第111話 決戦桜島ダンジョン!③

 一体何事かと驚く大竹丸の前に本日の朝刊らしき新聞がバサッと突き出される。


 どうやら、小鈴はこの新聞を読んで欲しいようだが――大竹丸に否やは無いので、しっかりと受け取ってその中身を吟味していく。


 まず第一面で目に入ったのは、カラー写真がデカデカと載った記事だ。


 この記事のことかと大竹丸が小鈴に視線を向けると、彼女は一も二もなく高速で頷いていた。どうやら、この記事を読んで欲しいらしい。


「桜島で噴煙? 鹿児島市にも降灰?」


「そうなんだよ!」


「桜島が噴火でもしおったのか?」


「そうじゃなくてね! とにかく大変なの!」


 続いて大竹丸の目の前に突き出されたのは携帯端末スマートフォンの画面だ。そこには太字のフォントで『侵食する恐怖! 桜島ダンジョン!』と表示されていた。見出しに興味を惹かれて大竹丸が記事を読み込んでいる間にも、コミュニケーション能力の高い(またの名を恐れ知らずの)小鈴がジムに拙い英語で自己紹介をし始めている。大竹丸はそんな小鈴には自由にさせてやりながらも、そのネットニュースにさっと目を通していく。


 記事の内容自体は短く、ものの五分もしない内に読み終わったが、その間に大竹丸の顔は確実にしかめっ面へと変わっていた。


「どうかしたかい? 大師匠?」


 自己紹介を終えたのか、ジムが訝し気な視線を向ける。それに大竹丸はうんざりとした気分で記事の内容を語って聞かせていた。


「お主は知っとるか? 今朝方、日本の桜島から噴煙が観測されたというニュースを?」


「ネットニュースで見たよ。それがどうかしたかい?」


「その続報は?」


「続報? そんなものがあったのか?」


「どうやら、その様子じゃと知らぬようじゃな。此処に書いてある記事によると火山灰が降った地域でモンスターの出現が確認されたそうじゃ」


「……なんだって?」


 眉間に皺を寄せるジムの真向かいのソファに勢い良く腰を下ろした小鈴も「そーだよ!」と不満そうな顔で追随する。


「テレビではもう大騒ぎなんだから! 地上がダンジョンに侵食されたって感じで報道が続いて! ドラマの再放送が潰れたってお母さんも落ち込んでたぐらいなんだよ!?」


 お母さん云々の情報は置いておくとしても、確かにこの報道が真実であるのであればとんでもない話である。


 記事の中ではなおも火山灰の侵食地域は拡大しており、その地域には徐々にモンスターが出現し始めていると書かれている。通常の火山灰であれば、いくら風に乗ったところで四国や本州にまで届かないとは思うのだが、事は異常事態である。もしかしたら、放っておけば地球まるごとが火山灰に覆われてしまう可能性だってあるのかもしれない――。そうなったら、この地球上に安全な場所など無くなってしまうことだろう。いや、そもそも太陽光を通さなくなり、地上は極寒の世界に変わってしまうかもしれない。何にせよ、このまま放っておけば人類の危機となるには違いない。


「桜島ダンジョンのう……」


 ちなみに桜島ダンジョンは、ついこの間までは人々に認識されていなかったダンジョンである。というのも、入り口が火口付近にあるらしく、進入禁止であったことが災いして発見が遅れたようなのだ。桜島がダンジョンだと判明したのは噴煙の様子を航空撮影している際にちらりと映像にダンジョンの入り口らしきものが映り込んでいたのが原因らしい。逆に言うと、それまでの間、探索者たちと一切の関わり合いを絶ち、力を蓄えていたダンジョンであるとも言える。それだけに不気味な存在ではあった。


「嫌な予感がするのう……」


 現状、思ったよりも深刻な事態になっているのでは? と大竹丸が思い始めたところで室内に設置されていた館内通信用の電話が鳴り響く。もしもし、と受話器を取った大竹丸はその内容に厳しかった表所を益々歪めることとなった。


 内閣総理大臣より衛星電話が掛かってきているとの知らせだったからだ。


 ★


 衛星電話の内容は緊急召集を告げるものであった。日本政府公認探索者オフィシャルは連絡がつく者全員に三日後に指定の場所に来るようにと言い渡される。


 そして、三日後――。


 政府公認の日本最強探索者集団が鹿児島県霧島市の高台にある城山公園に集合した。尚、城山公園はこの臨時招集の為に一時的に桜島ダンジョン攻略の最前線作戦基地として利用される。


「結構侵食されてきとるのう」


 城山公園の展望台で腕を組みながら、大竹丸は仁王立ちで立つ。


 城山公園は高台に作られているため、此処からだと霧島市の市街地を抜けて海が見え、そして南方に桜島を眺めることができる。その桜島の山頂部からは今も、もうもうと噴煙が噴き上がっては渦巻くようにして空に滞空していた。まるで黒雲を纏った台風のようにも見えるが、あれらは全て火山灰である。渦巻く灰の中で稲光が時折光っているのが見えるので、上空から近付くのは難しいだろう。


 桜島より同心円状に広がる噴煙の渦はこの三日で更に範囲を広げており、今はこの霧島市の市街地の一部も降灰の地域となってしまっていた。モンスターが跋扈しているようだが、それもゴブリンやウルフが単体で現れる程度なので警察や自衛隊、または民間の探索者たちで対抗出来ているらしい。


