第114話 決戦桜島ダンジョン!⑥
「北九州の雷神風神、凄かった~!」
装甲車による行軍が再開してから、車内はその話題で持ち切りである。
特に小鈴を中心に熱を持った会話が飛び交う。
その騒がしさに浅い眠りから引き摺り起こされた大竹丸は、半目を開けて興味深そうに口を挟んでいた。
「なんじゃ、そんなに凄かったのか?」
「うん。何か、漫画や映画みたいだった!」
「気流を操って空を飛ぶし、雷を放って相手を倒しちゃうし、とにかく凄かったよ! タケさんも見れば良かったのに!」
意外とミーハーな所があるルーシーも興奮冷めやらぬ様子で解説する。
だが、その言葉に大竹丸は興味を失くしたように欠伸を噛み締める。
「なんじゃ、それぐらいなら小鈴やあざみでも出来るじゃろうに……」
「私じゃあ、あんなに長い時間飛べないよ!」
「私もあんなに大規模な雷は落とせない」
小鈴とあざみが揃って否定する中、ルーシーだけが半眼で二人を眺める。
「いや、二人共、あぁいうこと出来るの? あれ? 私だけ驚いている方向性が違う?」
「大丈夫。僕もそういうのはできないから」
「うぅっ、クロさんだけがパーティーの良心だよ!」
ルーシーが大袈裟に涙を拭うフリをする中、今まで言葉少なだったジムが戸惑った様子で会話に割り込んできた。彼としては、少し確かめたいことがあったからだ。
「すまない。少し聞きたいのだが、あぁいうのが日本じゃスタンダードじゃないのか?」
「風を纏って空を飛ぶとか、雷を落とすとか? そんなのやれる人は少ないよ~」
何を仰いますウサギさんとばかりに、小鈴がや~ね~と苦笑を浮かべる中で、ジムは表情の分かり難い顔のままに言葉を続ける。
「そうなのか。だが、あぁいったのが世界の探索者のスタンダードだぞ。世界ランキングでも上の順位にいる連中は何かしらとんでもないスキルを持っているという話だからな」
「え~? じゃあ、ジムさんもあんな凄いことができるんですか~?」
半信半疑といった調子で尋ねる小鈴に、ジムは掌を上に向けて静かに意識を集中させる。すると、その掌の上に若干光量を抑えた明るい光の球が浮かび上がっていた。その様子に小鈴は驚きに目を丸くする。
「俺の場合は、【
「悪いが、こやつらは天然ものじゃ。DP産のアイテムやら何やらでガチガチに強くはしておらんぞ。そうじゃなぁ、武器や防具の一部ぐらいがDP産といったところじゃろうかのう」
期待を裏切るようで悪いがとばかりに大竹丸が説明を付け足す。
その言葉を聞いて微妙な表情を浮かべたのはジムだ。
「それは、大丈夫なんですか、大師匠? モンスターもゴブリンやコボルトみたいな弱いのばかりじゃない。少なくとも自衛できるだけの強い力は持つべきだ」
「ふむ」
思えば、小鈴たちには自力を付けさせる為に無茶な訓練を行ってきた。その結果、彼女たちは人間として許容できる限界ギリギリのレベルまで強くなったと思える。
だが、今回の作戦では人間では決して抗することができない相手が出てくるかもしれない。
その辺は、全て自分一人でカバーするつもりであった大竹丸であったが、それでも間に合わない事態になる可能性がないとは言い切れない。
(安易に強力な力を得るというのは、人の人格を歪めることに繋がるからのう。妾としてはあまりやりたくはないんじゃが……)
だが、努力を重ねてきた人間が、苦労もせずにスキルスクロールを読んだだけの人間に劣っていると判断されるのも癪だ。
特に、大竹丸は間近で彼女たちの頑張りを見てきただけに、結果が出ないことで腐ってしまうことを懸念した。
ならば、と大竹丸は空間を自宅に繋げて、今までに用意していた物をむんずと掴んで取り出す。
「できるなら、あまりやりたくはないんじゃが……。いざとなったら、これを使うが良い。お主らの為に特別に選別した品じゃ。妾のダンジョン利益の半分ぐらいをぶち込んで厳選したからのう。大事に使うが良い」
そう言って、大竹丸が神通力で操って、四本の巻物を小鈴、ルーシー、あざみ、黒岩へと渡す。その様子を見た、ジムが驚いたように目を見開いていた。
「スキルスクロールのバーゲンセール……?
