第32話 鬼、存在感が薄くならんとす。
緒戦を何とか勝利で飾った大竹丸一行は血に
「でも、ビックリしたよー。モンスターがモンスターを倒すと光の粒子にならずに
LEDランタンを掲げながら先頭を歩く小鈴。その傍らには緊張した面持ちのまま追随するように歩く黒岩の姿もある。どうやら大竹丸の脅しは未だに有効なようである。
「偉い学者の先生も研究しているらしいけど、前提としてダンジョンが意味不明だから、モンスター同士が争ったら何で光にならないのかも不明っぽい」
「あざみちゃん、良くそんなの知ってるねー」
「この間、コンビニで週刊ダンジョンを立ち読みした」
「あ~。あれどうなの? ためになる?」
初めて手に入れた冒険者カードを弄くっていたルーシーが顔を上げて思わずあざみに尋ねる。だが、あざみは暫く考えた後で静かに首を振った。
「七割くらいが人気探索者のインタビューとファンの応援メッセージだった。攻略情報を求めるなら自衛隊のホームページを見た方が良い」
「
「情報の真偽を精査するのが大変。ルーシーの頭じゃお勧めしない」
「どうせ私は学業の成績が良くないですよっ! ふーんだ!」
「結構、皆さん考えているんですね……」
緊張感のないことこの上無いがあまりに和気藹々と話すものだから、黒岩も思わず会話に参加してしまう。
「もっとこう、皆さん勢いでやっているのかなと思いました」
「私は勢いだけだけどなー」
「ルーシーちゃんはそうだよねー。あざみちゃんが参謀タイプなんだよ!」
「にゃにおー! まぁ、そうだけどさー」
「ペペぺポップ様に祈りを捧げ、媚びへつらうがいい!」
「なんでだよ!」
朗らかに笑いあう。
明らかに全員が気を抜いているように見えるが、これも全ては作戦の内であった。
実は柴田がダンジョン探索のポイントに挙げていた【白紙の地図】に関してはあざみが把握していたのだ。
ただ【白紙の地図】を買う為にはDPが十も必要となる。ゴブリンを撃退した彼らが得たDPは一番多くて黒岩の2DPが最高で、大竹丸に至っては0DPと低い。【白紙の地図】を買うにはまだまだDPが不足しているのである。
勿論、こんな煩わしいこと、大竹丸が持っている唸る程のDPから捻出して解決してしまった方が早い……のだが、小鈴がそれを固辞。どうも個人的に得たDPを試験で皆の為に消費するのは違うという考え方らしい。私たちを甘やかさないで欲しいとまで言われてしまえば、大竹丸も素直に引き下がるしかない。
そんなわけでDPが不足している彼女たちは積極的にモンスターを狩る必要性があった。そして、基本的なダンジョンでの注意事項の真逆……こうやって、がやがやと声を出しながらモンスターを誘き寄せようとしていたのである。
そんな作戦を聞いていた柴田は作戦への評価をメモすると共に、先程起きたことについてずっと考えていた。
そう。大竹丸から発せられた尋常ならざる殺気と大竹丸と小鈴が冒険者カードを所持していたことについてである。
(彼女たちは一度ダンジョンに潜ったことがあるのか……。それもダンジョンが出来た初期の初期だろう。今はほとんどが封鎖されていて侵入するのは困難だからな。そしてDPを他人に奢ろうとするほどの余裕がある。それは、それなりの数のモンスターとの戦闘経験があるということだ。あの殺気もそういう経緯から培われたものだろう。そして彼女たちのどこか余裕のある態度も経験しているからこそか……)
未だに余裕の態度を崩さない大竹丸。そして、戦闘に関して躊躇を見せない小鈴に対して、柴田はそんな具合で分析を行っていた。
だが、それは的外れである。
大竹丸は元から強かったし、小鈴は修験道の修行により一般人よりも強いというだけで、モンスターとの戦闘の経験は全くない。
たが、彼女たちが特殊だということについては当たっている。その二人についてはまだ分かると柴田は勝手に理解した。だが全く分からないのが一人いるとも柴田は思う。
「足音が聞こえた。前方三十メートル」
「嘘だろ、あざみ? 私には全く聞こえなかったんだけど? なぁ、小鈴、クロさん?」
臨戦態勢に入るように指示した柊あざみである。
彼女はダンジョンに入ったのは初めてのはずなのだが、驚くほどの適正をみせていた。鼻も耳も良く、モンスターの位置を離れた位置から正確に探り当てる。時折、話に出るペペぺポップ様? とやらの御告げを聞いて探索者になろうと決意したらしいが、案外とその御告げは本物だったのかもしれない。
「いや、僕も聞こえなかったけど……あ、今聞こえてきたね」
「総員ー! 戦闘準備ー!」
「小鈴、それ言いたいだけじゃろ?」
「えへへ、うん♪」
緩い感じでの戦闘準備。そこに緒戦のような緊張感はないが集中はしているようだ。特に黒岩は腰が引けて怯えることもない。
(視線に対する恐怖が失くなったかも……。タケちゃんさんのおかげかな……。でも、あの時の恐怖は一生忘れられそうにないから、感謝はしたくないな……)
