第115話 決戦桜島ダンジョン!⑦

 国道二百二十号線を装甲車の列は順調に南下していく。

 それは襲い掛かってくるモンスターの頻度が低下したというのも原因のひとつかもしれなかった。


「……暇じゃな」


 バスの揺れるリズムに眠気を我慢しながら、大竹丸はそんなことを呟く。

 別に緊急事態トラブルを望んでいるわけではないが、バスの外ももこの調子では気が滅入ってしまうと言わんばかりだ。


 そもそも、バスの中が通夜のように静かなのは大竹丸が原因だ。

 だから、仕方ない事といえば仕方ない事なのかもしれない。


「そんなにスキルの確認に必死にならなくとも良いじゃろうに」


「そんなこと言えるのはタケちゃんだけだよ!」


「そうですよ! タケさんは天才タイプだから、分からないかもしれませんけど、私たちは実際に使ってみないと分からないんですから!」


「右に同じ」


「うーん。僕のスキルは受動パッシブ系だから特に思い悩むこともないんだけど、皆は大変だね」


 黒岩がそんな迂闊な一言を漏らすと女子高生三人組から鋭い視線が飛んでくる。そんな視線を受けたことで、自分の失策に気付いたのだろう。顔色を変えて、座席の背もたれに深く座り込むことで黒岩は姿を消していた。


 そんな黒岩の様子を面白そうに眺めながら、ジムは気楽な様子で黒岩に尋ねる。


「クロイワは何のスキルを得たんだ?」


「クロでいいよ。僕のは【超回復EX】って奴だね。即死しない限り、ほぼ死なないみたい」


「それは強いな」


「そうかな? 僕としては防御には自信があるから、何か決め手となる強い攻撃スキルが欲しかったんだけど……」


「阿呆か、お主。お主がパーティーの防御の要になるんじゃろう? じゃったら、防御能力が極限まで高まるスキルを渡すのが当然じゃろうが」


 大竹丸が欠伸を噛み締めながらそう言うと、黒岩が姿勢を正してひょっこりと顔を覗かせる。


「それって、僕にみんなの盾になれって言ってます?」


「嫌かのう」


「いえ、問題ないですよ」


 涼し気に言う黒岩の顔はどこか自信に満ちているように見えて、ジムは「おや」と思う。先程まで少し話をしてみたが、黒岩にはどこか頼りない印象を抱いていたのだ。

 だが、冒険者としての役割の話になった途端に顔つきが変わったとジムは思った。

 言うならば、男の顔になったというか、自信に満ちているというか。

 とにかく黒岩の印象が変わったのは事実だ。


「戦いに自信があるんだな」


 ジムがそう尋ねると、黒岩ははにかんだ表情を見せるだけで頷くことはしなかった。


「そんなことはないですよ。ただ、守りには少し自信があるってだけです」


「それだけ言えるなら十分だよ」


 ジムが笑って言う中で、小鈴は不満げな表情を見せる。


「クロさんのスキルは分かり易くていいなぁ~」


「小鈴ちゃんのスキルは分かり難いんだっけ?」


「うん、【トリックスター】ってスキルなんだけど……」


「……第一席、ちょっと良いですか?」


 小鈴の愚痴を黒岩が聞き始めたところで、甲斐が大竹丸に近付いてきて何やら声を潜める。


「運転手から連絡があって、何かが装甲車と並走しているようなんですけど……」


「なんじゃ。ようやく静かになったと思うたら、違うモンスターの生息圏にでも入ったのか」


「どうなんでしょう? ただちょっと先程まで装甲車に突っ込んできては轢き殺されていたコボルトたちとは動きが違うようですので、万が一を考えてお伝えしました。先程の海大蛇シーサーペントの件もありますし、警戒は必要でしょう」


「まぁ、そんなに心配せずとも大丈夫じゃろ。此処に集ったのは妾を始め、日ノ本の国を代表する強者ツワモノばかりじゃ。これだけの戦力が整っておって、その辺のモンスターになんぞ遅れを取ったりはせぬよ」


「それはそうかもですが、付かず離れずでいつまでも並走されているというのは気持ちの良いものではないので。もしかしたら、相手は我々が止まるのを待っているのかもしれないですね」


「襲い掛かってくれるなら結構ではないか。妾も暇を持て余していたところじゃし、少しウォーミングアップをしておかぬとな」


「そういうのは、露払い担当の公認探索者オフィシャルがやる予定でしたよね? 会議の内容はちゃんと頭に入っていますか」


「大丈夫じゃ。ちゃんと理解しておるぞ。……守る気はないがな!」


「駄目ですよ、それ……」


 甲斐が頭が痛いとばかりに目元を掌で覆うのを見ながら、大竹丸は呵々と笑うのであった。


 ★


 一列に連なって走る装甲車に対して並走している魔物がいる情報は他の装甲車に乗る者たちにも届けられていた。多くの者は手を出してこないのであれば、放っておけば良いという立場に徹していたが、それを良しとしない者もいる。


