第110話 決戦桜島ダンジョン!②

 ――面会の申し込みがあると最初に聞いた時、大竹丸は「またか」と思ったという。


 そう、大竹丸は今や日本国内で一番の探索者として政府に認められている。


 そんな大竹丸の腕を買って、依頼をしたいという者は個人、法人を問わずにわんさといるのであった。そんな輩が、大竹丸の都合も考えずに押し掛けてきては「頼むから会わせてくれ」というのは既に恒例行事になりつつあった。


 そんな相手に最初の内は丁寧に対応してお引き取り願っていた大竹丸だが、彼女も何やら思うところがあったらしく、あまりにしつこい相手だと強硬な姿勢で会うことすら拒否するようになったようだ。……どうやら非礼には非礼を、ということらしい。


 そんな大竹丸だからこそ、面会の申し込みと聞いてうんざりとした気分になったのだろう。


 だが、次の言葉が大竹丸の眼光を鋭くさせる。


「プロジェクト・カラミティの関係者のようじゃ」


 風雲タケちゃんランドの従業員として働いている大竹丸の分身の言葉だ。


 そして、その言葉の意味を大竹丸は正しく理解していた。


「なんじゃ、アヤツからか」


「左様」


「ならば、会おうかのう。ソヤツは先にホテルの応接室へと案内しておくと良いぞ」


「承知した。お主も急いで来るが良い」


 かくして、突然の訪問者に対する応対が決まった。


 さて――。


 普段はあまり訪問者と積極的に会おうとしない大竹丸がどういう心境の変化で応対することに決めたかというと、答えはプロジェクト・カラミティという単語にあった。


 大竹丸が分け身の術を覚えて間もなく、歴史上一番人が死んだと言われる戦争が巻き起こった。


 第一次世界大戦である。


 その際に、大竹丸は戦の有り様が時代と共に変わっていくことを確信したのだ。元々、戦の作法が槍や弓によるものから、鉄砲や大筒へと変わっていたこともあり、それらが戦闘機や戦車の時代へと取って代わられるだろうことは容易に想像できていた。それに確信が伴ったというだけである。


 その結果、次に起こるであろうことも大竹丸は予想していた。


 それは即ち、各地に伝わる伝統的な武の衰退だ。


 大竹丸はそれを惜しく思い、自身の分け身を作って様々な地へと飛ばし、各地の武芸の補完と、進化していく戦闘技術に対する情報収集を行ったのである。ちなみに小島沙耶が全国各地を放浪して、最終的に長尾家に世話になっていたのも、その計画の一環であった。


 そして、プロジェクト・カラミティとはそんな大竹丸の分身の内、アメリカに渡った分身のことを指す。


 当初、アメリカの銃社会の中で銃に対抗する武術の開発とアメリカの軍隊式格闘術を研究する為に送った分身であったが、彼女もまた大竹丸本体と長らく離れていたせいか本体とは違った自我が芽生え、アメリカ国内で自由に暮らしていたようなのだ。


 その旨を知らせるエアメールを受け取った当時には頭を抱えたものだが、冷静に考えてみるとアメリカの様子をつぶさに観察できるだろうとし、アメリカに渡った分身のことを災厄を呼ぶ女カラミティと名付け、大竹丸はプロジェクト・カラミティを発足させたのであった。


 そして、そんな分身カラミティは二、三年に一度ぐらいの頻度で大竹丸に連絡を取ってきていたのだが、今回は関係者を通じての直接の訪問ということで、「では、会おう」となったわけである。


 大竹丸がいつも通りの安物のジャージではなく、ちょっと高級感溢れるメーカーもののジャージを着て応接室の扉を開く。


 応接室は風雲タケちゃんランドに併設された高級ホテルの一階の一角に用意されており、そこには来賓に失礼がないようにそれなりに高級な調度品で固められていた。何せ、内閣総理大臣が訪れてくる可能性もあるのだ。それなりに整っていなくては駄目だろうと、大竹丸も張り切って揃えた調度品の数々である。シックだが品の良い空間は来訪者に大いに安らぎを与えることだろう。


 そんな空間の中にまるで場違いのように手足の長い黒人が存在していた。彼は大竹丸の入室に気付くと掛けていた黒眼鏡サングラスを外し、革張りのソファから静かに立ち上がる。


 ……その動きだけで大竹丸は内心で感心していた。


 体幹がかなりしっかりしている。高い背と長い手足のせいで木偶の坊のような印象を持ったが、かなり鍛えているのだろう。ソファから立ち上がる動作ひとつ見ても、体の軸が全く揺れていないのが分かる。


 そんな中、黒人の男は人好きのする笑顔を浮かべて大竹丸に向かって片手を差し出した。


「初めまして。ミス・オオタケマル。ジム・ハックマンと言います」


 流暢な日本語に笑顔を見せて、大竹丸も片手を伸ばしてジムと固い握手を交わす。


「ふむ。妾のことはタケちゃんで良いぞ。――おっと?」


 軽快フランクにそう返した大竹丸の右手が突如としてジムに引かれ、大竹丸が体勢を崩したと同時にジムが左拳を大竹丸に向けて振りかぶる。ジムの鋭い左フックが刹那で大竹丸の顔面を捉えるかと思った瞬間、ジムの視界は一瞬で回転して、衝撃がジムの背中を揺らしていた。思わず肺の中の空気が全て吐き出される。