盾を構えながら苦笑を漏らす黒岩。余裕すらあるようだ。
「射線を開けて」
「おっと」
あざみの声にルーシーと小鈴が飛び退き、黒岩も少し遅れて洞窟の端に寄る。そして、ゴブリンの姿が見えるなり、あざみは投石器による投擲を行う。
一発、二発、三発――。
全てはゴブリンの群れに着弾し、その数を減らす。元々は六体の群れだったようだが、今ので四体にまで減ったようだ。
「もう一体くらい減らしたかった……」
「十分だよ、あざみちゃん! クロさん行こう!」
「あ、あぁ」
「ルーシーちゃんは敵の隙がつければ攻撃をお願いね!」
「任せな!」
「で、タケちゃんは何もしないこと!」
「妾は見学じゃな! うむ。心得た!」
信用のない大竹丸である。
そしてぶつかり合う武器と武器。命の削り合いの生存競争。だがやはり体格に勝る黒岩や、積極果敢に攻める小鈴という存在が大きいか。五分もしな内にゴブリンの群れは光の粒子となって虚空へと消えていった。
「余裕だね!」
「なんか慣れた感じはあるかもなー」
「いや、柊さんの先制攻撃が大きいよ。あれで数が減らせた上に、石が飛んでくるんじゃないかってゴブリンが気後れしていた気がする」
「持つべきものは遠距離武器」
「そこは友達って言えよなー」
「…………」
「何故黙る!?」
あはは、と笑いながら緊張感なく戦闘を繰り返すこと一時間。ようやく10DPが貯まった。貯めたのは一番撃破数が多かったあざみである。
「くっそー! あざみに負けた!」
「まぁ、無傷の群れに毎回先制攻撃出来るから、自然と撃破数は増えると思うよ……」
「クロさんは悔しくないのかよー。結構、さっきからサマになってきて上手くゴブリンを捌いてるじゃん」
「いや、僕は戦い方が洗練されていくのが嬉しかったから……。これがリアルの経験値なんだって考えていたら、勝負とかそういうことを考える余裕は無かったよ……」
先程までの戦いを思い返し、黒岩はそう語る。黒岩は戦闘を繰り返す中で盾でゴブリンの得物を弾き返してから剣で頭をかち割るという戦闘方法を確立し、効率的にゴブリンを狩ることが出来るようになっていた。ポイントは盾の使い方だったようで、それに慣れたら、攻撃も思い切って出来るようになったようだ。それがルーシーには優れているように映ったらしい。
「それ分かるなー。私もなんか気配消すのが上手くなってきたし」
一方のルーシーも徐々にこなれてきたのか、自分の役割を確立しつつあった。基本は前衛のバックアップとして、黒岩や小鈴の後ろから石を拾って投げるのだが、ゴブリンたちが前衛に気を取られているようであれば、気配を消して側面に周り、ゴブリンの隙だらけの背中から心臓の位置を狙ってナイフを突き刺していた。まさに殺し屋か暗殺者というスタイルであった。
「殺し屋ルーシー」
「私としては忍者のつもりなんだけど?」
殺し屋と呼ばれることは、ルーシーにとっては不満のようだ。そして、ルーシーの風貌だとNINJAだなと誰もが思っていたが、誰もツッコみはしなかった。ツッコむ勇気もなかった。
「そんなことよりも【白紙の地図】だよ!」
小鈴の言葉に誰もがはっとし、皆があざみに視線を移す。あざみはこくりと頷いて冒険者カードを操作すると、10DPを支払って【白紙の地図】を購入する。
「おー! 本当に白紙なんだ! 私達の位置は青い点で出てるこれ?」
出現した地図は羊皮紙のような紙で出来ており、一見すると真っ白で何も描かれていないように見える。描かれているのは自分たちの現在位置である青い点のみだ。あざみの隣から覗き込むようにしてルーシーは【白紙の地図】を確認する。
「今はそう。でも少し動けば……」
「お! 勝手に書かれていく! オートマッピングって奴? どうなってんのこの地図?」
ルーシーは裏からも覗き込んで見るが普通の羊皮紙にしか見えない。何とも不思議な代物である。
「これで二階層への入り口を探す」
「でも階段も出口も何も描かれてないじゃん。どうすんのさ」
「基本的に各階層の下へ降りる入り口は地図の真ん中になるとされている。そこを目指す」
「だとしたら結構近いか……」
「うん。これもペペぺポップ様のお導き。感謝を」
「いや、うん。違……そうかもね。というわけで小鈴にクロさんにタケさんも下に行く道が近いみたいなんでちゃちゃっと行きましょう!」
「うん、分かったよ!」
「了解。守りは任せてよ」
「なんじゃったら、壁を壊して目的地まで真っ直ぐ進むかのう?」
「タケちゃん!」
「うむ……。大人しくしているのじゃ……」
……不憫な大竹丸である。
そして彼女たちは特に回避困難な難題に当たることなく悠々と松阪ダンジョン二階層の入り口へと辿り着くのであった。
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