第113話 決戦桜島ダンジョン!⑤

「装甲車って聞いていたから、戦車みたいなのを予想してたんだけどな~」


 揺れる装甲車の座席で、小鈴が若干の不満顔を覗かせる。

 そんな彼女が乗るのは日本政府が用意したとされる装甲車であった。

 外見は窓の少ない小型のマイクロバスといった様相で、中もそのままバスの座席の並びとなっている。

 そんな座席の真ん中辺りに悠々と座り込みながら、小鈴は不満を漏らす。


「これじゃあ、戦車じゃなくて護送車だよ~!」


 どうやら、彼女は戦車に乗れるものと勘違いして気持ちが浮ついていたらしい。

 そう――。

 現在、大竹丸たちのパーティーは一括りにまとめられて装甲車に乗って移動中なのである。

 それらは他のパーティーも同じであり、各パーティーに一台の護送車が割り当てられて目的地へと進んでいる。

 当然、そんな大規模な移動をしていればモンスターの目に付き、時折襲い掛かられているようだが、ドンっという鈍い音が響くだけで装甲車の中は平和なものであった。

 それだけを見れば、この車は確かに装甲車であるし、当初の目的も果たしていることだろう。

 だが、そんな役割と小鈴の浪漫はまた別らしい。

 唇を尖らせて不満を呟く小鈴を見かねたのか、車両前部に座っていた甲斐二尉が振り返って小鈴に告げる。


「田村さん、戦車で移動するとなるとアスファルトを傷付けてしまうし、訓練を受けた機関士たちでないと戦車は運転できないのよ? それに戦車は大人数の輸送は用途として違うから、今回は警察が用意した装甲車で我慢してね」


「はぁ~い」


 存外に素直に返事をする小鈴に「よろしい」と頷いて甲斐二尉も席に着く。

 恐らく、小鈴も本気でごねていたわけではないだろう。

 ただ、自分の予想とは違ったといったことを大袈裟に伝えたかっただけなのだ。

 それが分かっているだけに、周囲も小鈴に同調することなくそれぞれが勝手に過ごしている。

 アメリカのプロバスケットボールチームの話題で盛り上がっているらしい黒岩とジムは放っておくとして、何やら肩を寄せ合って下を向いているルーシーとあざみが気になったので、大竹丸はバスの席を立って彼女たちに近付く。


「お主らは何をやっておるんじゃ?」


「あ、タケさん」


「ペペペポップ様も見る?」


 見やれば、彼女たちは小早川が監修したというモンスター大辞典を手にして勉強会の最中のようであった。

 確か、この辞典は打ち合わせ終わりに全員に配ると言っていた記憶があるが、大竹丸は受け取っていない。


「それ、どこで配っておったんじゃ? 妾は貰っておらぬのだが?」


「用意した数よりも集まった人数が多くなり過ぎちゃって、結局、ひとつのパーティーに一冊しか渡されなかったみたいですよ」


「暇潰しに見てる」


 あざみの手元を覗き込むと脅威度分けされたモンスターが写真やイラスト付きで紹介され、その特徴や弱点などが事細かに載っているようだ。

 まるでゲームの攻略本だな、と大竹丸は思いながらあざみの開いていたページを覗き込んだ。

 そこにはコボルトの詳細が記載されている。


「何で、今更コボルトなんじゃ……」


「ゴブリンは松阪ダンジョンで見てるけど、コボルトは見てないから」


「二足歩行の犬型の魔物らしいですよー。ちょっと可愛いですよね」


 ルーシーの言葉につられて辞典を覗き込むとカラー写真でコボルトの姿が掲載されていた。

 確かに、見る限りだと犬が二足歩行で立っているようにしか見えない。

 そんなコボルトを現在走行中の装甲車で問答無用で轢き殺していることを考えると……大竹丸はそっと思考を停止した。


「それよりももっと強いモンスターは掲載されておらんのかのう? ドラゴンとか」


「脅威度Sランクの欄には載ってない。まだ未確認?」


「まだ全世界的に発見されてないんじゃないですか?」


「そうなると、アスカは貴重な存在なんじゃろうか……。あれでのう……。ふぅむ……」


 この間、力仕事を任せようと思って呼び出したら見事に顔を泥で汚していたチャイナドレス姿の美女の姿を思い出して、大竹丸は苦笑する。

 何やら百鬼夜行帳の中で嬢に教わって焼き物をしようと粘土をこねていたらしいのだが、悪いタイミングに呼び出したと謝ったのだが、暇だったので丁度良いと手伝ってくれたあたり、アスカは性格ができている。

