第112話 決戦桜島ダンジョン!④

 桜島ダンジョン攻略作戦本部と名付けられたその前線基地は、屋外の開けた場所に大型のタープテントとパーティションで仕切られて構築されていた。

 日本の一大事に随分とチープな前線基地だと思われがちだが、噴煙の範囲が徐々に広がっているので、簡単に本部を移動できるよう、利便性を考えてこのような形になったものと考えられる。


 そんな基地内部に大竹丸が足を向けると、内部は芋洗い状態であった。

 此処が屋外であって有り難いと思うほどに熱気が充満し、一歩を踏み出すのに勇気がいるほどの混雑っぷりである。


「……妾、もう帰っても良いかのう?」


「まだ何もやってないよ!?」


 思わず踏み込むのを躊躇した大竹丸の背中を押して、小鈴が作戦本部の中へと押し込む。

 そこには、どこかで見たような顔も並んでおり、大竹丸は軽く会釈をして通り過ぎた。別に個別に挨拶をしても良いのだが、これから打ち合わせが行われるとあれば邪魔するのも悪いだろうという配慮である。


(というか、何でアヤツらがおるんじゃ……)


 辺泥べていアミとクルルの隣に黒のスーツの上下に身を包んだサングラス姿の巨漢二人が座っている。本人たちは上手く人間に化けているつもりだろうが、大竹丸は一発で彼らの正体を看破していた。

 天狗である太郎坊と次郎坊のコンビである。

 確かに、接近戦を苦手とする辺泥姉妹の前衛役としてはハマリ役ではあろうが、天狗がここまで人間に協力的なのも珍しい。


(まぁ、他人のことは言えぬか)


 天狗以上に人間に協力的な鬼という立場を鑑みて、大竹丸は正しく口を噤む。

 わざわざ自ら藪をつつく趣味はないのである。

 また、公認探索者以外の他の知り合いとしては、長尾絶の隣にいる小島沙耶だったり、自衛隊の関係で来たのか甲斐二尉などの姿なども見えていた。

 とにかく面子が豪華である。


(関東の自衛隊員まで引っ張ってきておるとなると、思ったよりも規模が大きいのう)


 それだけ日本政府が危機感を覚えているということか。

 作戦本部の席の一角を確保していたであろうルーシーたちが手を振っているのに鷹揚に頷きを返して、大竹丸たちは確保されていた席へと向かうのであった。


 ★


 打ち合わせの始まりは、まずは大野大臣の労いの言葉から始まった。

 急遽の招集に応えてくれたこと、そして準備をして集まってくれてことに対する謝意が述べられる。


(まぁ、それを言うなら、ダンジョン担当の大臣といえども、わざわざ鹿児島まで足を運んだお主も大変であっただろうに)


 言葉には出さずに、大竹丸は心の中で労いながら、大野の言葉を黙って聞く。

 大野の謝意は長くは続かなかった。

 彼も長々とした話をしている場合ではないと理解しているのだろう。

 集合した戦力についての説明を割愛して、次に壇上に立ったのは公認探索者第八席でもある小早川貴明こばやかわたかあきである。彼は自前で用意してきたノートパソコンをプロジェクターに繋げると、天幕の一部に研究成果の一部らしいデータを映し出していた。


「うぉっほん! 我輩が小早川貴明である! では、仮称、桜島ダンジョンについて説明させて頂くぞい!」


 わざとらしい咳払いを行う小早川を見て、大竹丸は「あぁ、そういえばこんな男じゃったな」と薄ぼんやりした記憶を思い出す。

 勿論、小早川は大竹丸のそんな感想などを知らずに続ける。


「現在、桜島から噴煙が確認されて四日が経っておるぞい! 噴煙の現在の到達位置などを鑑みて、現在の噴煙の速度を計算して導くと時速0.2キロメートルぐらいと非常に歩みの遅いものになるかと思うぞい! この速度だと、日本列島全土を凡そ三千五百キロメートルと仮定した場合、七十日間で覆い尽くされるものと考えられるぞい! 二か月と十日ぐらいと考えると、遅いか早いかは個人の判断に任せるぞい!」