 だが、新たな情報としては、灰に降られ続ける時間が長い地域ほど強力なモンスターが出現し始めているという話もある。今はまだ何とかなっているかもしれないが、事態は急を要するものとなっていた。


「海を渡って……は難しいかのう。海にもモンスターがおるようじゃしな。戦い難い海上よりは地続きで乗り込むのが正解か。ふむ、難儀なことじゃ」


 出来ることならば、瞬間移動の力を宿す顕明連けんみょうれんを用いて長距離転移テレポートを行い、一気に桜島ダンジョンに突入したいところではあるが、あれには行き先の確固たるイメージが必要だ。周藤隆治救出の際には小島沙耶のしっかりとしたイメージが大竹丸の中に流れ込んできたこともあって上手くいったが、桜島の火口のイメージが大竹丸には仔細に想像出来ない。それもあって、長距離転移を行うには条件が不十分であった。


 そもそも長距離転移の技は、新宿事件で起きたダンジョンバトルの際に大竹丸が寝過ごしたことを反省して編み出した技だ。その為、編み出してから日が浅く、技の精度がそこまで高くない。その為、失敗して不発となることも度々あったのである。いや、不発ならまだ良い。問題は転移位置を見誤って火口に直接飛び込むなどした場合だ。そうなれば、一瞬で即死することも有り得る。


 ならば、その危険リスクを回避して地続きで進むしかないわけだが……。そうなると降灰の地域を通ることになり、モンスターたちとの死闘を予感させる。


 いや、不安要素はそれだけではない。


 地続きの道を進み、桜島に辿り着いたとしてもここからが始まりなのだ。山登りの末にダンジョンの入り口に到達したら、今度は疲弊した体に鞭を打ってダンジョン攻略に向かわなければならない。そうなるとどうしてもダンジョン攻略が完了するまでに長い時間が掛かる。ダンジョン攻略に長い時間を割いたことがない大竹丸としては、その辺りも不安要素であった。


「ダンジョン内の貧相な食生活や、クソのような居住環境にキレて逃げ出してしまいそうじゃ……」


 最大でも三日で攻略しようと決心する大竹丸である。それ以上は彼女の精神が持たないかもしれないのだから仕方がない。


「タケちゃーん! こんなところにいた!」


「ん? 何じゃ、小鈴。妾を探しに来たのか? ……それに、ジムもか?」


 呼ばれて振り返れば、そこには慣れ親しんだ顔とついこの間知り合った顔の二人が仲良く歩いてくる姿があった。昔は人を遠ざけることの多かった小鈴がこうして他人と仲良くなっているのを見ると大竹丸も何だか感慨深い。彼女の顔に自然と笑みが浮かぶ。


「だって、もうそろそろ打ち合わせミーティングが始まるっていうのにいないんだもん! 探すよー!」


「俺は居辛くなったから抜けてきたってところだ。珍獣でも見る感じで見られるからな。俺が大師匠のパーティーに臨時で加わるのがそんなに珍しいかね?」


「探索者に詳しい人ならジムさんのこと知っていて当たり前だもん! そんな人が居たら絶対見るよ!」


 小鈴に言わせれば、日本のプロバスケットボールリーグに全盛期のマイケル・ジョーダンが移籍してきたぐらいに不思議な光景らしい。それだけ、違和感が拭えないのだろう。だが、当の本人は他人の感想など知ったことじゃないとばかりに肩を竦めるばかりだ。


 そもそも、今回の日本政府からの指令では、桜島ダンジョンを攻略できるだけの戦力……つまり、公認探索者たちは各自でパーティーを組んでやってきて欲しいという依頼であった。それだけ政府も今回の件を重く見ているのだろう。特に新宿ダンジョンの魔物大暴走モンスタースタンピードでは大竹丸という規格外の存在のおかげでなんとか鎮圧することが出来たが、下手をすれば戦力の逐次投入により公認探索者が各個撃破されていく事態も想定されたのだ。


 それを反省した政府は初動が遅くなるのを覚悟で、日本屈指の探索者たちに万全の準備を整えさせる為に三日の猶予を与えた。そうして集まった戦力は桜島ダンジョン攻略に挑むのに相応しい面々が揃っていることだろう。


 というか、逆に集まり過ぎていて息苦しさを覚え、こうして大竹丸は抜けてきたわけなのだが……。


「まぁ、打ち合わせがそろそろ始まるというのであれば戻ろうかのう」


 大竹丸はそう言うなり神通力を使って、左右が泣き笑いとなった仮面を作り出して自分の顔に付ける。それをジムは不思議そうに見つめ、「Why?」と尋ねてきた。わざわざ素顔を隠す意味が分からなかったからだ。


「お主はカラミティを見過ぎていて慣れておるかもしれぬがな。妾は美し過ぎるからのう。人心を惑わせるのよ。その為の仮面じゃ」


「なるほどなぁ。大師匠を見習って俺も黒眼鏡を掛けるかな……」


「というか、ルーシーちゃんが凄く口説かれてるのタケちゃん見てたもんねー。ガラが悪い人が多いっていうかー。タケちゃんのそれも面倒事回避の為だよね? ね?」


「それは――……内緒じゃ!」


 多くの人が集まれば、そこに面倒な性格の持ち主が紛れる確率だって上がる。それを回避する為の策だということは、どうやら小鈴にはバレバレだったようである。

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