 嬢だったら一生文句を言ってくるような案件だ。


「しかし、こう見ると意外とモンスターの掲載数が少ないのう」


「実際に目撃されたものしか載せてない、と注意書きが最初にしてあった」


「こう見ると、あんまりモンスターの種類がいないのかな?」


 ルーシーが辞典の厚さを調べて、そんな感想を漏らした。

 確かに、全世界のモンスターの情報を集めた辞典にしては薄いのかもしれない。

 だが、と大竹丸は思い直して言葉を付け足す。


「小早川はダンジョンマスターとも友誼を通じておるはずじゃから、もっと情報が載っていてもおかしくはないはずじゃ。となると、色々と手が回っていない状態なのかもしれぬな」


 ダンジョンに潜る探索者たちのルールの改定や、モンスターの脅威度の設定、モンスター大暴走が起きた際の対処方法の話し合いなど、大竹丸たちが実務を担当する代わりに、デスクワーク的な仕事が全て小早川に集まってしまっている。

 それを考えると辞典の編纂の時間が取れないのかもしれないな、と大竹丸は考える。


「しかし、今回の件でモンスターの情報も沢山集まるじゃろうから、更に大変になるじゃろう」


「そうなんですか?」


「ダンジョンに近付く程、強いモンスターが出てくるんじゃろ? しかも、偵察の話じゃとダンジョンの近くにまで近付いてないと言うんじゃから、未確認のモンスターが現れても何の不思議もないじゃろ」


