決戦 立川駐屯地前
車への包囲か緩んだ瞬間を逃さず、俺はスピードを落し集団の後ろにつく。
後ろにいたハイエースと並ぶが、ハイエースの方もかなり攻撃を受けていた。
何人も三途の川を渡っているのに、懲りずにまた何人かが寄ってきたが一人を弓立が蜂の巣になった途端、攻撃を仕掛けてくることは無くなった。
車は見覚えのある道を走っている。
俺はもどかしさを覚え始めた。
このまま行けば、確実に立川駐屯地まで止まらない。
矢上を信用していない訳では無いが、向こうの状況が分からない以上、過信は出来ない。
そんな時。
『こちら警視九七』
無線が入ってきた。
『クラブで倒れてた警官の搬送終わったので、そっちに応援にいきます!』
「ありがとう。今、都道16号線を立川駅方面に走ってる!」
『なるべく早く追い付きます』
「待ってるぜ」
弓立が弾倉交換しながら、俺に言う。
「応援ですか?」
「ああ」
「今の声は山寺先輩ですね。あの人、射撃上手いですよ」
「俺の相棒には敵わんだろう。……それに、お前も十分に上手いじゃないか」
「そうですかねぇ」
はぐらかすように彼女は笑う。
深入りする気も無かったので、俺も運転の方に集中する。
すると、今度は単車ではなく四輪を暴走族の方が出してきた。
単車が何台もやられたから、機動力ではなくガードが堅い四輪を出してきたのだろう。
しかも。
パァン――。
当たりこそしなかったが、確実に拳銃の発砲音だ。
『撃ちやがった!』
二号車からの叫び声が無線越しに伝わった。
「敵さんも、本気になってきたんだろ」
「罪悪感無く撃てますね」
「……警官の言う事じゃねぇな」
俺は拳銃を仕舞い、後ろの局員に通常の作戦で使用するはずだった物を要求する。
M84スタングレネード。
日本語では閃光発音筒と呼ばれる物だ。書いて字の如く、目をくらませて音を出す筒こと手榴弾。
狭い空間で使われようものなら、目がくらみ耳が聞こえなくなり、間違いなくパニックになる。
アクセルを踏んで、爆音で音楽を鳴らすbBの隣に並ぶ。
当然、銃を撃つために窓を開けている。
「頭下げろ!」
銃弾が頭を掠めるが、俺も弓立も動じず機を待っていた。
弓立にM84のピンを引き抜かせ、向こうの弾が切れたのを見て車内に放り投げる。
一瞬、bBの中で閃光が走ったかと思えば、車はコントロールを失いバイクの集団に突っ込んでいった。
何台ものバイクを跳ね飛ばし、最後は縁石に乗り上げひっくり返る。
弓立が口笛を吹いた。
しかし、数は減った気がしない。
俺達がいるのは、集団の後ろ。本隊はもっと先だ。
車は都道153号線に入った。
立川駐屯地が見えてくる。
冷や汗が背中を流れ、背筋を撫でた。不快感とも言い表せないその感覚。
「マズイ……」
俺は歯を食いしばった。
だが。
『赤沼さん、何かおかしくないですか?』
二号車からの無線。
『対向車がいません……。それに、さっき……七三式大型トラックと高機が、道路の隅に……』
「あ?」
対向車線を見る。朝のラッシュが近いのに、一台も車が走っていない。
それに、自衛隊の車両が路駐しているなんて。
脳が回転を始める前に、俺の前を走っていたバイクや四輪がブレーキランプを付けてスリップしだした。
慌てて俺はブレーキを踏む。
ハイエースもそれに倣い、けたたましいブレーキ音を立てタイヤ痕を刻印する。
「何だ?」
シグをホルスターから抜いて、慎重に車を降りた。
後ろで車が動く音がしたと思ったら、七三式大型トラックと高機とハイエースが道を塞いでいた。
そして、その前でポリカーボネート製の盾を持った機動隊員が整列している。
「やったぞ……」
ハイエースから降りてきた局員に指示を飛ばす。
「ISS強襲係である事を言って、後ろにいる機動隊の応援に行け!」
「赤沼さんは?」
「大将首を獲ってくる!」
シグ片手に俺は駆けだした。
といっても、暴走族の多くは先程の事故で動ける状態じゃない。
玉突き事故と言うべきか。
バイクの残骸や鉄パイプを乗り越え、前の方へ進む。
路面は土砂降りの後みたいに濡れていて、バイクも族のガキも湿っている。
俺は前を見た。
そこには、機動隊の車両がキッチリ並んでいてSCARを構えたISS局員が立っていた。
『放水開始!』
矢上の声だ。
すると、戦車の主砲の様に機動隊車両の一部がこちらを向き、水を放出する。
放水車だ。
高圧で襲い来る水を避け、俺は辻龍斗を目で探した。
「何処だあの大馬鹿野郎は……」
悪態付きながら、シグを握り直す。
寒気。銃声と共に、背にしていたクレスタのガラスが割れる。
「ぶっ殺してやる!」
グロックを持った半グレが、血走った目で俺を見ていた。運よく放水に巻き込まれなかったようだ。
「下手くそ!」
俺はハイキックをそいつのこめかみに打ち込んだ。
脳を揺さぶられ脳震盪を起こした、半グレはその場に倒れる。
歯ごたえの無い相手。コイツに撃つ弾すらもったいない。
あの血走った目。捨て鉢になった奴、特有の目だ。
覚悟を持ち、背水の陣で挑む奴の眼じゃない。覚悟を持たず、なあなあで生きてきたくせにその自覚さえない甘ったれがする目だ。
必死な目? 馬鹿を言え、覚悟が決まっている奴は最初から最後まで必死にやる。
わざわざ目を血走らせなくてもいい。
放水が止み、俺は捜索を再開した。向こうから、他の局員が走って来るのが見える。
ある程度の安全が確保されたと判断したのだろう。
俺は彼らに手を貸すよう求めようとして、手を振った。
「アメリカから来た赤沼だ! 手ぇ貸してくれ!」
日本支部ではそう通っているから、そう叫んだ。
だが。
「赤沼ぁっ!」
バイクの残骸を押しのけ、辻龍斗がバタフライナイフを持ち走ってきた。
寒気が無くても分かる。
コイツが俺に強烈な殺意を抱いている事が。
「来いよ! 相手になってやる!」
俺は龍斗に向き直り、構えた。
何にも考えていない突撃体制。これじゃあ、旧軍の万歳突撃……いや、鉄砲玉による組長襲撃だ。
俺はナイフを持つ手を掴んで受け流し、関節をねじり上げてアスファルトに転がす。
そして脇腹を蹴り、ナイフを奪う。
龍斗は咳きこみつつも、脇に挟んであったスタームルガー P85拳銃を出した。
根性はあるようだ。
だが。
「安全装置掛かってるぞ」
「え?」
反射的に見てしまったのが、運の尽き。
俺はサッカーボールを蹴る感覚を、久し振りに思い出した。
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