「うわっ。スッゴ……。これだけで一体どれくらにDPになるんです?」
様子を見守っていた甲斐二尉も思わず引いてしまうほどの大盤振る舞いである。
それだけ、湯水の如くにDPを消費しているという証拠なのだが、大竹丸が誇る風雲タケちゃんランドから、莫大な量のDPを収入として接収しているため、そこまで大竹丸の懐は寂しい状態となってはいない。その辺は、ダンジョンビジネスを最初に確立させた大竹丸の判断勝ちだろう。
「ただのスキルスクロールではないぞ。妾がスキルスクロールガチャで回しまくって出た結果、各人の適正を考えて最高のスキルを選別した。それを使えば、お主等の戦闘も大分楽になるじゃろう」
「え? このスキルスクロールくれるの? やったぁ! ありがと、タケちゃん! でも、何で今くれるの?」
小鈴の疑問にもっともだとばかりに視線が集まる中、大竹丸は「うむ」とひとつ頷く。
「お主達が増長しないためにじゃな」
「ゾーチョー?」
「調子に乗って、私ツエーとかしないために渡さなかったのじゃ!」
「あぁ、小鈴ならやりそうだなぁ」
「小鈴ならやる」
「あぁ、田村さんならやりそう……」
「わ、私、そんなことしないもん!」
全員に生温い視線を向けられて、小鈴が涙目で抗議する。
そんな中、大竹丸だけは公認探索者第四席の島津弘久を思い出していた。
あれも強大なスキルを身に付けたせいで性格が歪んでしまった類だろうと大竹丸は考えていたからだ。
できることなら、小鈴にはこのまま素直で純粋な小鈴でいて欲しいものだと願うばかりである。
「ちなみに、スキルの名前は聞いても?」
興味津々で話に入ってきたのは甲斐である。
この辺は国民の安全を守る身ともあって、そういった情報に敏感にならないといけないのかもしれない。もしくは、本人がただ単にスキルの情報を集めるのが好きなだけなのかもしれないが……。
「ちなみに、私のスキルは【疾風迅雷】と言いますよー。素早く動くことができるスキルですね。まぁ、早過ぎて扱いに少しコツが要りますが」
「……ズルいのう。先にそうやって情報を出されては、こちらも出さねば気マズくなるではないか。それが、自衛隊のやり方かのう?」
「いえいえ、私個人の交渉術という奴ですよ」
ニコニコと笑みを浮かべる甲斐に向けて、大竹丸は「はぁ」と嘆息を吐き出すと、四人にスキルの使い方の説明を兼ねてスキルスクロールの中身を説明するのであった。
★
「……これ、マズイんじゃないの?」
元S級ダンジョン、風雲タケちゃんランドの制御室でダンジョンマスターとしてのメニューを表示させていたノワールは、データをスクロールさせていた指を止めて難しい顔をしてみせていた。
その様子に、たまたま部屋の掃除に来ていたエプロン姿のベリアルがパタパタと叩いていたハタキの動きを止める。
「どうかしたのか、元マスターよ?」
ノワールの手元を覗き込めば、そこには淡い青色の光で書かれた情報の羅列があった。どうやら、それがノワールの動きを止めさせた原因らしい。
「いやぁ、タケ姐さんから桜島ダンジョンを攻略するって情報を貰っていたから、駄目元でダンジョン名検索をダンジョンデータベースに掛けてみたんだよ。そしたら、ダンジョン名がヒットしてさ」
人類が名付けたダンジョン名とダンジョンマスターが名付けたダンジョン名が一致するということはほとんどない。
だから、ノワールもダンジョンマスターにしかアクセスできないダンジョンデータベースに、駄目元で検索を掛けたのだが、そのダンジョン名がヒットしてしまった。
これは、ダンジョンマスターがダンジョンの命名に関して意識が薄い場合に起こり得る現象だ。
「デフォルトが地名を冠したダンジョン名だからね。意外と名前つけるのを面倒臭がるダンジョンマスターとかだったりすると、検索に引っ掛かるかなーとやってみたら大当たり。だけど、これは……」
そうして、見つかったダンジョンの情報をダンジョンマスターであれば、ある程度確認することができる。
これらは、ダンジョン同士の戦い――ダンジョンデュエルをする際の判断材料ともなる部分なので完全秘匿はされていないのだ。