「うわぁ。それだと、対策とか大変ですね」


「ま、お主等は妾が鍛えたからのう。生半可な相手では止まらんじゃろ」


「……む」


 呵々と大竹丸が笑う傍らで、あずみが視線を上げてはめ殺しの窓の外に視線を送る。

 何かに気付いたようだ。


「――来る」


「え? 何が来るの? ゴブリンやコボルト? それだったら、この車に手出しできないし、大丈夫じゃない?」


「そんなのじゃない。もっとデッカイのが来てる」


「しかも、海の方じゃな」


「えぇっ!?」


 ルーシーの悲鳴に似た叫びを皮切りにして、突如として装甲車が止まる。

 どうしたのかと甲斐二尉が尋ねる中で運転手が、「前の車が止まりました!」と返事を返してくる。

 どうやら、他のパーティーでも近付いてくる不穏な気配に気付けた者がいるようだ。

 何が起きたのかと作戦関係者がぞろぞろと装甲車を降りる中で、大竹丸は腕を組んで座席に座り込んでいた。


「あれ? タケちゃんは降りないの?」


「妾たちは、ダンジョン攻略班なのじゃろう? じゃったら、ここで動く必要はなかろう。まぁ、お手並み拝見といったところじゃ」


「えー。大丈夫かなぁ?」


「ま、そういうことなら俺が大師匠の代わりに引率しときますよ。ここなら既にダンジョンの中だから力も使えますしね」


 そう言ってジムが笑い、小鈴の肩を叩いて外に出るように指示する。

 彼からすれば、日本の探索者の実力がどんなものなのか気になるというのもあって張り切っているのだろう。

 ぞろぞろと大竹丸以外の全員がバスを降りる中で、大竹丸は腕を組んで目を閉じ、バスの中で惰眠を貪るのであった。


 ★


 小鈴たちがバスを降りると、既に迎撃態勢は整っていたようで、堤防に足を掛けた橘夫妻が海面を睥睨している姿が見えた。

 そんな彼らの見据える先には、白い漣が波間に起こり、何かが動いていることを否応なしに伝えてくる。

 しかも、ちらりちらりと水面に映る黒い影は相当な大きさのようだ。

 小鈴の隣に立つジムも思わず「Oh……」と言葉を失う程である。


「デッカイねぇ。何キロぐらいあるんだろ?」


「わっかんないけど、私たちは手を貸す必要はない感じ?」


 ルーシーが視線を向ける先では、橘夫妻以外の人間が見守る態勢ではあるものの、一切手を貸そうとはしていない。

 それだけ、橘夫妻に対する信頼が厚いのか、それとも手を出されると逆に迷惑なのか。

 何にせよ、動く必要はないという空気を感じ取り、小鈴は不満げに頬を膨らませる。


「えー! 折角、劣化吸血鬼レッサーヴァンパイアぐらいなら一人で倒せるようになったのにー!」


「小鈴が本当、どこに行こうとしているのか私には分からないんだけど……」


「ん? ルーシーちゃんと同じ大学だよ? あざみちゃんも推薦貰ったよね?」


「うん。でも、ルーシーの言っている言葉の意味は違うと思う」


 首を傾げる小鈴を差し置いて、あざみは油断のない視線で海面を見つめていた。

 敵の情報を正確に見定めるのもパーティー内でのあざみの仕事の内である。


「目測だけど、十メートルぐらい? あと、鰻とか蛇みたいな形状。魚や首長竜みたいな形じゃないと思う」


「デカブツは私の範囲外だなー。あざみと小鈴ならやれるんじゃないの? 黒岩さんも無理ですよね?」


「僕はそもそも攻撃手段が貧弱だからね。ジムさんなら問題なさそうだけど」


「その辺は任せて下さい。あの二人が失敗したら、俺がやりましょう」


 両手を準備運動のように握っては閉じてを繰り返すジムを見ながら、小鈴が呑気な様子で気の抜けた笑顔を向けていた。


「大丈夫ですよー。あの二人、あれでも公認探索者オフィシャルの第五席ですから。そう簡単にはやられないですって」


 小鈴の言葉が終わるのを待っていたかのように、波間から巨大な生物の頭部が頭を出す。

 つるりと光沢のある銀色の肌に薄水色の丸い瞳。

 形状は細長く、一見すると蛇のように見えなくもない。

 そのモンスターの正体をいち早く看破したのは、ジムであった。

 彼の目が明るく光って、そのモンスターの情報を根こそぎ吸い出してくる。


海大蛇シーサーペント……!」


「というか、ジムさん、目が光ってる!」


「鑑定の魔眼というスキルです。スキルスクロールで覚えました。便利ですよ」


「便利以前に超かっこいい」


 現役で厨二病疾患者のあざみは惚れ惚れするような表情を見せて、黒岩はどこか引き攣った笑みを見せている。

 もしかしたら、黒岩には封印した黒い過去があるのかもしれない。

 彼らが緊張感の欠片もなく、そんな感想を抱いている間に橘夫妻は一瞬で堤防を蹴ると中空へと身を躍らせる。

 そして、そのまま宙を飛んで、海大蛇との間合いを一気に詰めていた。


「空を飛んでるよ!?」


「二人を包むように気流が渦巻いてる。恐らくはそういうスキル」


 あざみが冷静に橘夫妻が飛翔した原因について分析する。

 小鈴もその言葉をヒントに目を凝らせば、確かに橘夫妻の周りに不自然な風の流れが見えるような気がした。

 とはいえ、言われなければ気付かない程度のものである。

 無色透明で薄いその膜は、パッと見ただけでは看破することは非常に難しいだろう。

 それを一瞬で看破するあざみの観察眼に感心しながらも、小鈴は「そういえば」と思い出す。


「確か、橘夫妻って北九州の風神雷神って呼ばれてるんだったけ……」


「それじゃ、あの飛んでいるスキルが風神ってことか~?」


「いや、それだけじゃなさそうですよ」


 ルーシーの疑問にジムが答え、その言葉を裏付けるようにして、一気に海面が竜巻によって持ち上げられていく。

 海面から頭を出していた海大蛇も圧倒的な竜巻の勢いには勝てずに上空へと巻き上げられ、その巨大な体躯の全貌を中空へと晒すことになった。

 小鈴たちはあまりの風圧に片腕で顔を覆いながらも、快晴の上空にバチバチと稲光が荒れ狂うのを目撃する。


「あれが、雷神……」


 小鈴の口から呟きが漏れると共に指向性のある稲光が伸び、海大蛇の身体をバチンッと一瞬で貫く。

 中空に持ち上げられて避けようのなかった海大蛇は、その雷光の一撃を受けて、一瞬だけ身を硬直させると、次の瞬間には光の粒子となって空に溶けて消えていった。

 まさに一瞬の出来事であり、橘夫妻の圧倒的な強さにその場はしんっと静まり返る。

 中には彼らの強さに魅入られた者さえもいるかもしれない。

 

「なるほど。日本の探索者もなかなかやりますね」


 だが、そんなとんでもない光景を目撃したジムは、呆けた表情を見せる小鈴たちとは違って、余裕のある表情を浮かべてそんな感想を漏らすのであった。

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