 日本地図を用いて説明を行う小早川博士は、時間経過と共に被害に遭うであろう予想地域が描かれた資料を指し示して、そう告げる。

 小早川は、遅いか早いかは個人の判断に任せると言っていたが、時間経過によってモンスターの種類や強さが変化していくダンジョンなだけに悠長に構えることはできないだろうと大竹丸は睨んでいた。

 会場に集められた面子でも聡い者たちは、既にその事実に気付いたようだ。顔つきが厳しくなる。

 逆に、まだ余裕があるじゃないかと捉えた者は楽観的に構えているようだ。

 小早川はそんな熱の違いに喝を入れるかのように、次の情報を提示する。


「次にお見せするグラフだが、これは降灰地域に偵察と救助目的で向かった自衛官たちから得た情報を元に作成したものだぞい! 既に三日の時点で霧島市に近い垂水市付近でゴブリンやコボルトの上位種が確認されているんだぞい! 当然、桜島近辺では既に中級モンスターとされている存在が生まれ落ちている可能性が高いぞい! 尚、モンスターの特徴や脅威度のランク付けは、我輩監修のモンスター大辞典改訂版を後で全員に配るから、そこで確認して欲しいんだぞい!」


 パッと表示された画面には桜島近辺で確認された代表的なモンスターと脅威度別の分布図が表示されていた。中でも、桜島と陸続きの垂水市の一部に至っては脅威度中級のモンスターがうろついている危険地帯らしい。

 大竹丸としては、そのモンスター脅威度中級とやらがどの程度なのかは分からなかったが、時間が経過するごとにモンスターの強さが上がっていくというのであれば、時間との勝負になるかと眉根に皺を刻む。


「更に悪い情報があるぞい! 吾輩の知り合いのダンジョンマスターに話を聞いたところ、ダンジョン内に存在する人間の生命力を吸い取って、ダンジョンにDPが加算される仕組みらしいんだぞい! つまり、火山灰の降灰地域が広がれば広がるほど、加速度的にダンジョン攻略が難しくなる可能性があるぞい! またダンジョントラップの中には、一度ダンジョン内に入った獲物を逃がさない罠などもあるとか――」


 大竹丸と小鈴は思わず顔を見合わせる。

 そういえば、ノワールのダンジョンでも侵入者を逃さないための仕掛けがあった。

 あれが、ダンジョン全体に作用するものだとしたら、広がる噴煙の地域に取り込まれた者は、そのダンジョンを攻略しない限り、噴煙の外に出られないことになってしまう。

 それは、ダンジョン内に閉じ込められたのと同義であり、閉じ込められた者たちはいつモンスターに襲い掛かられるか分からない恐怖と戦いながら、その身を隠して潜むしかなくなることだろう。

 それはどれだけの心的な重圧を生むか分かったものではない。

 それに、そんな環境下になってしまえば物資の補充もままならないはずだ。

 そうなってしまえば、桜島ダンジョンに捉えられた者たちが徐々に人数を減らしていく未来しかみえない。

 まだ時間があるだろうと余裕を持っていた人々の顔も厳しくなる。

 このダンジョンの攻略は時間との勝負だと、ようやく気付いたのだろう。

 そして、この攻略に失敗することもほぼ許されないのだと理解したようだ。

 場にいる者たちの雰囲気がピリピリとしたものを纏い始める。


「今回の桜島ダンジョンでは、早期の攻略が求められるぞい! それを踏まえて、現在集められる最強の布陣に声を掛けて貰った次第だぞい! 今回の作戦の成否は君たちの双肩に掛かっていることを肝に命じて欲しいぞい!」