だからといって、全ての情報が一切合切載っているわけではない。あくまで相手の戦力が予想できるレベルでの情報だけである。
だが、そうした情報をノワールが解析することで、新たな情報が浮かび上がってくる。
「このダンジョン、ちょっと普通じゃないんだよね……。ダンジョンランクとしてはC級として開始しているんだけど、初のダンジョンデュエルでB級のダンジョンを破っている……。おかしいのはそれだけじゃない。その後に疲弊したと思われたのか、次々にC級のダンジョンに挑まれているけど、いずれもダンジョンデュエルに勝利している……。タケ姐さんは、最近になってダンジョンの入り口が発見されたと言っていたけど、このダンジョンは全てのDPをダンジョンデュエルで稼いでいるんじゃないかな……。信じられないけど……」
「だとしたら、凄まじい強さだな。一年の保護期間があったとはいえ、いきなり一戦目で格上を倒しに掛かる時点で普通の芸当ではあるまい」
「そうだね、ベリアル。しかも、この一年で着実にダンジョンのランキングを上げている。最初はC級だったのに今はA級の下位だ。そして、馬鹿みたいに多くのダンジョンと同盟関係を結んでいるね」
「同盟関係? それがあるとどうなるのだ?」
「ある程度の制限はあるけど、ダンジョン間でDPの貸し借りが出来たり、モンスターの出張なんかもできたりするんだ。もし、この桜島ダンジョンが力で他のダンジョンを従えて同盟を作っていたとすれば、他のダンジョンからDPやモンスターを献上させていたりして……」
嫌な想像をしてしまったとばかりに、ノワールはその女顔を歪ませて苦々しげに吐き捨てる。
「そうなると桜島ダンジョンは実質、複数ダンジョンの集合体のような大型ダンジョンとなるぞ……」
「それは少々マズイのではないか? 新マスターも体力は無限大ではあるまい。しかも、そもそも桜島ダンジョンの快進撃の発端となった要因というのが怪しい」
「うん。それはボクも思っていた」
C級ダンジョンとB級ダンジョンの区別の差は初期に与えられたDPの差だ。
そのDPを使って、堅実なダンジョンマスターであれば、出来得る限りの罠やモンスターを配置し、ダンジョンを無難に運営していくことだろう。
だが、最初から大量のDPを貰えなかったダンジョンマスターが一発逆転を考えるなら、格上と同じ堅実な道を選んでいては勝てないのだ。
だから、一発逆転の博打に全てを注ぎ込もう――そんな考えが出てきてもおかしくはない。
「恐らくは、桜島ダンジョンのダンジョンマスターは、開始記念モンスターガチャでSSS級モンスター――つまり、ベリアルクラスを引き当てたんだろうね。それを主力に快進撃を始めた。だから、桜島ダンジョンにはSSS級のモンスターが存在していると思う」
「それに加えて、桜島ダンジョンには同盟ダンジョンからの手厚い援護もあるとなれば、新マスターが今まで相手してきたダンジョンの中でも相当手強いんじゃないか?」
「どうだろう。ボクはSSS級モンスターの中でも強さに差があると思っていってね。ベリアルは当然SSS級の中では上位だと思うけど、アスカさんは中位で、ミケさんは下位だと思っているんだ。だから、そのSSS級がベリアル級じゃなければそこまで苦戦はしないと思うんだけど……」
「我と同等か、それ以上なら……」
「大変なことになるかもしれない」
真剣な表情で呟くノワールだが、ベリアルはそんな不安を一掃するようにフッと鼻で笑う。その意味が分からなくて、きょとんとするノワールを前にベリアルは掃除を再開する。
「そんなことになるのであれば、我も呼ばれるかもしれぬな。そうなれば、実質SSS級が二人だ。相手に抗する術などありはしまい」
「そう……だね。ベリアルだけじゃなくて、嬢ちゃんや葛葉ちゃん、アスカさんやミケさんもいるんだし、タケ姐さんが負けるなんてありえないよね……」
そうは言ったものの、何故だか妙な胸騒ぎがしてノワールの笑みはどこか硬くなるのであった。
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