「グハッ!?」


「……ふむ? アメリカ式の挨拶というのは物騒じゃのう?」


「は、ハハハ……、凄ぇAmazing……!」


 正直、ジムには何が起きたのか良く分からなかったことだろう。大竹丸の動きを封じて殴り付けようとしたところ、次の瞬間には床に叩き付けられていたのだから当然だ。


 だが、実際は大竹丸が握られた手を利用して即座に小手返しの要領で投げていただけである。ただ、その技の切れがあまりに冴え過ぎて、ジムには見切れなかったようであったが……。まるで拍手でもするかのように、頻りに「凄い!」を連発する。


「さて、この無礼者はどう手打ちにしたものかのう?」


「ソーリー。ミス・カラミティに最初にこうするようにと言われていたもので……」


「何……?」


 大竹丸が渋面を作る中で、ジムは少しも堪えてないとばかりに元気良く立ち上がる。大竹丸が加減をしたのもあるが、ジムもジムで頑丈なようだ。その辺は流石、世界探索者ランキング三位の男といったところか。


「ミス・オオタケの実力が信じられないのなら、殴りかかってみれば良く分かると説明されたのですよ」


「そう言われて実際に実行に移す馬鹿がおるか。戯けめ」


「ここまで来て空振りだと困るんでね。試すような真似をして申し訳ないとは思ったが、確認させて貰いました」


「ふむ……。その感じじゃと何やら事情がありそうじゃのう。とりあえず、ソファに座って話でも聞こうか」


 痛打した背中を撫でながら、ジムは大竹丸に勧められるままにソファに座り込むのであった。


 ★


 ジムの話は、まず彼の自己紹介から始まった。


「改めて名乗らせてもらいます。俺の名前はジム・ハックマン。世界探索者ランキング三位でアメリカでは一番の探索者です。そして、俺の師匠がミス・カラミティとなります」


「世界探索者ランキング? なんじゃそれは? ……それに師匠というのも意味分からんのう?」


 大竹丸が手ずから急須で茶を汲み、ジムの前に差し出す。そして、自分の湯飲みも持ってきていそいそと茶を汲んでから話を聞く体勢となっていた。そんな中でジムは肩を竦める。


「世界ランキングを知らないんですか? 大師匠グランドマスター?」


「なんじゃ、その、ぐらんますたーというのは……」


師匠ミス・カラミティの師匠だから大師匠でしょう? だから、Grand master」


 大竹丸としては理解し難かったが、蔑称でないのなら好きに呼ぶが良いと留めおいた。そんなことよりもさっさと本題に入りたいという気持ちが強かったのだろう。良いから続きをと視線だけで促す。その意味にはジムも気付いたようだ。頷きを返す。


「世界探索者ランキングというのは、有志が作り出した非公式の全世界探索者の格付け表のことですよ。その中で俺は三位という位置にいるということです。……というか、冒険者カードに書いてあるランクの数字を元にしているといった方が早いかな?」


「冒険者カードに書いてあるランクって、これアレじゃろ? 恐らく累計DP取得量による順位じゃろ? こんなもんでランク付けしたところで何の意味もないと思うのじゃが?」


 大竹丸が言うように狩ったモンスターの数で変動するような累計DP数値であれば、それは個人の実力を測る物差しとしては不適切だ。強いモンスターの一体分のDPと弱いモンスターの百体分の合計DPが等しいとしても、弱いモンスターを狩っていた者が強いモンスターを狩れるとは限らないからである。


 それはジムも分かっているのか軽く肩を竦めてみせていた。


「死なずにそれだけのモンスターを狩ったっていう証明にはなるでしょう? それは同時にソイツがそれなりに優秀だという証明になります」


「大した基準ではないのう」


「あくまでも目安というだけですよ。……ちなみに大師匠は何位なんです?」


 あまりにランキングの順位を軽視する発言が続いたからなのか、少々ムッとしながらジムがそんなことを尋ねると、大竹丸は自分の冒険者カードを取り出して「ふむ」と確認する。


「最初から変わらんのう。相変わらず一位じゃ。詰まらん」


 一瞬、言葉を失うジム。そして、彼は信じられないとばかりに片手で顔を覆っていた。


「嘘だろ……? 謎のナンバーワンが大師匠なのかよ……? じゃあ、ナンバーナインは一体誰なんだよ……?」


 どういうことかと大竹丸が尋ねると、有志による世界ランキングでは現在大竹丸は九位に格付けされているらしい。少なくとも、これでこのランキングが信用の置けないものであると証明されてしまった瞬間である。


