歪んだ正義感

 俺が呆然としていると携帯が鳴り響く。掛けてきたのはロス支部ではなく、本部の方だった。


「もしもし? 赤沼ですが」

『もしもし、私。シルヴィア』

「……お前か」

『随分なご挨拶ね』

「俺の命狙ってる奴が野に放たれてるんだ、緊急事態じゃないなら切るぞ」

『その事だけど、ケビン・レナードの件は本部預かりになった』

「……それまた唐突だな」

『アンタ前、カリスト・マイオルが飼ってたコックに拉致られたでしょ、マリアも一緒に。一か月と少ししか経ってないのに、またマトに掛けられるなんて、なかなか無いわよ』

「……ヤクで人間の限界吹き飛ばしてたんだ、勝てる訳ないだろ」

『勝てる勝てないの問題じゃない。……武器密売組織のトップに命狙われてる状況が問題なの』

「………………」

『ISSは赤沼、アストール両名を失いたくないみたいだからね。……愛されてるわね』

「……ありがたいことで」

『とにかく、私らがロスに行くまで隠れてなさい。いい?』

「……分かったよ」

『よろしい。……切るね』

「いや、待て」

『何?』


 声に少し苛つきの気配がした。だが、俺は構わずに続ける。


「クリントイーストウッドのダーティハリーって知ってるか?」

『……知ってる。けど、今は固定電話で話してるから後で携帯でかけなおす。その時に詳しく話して』


 最後の方は早口になり、そのまま切られる。今朝、質問された事を思い出し聞いてみたが案の定食いついて来た。

 追われる事が確定したのなら、敵を知り構えておくのが重要だろう。怯えていたら、出来る事も出来ずに殺させる。それは、この前学んだことだ。

 俺は携帯を仕舞い、ウェストに質問をする。


「ウェストさん。ケビンが買った銃について、詳しく教えてください」

「いいぜ。……さっき言ったみたいに、銃はS&W M29。8-3/8インチモデルで、.44マグナム弾が六発入るリボルバーだ」

「8-3/8インチモデルって事は、かなり銃自体は大きいですよね」

「ああ、隠し持つには向かない。……お前さんみたいにショルダーホルスターでぶら下げるにも邪魔くさいし、ベルトに挟めるような大きさでもない。というかM29自体、狩りの時の自衛用、とどのつまり野生動物を相手にするもんだからなぁ」

「……本当にダーティハリーへの憧れだけで買ったんですかね?」

「いや、あの長ったらしい銃身にも隊長さんなりの利点がある」

「え?」


 顔を上げ、ウェストの方を見る。相変わらず器用な手つきで俺のシグを弄っているが、自由自在に動く手とは対照的に鈍い光を放つ目が拳銃を捉えていた。


「隊長さんが、狙撃班に所属しているのは知ってるな?」

「はい。……マリアが言ってましよ、アイツから狙撃のイロハを教わったって」

「そうか。狙撃っつーと、ライフルで遠くから狙うイメージがあるかもしれねぇがな、長い銃身を持つ拳銃だとな普通の拳銃より命中精度が上がるんだ。弾が長い筒の中を通ることで、弾道が安定して命中精度が高まるんだよ」

「……拳銃で狙撃すると?」

「出来るさ、奴ならな。……アイツが新米だった頃から、銃の面倒見てた俺が言ってんだ」

「………………」

「片目瞑って、よーく狙ってな」


 ウェストのその発言で、俺は薄く光が差し込む窓が気になってしまった。

 その瞬間、また携帯が着信を作業室に響かせた。今度はシルヴィアからの着信だと分かる。登録されているアイツの携帯番号からだ。


『早速、質問の意図を聞こうじゃない』


 車のエンジン音が微かに聞こえる。おそらく、高速道路で移動している最中だろう。


「ケビン・レナードが.44マグナムを買ってることが分かった。……アイツが、自分をクリントイーストウッドだと勘違いしてるんじゃないかと思ってな」


 俺の質問に、シルヴィアはあっさりと答える。


『そうなんじゃない?』

「……随分あっさりだな」

『私が考えてた映画と違うからね』

「……何の映画考えてたんだ?」

『ロバートデニーロのタクシードライバー』

「……知らないな。どんな映画だ? 主人公は警官か?」

『いや、主人公はベトナム帰還兵のトラヴィスという男よ。……彼は酷い不眠症を患っていてね、定職に就けないから深夜勤務もあるタクシードライバーになるんだけど……無気力な日々を過ごしていくうちに、彼の中の鬱屈した感情が溜まっていくの。好意を寄せていた女性に振られた事がきっかけで彼は鬱屈した感情を歪んだ正義感を吐き出すのよ』

「……これまた強烈な映画だ」

『彼がその感情を吐き出す為に使った銃の一つに、M29。.44マグナムがあるのよ』

「………………」


 眉間にシワが寄るのが分かる。


『……歪んだ正義感、狂気へ駆り立てたのは一人の女性、M29。……どう思う?』

「……そっちの映画の方がなんかしっくりくるな」

『そうね。……でも、トラヴィスは自分の手で鉄槌を下した。ケビン・レナードは?』

「……俺に言わせる気か?」

『ごめん。……そういえば、マリアは?』

「アイツなら、新しい銃の調整中だ」

『……どこから調達したの?』

「正規のルート。マリアの顔なじみの店だ」


 そこまで言うと、マリア本人がイヤーマフにゴーグルを着けたまま作業室に入って来た。


「帰って来た。替わろうか?」

『いや、いい。よろしく言っておいて』

「あいよ」


 通話を切る。マリアがライフルを机の上に置きながら、俺に聞いて来た。


「電話、誰から?」

「シルヴィア。……本部が本格的に動き出したようで、調査係が迎えに来るらしい」

「……大事になって来たね」

「ビビってんのか?」

「まさか」


 彼女はイヤーマフを外し、不敵に笑った。


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