が小気味いい音を立て、床に落ちた。影の一人からMP5の予備弾倉を二本奪い、ポケットに突っ込んだ。

 もう一人の方のHK416は弾詰まりを起こしていて、使えそうになかった。

 壁に張り付き、自分のタイミングで飛び出す。

 そこに広がっていたのは、死屍累々と表現するのが相応しい惨状だった。

 影と形容しても、所詮は人間。千切れた四肢や、裂けた胴体から飛び散った血肉が至る所にへばり付いており、辛うじて生きている者もいるが呻き声を挙げ一向に起き上がる気配は無い。


「赤沼!」


 ハリーが2階部分に立ち、M79グレネードランチャー片手に叫んでいた。硝煙がまだ立ち上がっている。


「こっちだ!」


 ハリーはM79から空になった弾薬を出し、肩から提げた弾帯から1個取って装填した。

 振り向くと、先程革ジャンの男を運んでいた影達と増援が割れた窓から入って来ていた。

 俺は走り出す。影達も俺とハリーに気づいたようで、銃を撃ち出した。

 ハリーがM79を撃つ。榴弾が俺の頭上を飛び、影達から少し外れた場所に着弾する。

 銃撃が止んだその間に、階段を駆け上がり床に転がる。


「大丈夫か?その血は?」

「俺の血じゃない」


 手を取られるように二人で走った。暫く走ると、マリアとシルヴィアが博士を守っていた。


「赤沼!」

「無事だったようね」


 足元には銃を仕舞ったケースが空になっている。

 二人はしっかりと武装していた。


「革ジャン着た男と戦ってたって……しかも、その血……」


 心配そうに、それでいてどこか後ろめたそうにマリアは俺に聞いた。


「俺の血じゃない。アイツの血だ……それに、聞いたよ。脅されてたんだろう?」


 いたずらがバレた幼子が叱られているような、マリアはそんな態度だ。


「別に俺は怒ってない。俺もお前と同じ立場に立ったなら、同じようにしたさ」

「……うん」

「それにお前は、完全に屈していなかった。褒めてもいい」

「……相棒を評価するその姿勢は美しいけど、敵がもう近くまで来てるわよ」


 シルヴィアのツッコミで、今置かれている状況を思い出した。ハリーが俺の弾倉が入ったチョッキとSCARを差し出す。

 俺はチョッキを着て安全装置を外し、コッキングレバーを引いた。

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