 小早川の言葉に否応なしに場の空気が引き締まった。

 流石にそこはプロの探索者といったところか。

 弛緩した空気はないが、彼らの表情は様々だ。

 緊張する者、自信満々に笑みをみせる者、青白い顔をする者、表情を強張らせる者、何を考えているのか分からない者、等々……。

 そんな彼らに対して、小早川は次のスライドを表示して見せる。


「それでは、今回我輩が提言した作戦について説明するぞい!」


 小早川が提言した作戦は実に単純で分かり易いものであった――。


 ★


 小早川が提言した作戦は、ダンジョン攻略部隊と露払い部隊の二部隊に分けて桜島ダンジョンを攻略するというものであった。

 まずは装甲車を用いて、全体で霧島市の海岸線を目指す。

 ゴブリンやコボルト程度であれば、装甲車を止められないのは確認済みだそうで、装甲車で雑魚モンスターを蹴散らしつつ国道二百二十号線を南下し、垂水市に突入する予定なのだそうだ。

 そして、進めるであろう部分まで進んでから、装甲車は探索者たちを下車させて帰路は逃げ遅れている一般市民を捜索しつつ霧島市まで戻る。

 一方の探索者側は、露払い部隊を主軸に桜島を目指す。

 なるべくダンジョン攻略部隊の消耗を防ぎつつ、血路を開く働きをするという。

 また、ダンジョン攻略部隊を送り届けた後は、逃げ遅れた一般市民の救助の役割も果たす為、この部隊の働きが一番大変であった。

 縁の下の力持ち的なポジションだろうか。

 そして、ダンジョン攻略部隊は名前の通り、ダンジョンの攻略に専念する。

 桜島を登り、頂上付近にあるダンジョン入り口からダンジョンに侵入し、そのままダンジョンを攻略するのだ。

 この部隊が一番重要な役割を担うだけあって、失敗は許されない。

 その為、過去のダンジョン攻略実績等を踏まえて、一席から三席が投入される予定だったのだが、そこで物言いがついた。


「おいおいおい! 地元の人間がやられてるってのに、俺らにはダンジョン攻略するなって言うのかよ!」


 公認探索者第四席、島津弘久である。

 彼は福岡タワーダンジョンの攻略者であるが、鹿児島県の出身らしい。

 地元がとんでもないことになっているというのに、ダンジョン攻略に参加出来ずに露払いという立場に甘んじるのが我慢できないらしい。

 彼のパーティーメンバーであろう派手な頭をした特攻服を着た少年たちも口々に不満を告げる。

 彼らは本気で不満に思っているわけではなく、恐らくは弘久に追随しているだけなのであろう。

 上手く躾けられているな、と大竹丸は思う。

 

「第四席の不満は分かるぞい! じゃが、この作戦は失敗が許されないんだぞい! それだけに作戦の成功率を少しでも上げる為にベストな組み合わせを選んだつもりだぞい!」


「確率とかの問題じゃねーんだよ! やられた以上は、やり返すっつーのが俺らの流儀なんだ! 俺らがダンジョン攻略メンバーじゃねぇんだったら、この作戦は降りるぞ!」


「それは困るんだぞい! ここで戦力を落とすことで作戦の成功率を下げるわけにはいかないんだぞい!」


 小早川と弘久がやり合っている中、おずおずと挙手をする存在がいた。

 如月景である。


「でしたら、俺が四席と配置を変わりますよ。火山灰とか喉に悪そうだから、近付きたくなかったんですよね……。ゴホゴホ……」


 景の発言を受けて、小早川の中で素早く計算が行われたのであろう。

 それならば問題がないとばかりに大きく頷く。


「そういうことならば、三席と四席の配置を変更するぞい! ダンジョン攻略メンバーとしては一席、二席、それと四席のパーティーに頼むことにするぞい!」


 そして、それ以外の戦力は露払い部隊に配属されるようであった。

 キツイ仕事になるだろうが、他の者たちは大丈夫であろうかと、大竹丸が視線を巡らせると……小さくガッツポーズをするアミの姿があり……大竹丸は素知らぬ顔をしてそっと視線を外す。


(青春じゃのう……)


 どうやら、配置換えで得をしたのは島津弘久とそのパーティーメンバーだけではなかったらしい。

 大竹丸は人知れず柔和な笑みを浮かべるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る