人を呪わば

 散々話したが、所詮妄想は妄想だ。証拠能力は無い。

 早速行き詰った俺達は、凝り固まった思考と恐ろしい妄想を少しだけ忘れる為に、気分転換で少しだけ歩く事にした。

 車を近くの駐車場に置き、浅草の街並みを見て回る。

 外国人観光客も多いが、意外とカップルも多かった。

 なるべく事件の事に触れないで、のんびりと歩く。


「こんな事してる場合じゃねぇだろ」


 心中で焦る声がする。でも、今だけは事件の事を忘れたかった。

 人の狂気を見ていると、いつしか自分も狂気に取り込まれるのではないか。

 そんな不安が脳裏をよぎる。

 そして、それを弓立は俺に刻み込んできた。

 怖い。啖呵切ったはいいが、怖いのだ。

 本当に自分の中に“狼”がいない? といった心を抉るような問いかけ。

 いない。間違いなく、俺の中には“狼”はいない。

 自分に言い聞かせる。


「浩史」


 マリアの声で我に返る。


「……どうした?」

「アレ食べたい」


 彼女が指さす方には、人形焼のお店があった。


「人形焼か」

「ニンギョウヤキ?」

「あぁ。カステラの中に、アンコとかクリームが入ってる焼き菓子だ」


 説明しつつ、食べ歩き用の四個入りのパックを買う。

 

「ほれ」


 一つ袋から出して、マリアの口に入れてやる。


「美味しい!」

「それは良かった」


 甘い菓子を食べて笑顔になっている奴を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。俺も一つ摘まんだ。

 しっとりとした生地に、なめらかなこしあんがマッチしている。


「確かに美味いな」


 地元の名物菓子というのを意外と見落としがちな甘党としては、新しい発見だ。

 そして、いつ間にか不安の暗雲も消えてきた。

 残りの二つも平らげ、また歩き出す。


「……そういえば、これってデートだよな」


 柄にもない事を言ってみる。


「そうだね!」


 ストレートな返しは、楽しげだ。

 “来てよかった”。マリアの笑顔と一緒にそう脳内保存する。


「なぁ、マリ――」


 パァン。

 銃声が浅草の街に響いた。それも連続して。

 フルオートの銃声ではなく、拳銃などのセミオート銃器を連射している音だ。

 俺達は反射的に拳銃を抜いて、音がした方に走った。

 

「どこだ?」


 周囲を見渡していると、一人の女性がこちらに走ってきた。


「た、助けて! 殺される!」


 血相抱えてただ事ではない様子の女性は、俺達を見るなりそう叫ぶ。


「どうしました?」

「隣の家の人が……急に、私の犬を……」

「犬?」


 歯を鳴らし、怯えている女性に応対しているとマリアが銃を構えた。

 銃口の方では般若の面みたいな顔したオバサンが、拳銃片手にこちらを睨んでいる。


「こっちに来な! このクソ女!」


 酷く興奮しているようで、顔を真っ赤にさせてブルブル震えていた。

 女性をマリアに預け、俺は銃を構えた。


「動くな! ISSだ!」

「んcdしおbふぃscjsぢきょッ!」


 何を言っているのか。ただ分かる事は、目の前にいるのはイカレ野郎って事だけ。

 オバサンは叫び、俺に銃を向けた。

 素早く二度引き金を引く。

 弾は肩に命中し、オバサンは倒れた。

 その際に落とした拳銃。ロシア製のMP-443から弾を抜き取り、パーカーのポケットに突っ込む。


「救急車!」


 痛みに悶えるオバサンの傷口を押さえつつ、マリアに指示を出す。



 撃ったオバサンが救急車で運ばれて行く。

 制服警官が俺達に助けを求めてきた女性に事情を聴いている。

 途切れ途切れの話をまとめると、どうやら女性の飼い犬が原因であのオバサンとご近所トラブルになっていたらしい。

 普段は陰口だけだが、今日は違った。

 犬の散歩中を狙い、襲撃を仕掛けてきたのだ。

 犬が撃たれ、女性は命からがら逃げた。

 ……それが事の発端。


『拳銃はどこで?』


 念の為、矢上に報告しておく。


「それがダークウェブだと。……刈間莉子だけじゃねぇみたいだな、銃ネットで売ってんのは」

『ネットはネットでも、ダークウェブです。……それはISSでも発見は難しいですよ』

「刈間莉子は堅気のネットで売ってたからバレたんだよな……」


 先日のドラゴンスター騒ぎもあり、刈間莉子が運営していたサイトから銃器を買った人間は銃と共にお縄に付かせた。

 あれは運が良い部類らしい。


『にしても、災難でしたね。赤沼さんも』

「まったくだ」

『それに、そのマダムも』

「あん?」

『人を呪って、肩に風穴を二つ空けられたんですから』


 人を呪わば穴二つ。と言いたいのだろう。


「切るぞ」

『待ってください。……弓立涼子の調査はどうです?』

「ぶっちゃけ、収穫は無に等しいぞ。俺達なりに、考えてはみたがそれを裏付ける証拠が無い」

『……聞かせてください』


 あの馬鹿が今に至るまでの妄想を話す。


『……それはそれは』

「無駄な時間使ってんじゃねぇってか?」

『いや、そこまでは言いません。ご苦労様です』

「そりゃどうも」

『“事実は小説よりも奇なり”です。赤沼さん』

「そうかいそうかい。……多分これ以上、弓立の過去さらっても無駄だ。神奈川の方行って、足取りを追ってみる。……無駄骨だろうがな」


 挑戦状叩き付けておいて、わざわざ足取りを残す真似はしないだろう。ねじ曲がった性格でも、弓立はプロだ。

 事はもう始まっている。ほとぼりが冷めるまで、高みの見物としゃれこんでいるに違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る