 そして、そんな信用のおけないランキング順位を自慢げに語ってしまった自分が恥ずかしいのかジムの耳が真っ赤だ。


「それで? そんなめちゃ強なジムがわざわざ妾の元に来た理由を教えてもらおうかのう?」


「すみません、調子に乗ってましたから……。謝りますから……。だから、めちゃ強とかやめて下さい……」


 心底嫌そうにジムは告げるが、それはこの後の話次第だなとばかりに大竹丸は視線で続きを促す。


「そういうところは師匠そっくりなんですよね……。あー、分かりましたよ。全部説明しますからそう睨まないで下さい」


 やがて根負けした風を装ってジムは自分が此処まで来た経緯を語る。


師匠ミス・カラミティのことは大師匠も知っていますよね?」


「当然じゃ。妾の分身の一人じゃからな。とはいえ、今何処にいて何をやっとるのかまでは良く知らぬがな」


「師匠は今、ニューヨークのスラム街に居を構えていて、帰る所のないストリートチルドレンを捕まえてきては更生と称して、飯を与えたり、武術を教えたり、勉強を見てやったりしていますよ。周囲からはスラムの養護施設だなんだって揶揄されてますけど……。まぁ、師匠曰く、健全な精神には健全な肉体が宿る? ……ん、逆だったかな? まぁ、なんかそんなことをして、スラムの環境を少しでも改善しようとしているみたいです」


「何をやっとるんじゃ、アヤツは……」


「かくいう、俺もそんな更生組でしてね。なんていうのかな? 勉強も武術も上達している実感があると、今まで抱えていた行先の見えない閉塞的な何かが取っ払われていく感じがして……当時は随分と救われたんですよ」


 ジムはそんなカラミティ養護施設の中でも一番の成長株で、今では立派なプロの総合格闘家らしい。メインイベントを張ることも何度もあり、ひとつの試合だけで家が建つほどのファイトマネーを稼げるほどの人気格闘家なのだそうだ。まさにアメリカンドリームを体現したかのような人生なのだが、その人生に唐突に転機が訪れたそうだ。


 そう、ダンジョンの出現である。


「俺は自分で言うのもなんですが、成功を掴んだ方の人間だと思います。けど、ガキの頃のどうしようもない自分も知っているし、師匠のおかげで救われたんだってことも理解しているつもりです。だから、俺も師匠じゃないけど人の為になることをやってみたいと思って探索者になったんですよ。俺が探索者になることで、少しでも人々の不安が薄まれば良いなって思って」


「ふむ。今ある地位を捨ててまで、他人の為に尽くそうというのはなかなか出来ることではないのう。立派じゃ」


 実際、成功した者は意欲的に次を攻めるよりも、自分の地位を固持する方向に転ぶことも多い。ジムのそうした心の動きはまさに立派だと言えるだろう。そして、ジムは探索者となって幾つかのダンジョンに潜り、それなりの成果をあげてきたようだ。それは彼の冒険者カードのランクの高さが物語っている。


 だが、彼は才能があるだけに分かってしまった――。


 ――このままでは彼に先が無いということを。


「装備も買い揃えたし、スキルも手に入れました。……だけど、それだけじゃ高難易度のダンジョンを攻略することは出来ないということも分かってしまったんです。嫌になるほど強いモンスターに、厄介な罠のオンパレード……。物資の運搬も難しい問題ですし……、結局、人間が攻略できるのはせいぜいC級ダンジョンぐらいなのかなと限界を思い知らされた気分でした。その事を探索者仲間にも相談したんですけど、結局は数を集めて集団Partyで行けば被害は出るだろうが、いつかは攻略できるだろうといった、そんな楽観的な意見ばかり……。だから、俺は久し振りに師匠に相談したんです。どうしたら今よりも、もっと強くなれるのかを尋ねてみたら……そうしたら、大師匠に師事するように言われたんです」


「ふむ。探索者の鍛錬なら風雲タケちゃんランドでやってはおるがのう。お主の話を聞く限りではそれ以上の訓練を望むといったところか……」


 ちらりと大竹丸がジムの瞳の奥底を覗き込む。その目は真剣であり、生半可な覚悟での発言ではないようであった。それだけ、自国のダンジョンをなんとかしたいと思っているのか――。


(いや、違うのう)


 ――恐らく、彼は悔しいのだ。


 順調に歩んできた成長の道。その先に聳え立つ壁があまりに高くて乗り越えられなくて、そのことが悔しくて悔しくて仕方がないから、どうしても力を手にしようとして足掻いているのだろう。それは私欲のためと言ってしまえばそうだろうが、巡り巡って世界平和に貢献することは間違いない。


 そして、大竹丸はそうした利己的な人間が好きだった。


 国のため、世界のため、平和のため――大層な大義を掲げるのは結構だ。


 だが、大竹丸の中ではそれらは非常に胡散臭いという分類カテゴリーに仕分けられている。耳に心地好い言葉ほど裏側にどろりと渦巻くものが見えてしまう気がするのだ。だからこそ、逆に自分のために行動するといった明け透けな欲望の方が見ていて好感が持てるのであった。


 ただ、それで他人に迷惑を掛けるのであれば言語道断である。


 だが、今回の場合は世界平和に繋がるものなので問題ないだろう。


 大竹丸はジムの申し出を快く受けようとして――、


「タケちゃん! 大変だよ!」


 ――慌てた様子で応接室に飛び込んできた小鈴の一言で事態は急転するのであった。

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