「ダンジョンのせいで、泣く泣くこの地を逃げ出した者も多いはず。それが意気軒昂にモンスターが我が物顔で闊歩するのは許容できない」


「越後の地のことでなくとも、相変わらず情に厚いですね、姫は」


「故に退治する。師匠、手を貸してくれ」


「はいはい」


 そう言って装甲車内で立ち上がったのは、長尾絶だ。

 そんな絶に付き合う形で小島沙耶も長い前髪で目元を隠しながらやれやれといった調子で立ち上がる。


 だが、そんな二人に驚いたのは付き添いという形で同乗していた自衛官である。二人の行動を止めるべく声を上げていた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんなこと言われましても、作戦行動中ですから! この車は止められませんよ!」


 だが、そんな静止の言葉は分かっていたのか、絶は「大丈夫」と小さく頷くと、持っていた木刀で装甲車の天井を突いていた。

 装甲車の天井は鉄で出来ていたのが嘘のように容易に穴が開き、絶は構わずにそのまま木刀をぐりぐりと動かして、天井を切っていく。


 自衛官があまりの力技にぽかんと呆ける中で、絶はニヤリと得意げな笑みを見せると――、


「これで構わない?」


 ――と言って口だけで笑う。


 そんな最中に、取り外した天井を丁寧に座席に置いた沙耶は自分の持ってきたらしい背嚢リュックサックの中を漁って、銀色に光る小さな球体を絶に渡していた。


 それを見た自衛官が呆けた表情のままに呟く。


「パチンコ玉……?」


「私の飛び道具」


「まぁ、姫の力で弾けば、ただの石ころでも銃弾並の破壊力が出ますから。あぁ、パチンコ玉のようにきちんとした球状になっていると狙いが付けやすいみたいなので、石ころじゃなくてパチンコ玉にしたんですよ」


「は、はぁ……」


 自衛官が生返事を返す中で、絶は受け取ったパチンコ玉を左手に握り締めながら、座席を足場に天井に開けた穴から素早く外に出る。白の胴着と黒の袴が強い風にはためく中を、絶は目を凝らして並走するというモンスターの姿を探していた。


「あれかな」


 海沿いを走る国道二百二十号線に沿ってたつ建物は密集しているというほど数がなく、遮蔽物としての役割をほとんど果たしていなかった。そんな建物の合間から銀色の狼に乗った緑色をした小人の姿がちらりと垣間見える。


「えーっと、ゴブリンライダーですね。アレ」


 同じく、軽やかに装甲車の天井に上がってきた沙耶が風に捲れそうになるモンスター大辞典を片手にそう呟く。


 そして、沙耶がそう説明をした直後に、狼に乗っていた緑色の小人……ゴブリンライダーが弓を構えて矢を放つ。放たれた矢は装甲車を逸れて明後日の方向へと向かっていったが、敵対的であるのは十分に理解できたことだろう。


「流鏑馬のつもり? 拙い……」


「どうします? あの程度の腕でしたら放っておいても大したことはないと思いますけど」


「私に二言はない。倒す」


 絶はそう言うなり、持っていたパチンコ玉を指先だけの力で恐ろしい勢いで弾き飛ばしていた。

 一射、二射、三射……直線的に飛んだ銀影が狙い過たずに狼の上のゴブリンたちの頭を吹き飛ばし、あっという間に数を減らしていく。


「相変わらず、見事な指弾の腕前で」


「剣の稽古の合間に遊びとして供されたのがこれだった。長尾流の技のひとつだと知らされたのは、随分と後だった……」


 ちょっとだけ遠い目になる絶。


 そんな感傷に浸る絶たちの乗る装甲車――その後ろを走っていた装甲車の天井がいきなり激しく吹き飛ぶ。

 まるで間欠泉でも噴き出したのかと思うぐらいの勢いで弾け飛んだ装甲車の天井であったが、中から飛び出してきたのは別にお湯というわけではないようであった。


「なんだ。もうほとんど終わってるようなもんじゃねぇか」


 そう言って、重々しい音を立てて装甲車の天井に降り立ったのは、島津弘久であった。

 彼は乗り手を失くした狼たちや、残ったゴブリンライダーたちが散り散りになって逃げだそうとしているのを見ると、ニヤリと狂暴そうな笑みを浮かべて嗤う。


「カスしか残ってねぇが仕方ねぇ。少し楽しませてくれよ?」


 そう言うなり、弘久は片手を前に突き出してそのままゆっくりと握り込んでいく。

 次の瞬間には逃げていたモンスターたちの身体がその場に縫い止められ、周囲の光景すらもぎちぎちとねじ曲がっていく。その光景を見た弘久は残虐そうな笑みを浮かべて呟く。


「弾けろや、【空間爆砕】」


 次の瞬間、逃げ出したモンスターを中心とした半径五百メートルの空間が一瞬でねじ曲がり破裂した。

 光や炎は出ない。

 それは排水溝に水が流れていく光景に酷似しているように見えた。

 一カ所を支点として空間がねじ曲がり、そして無理矢理捻じ曲げたものを瞬間的に元に戻す。

 それによって、破壊のエネルギーが弾け飛ぶ――【空間爆砕】とは恐らくそんなスキルなのだろう。

 結果的に攻撃を受けた狼たちは最初の一撃で全身の骨という骨、肉という肉を折り畳まれ、次の瞬間には全身から粉々に砕かれた骨が肉体を突き破って飛び出し、血に塗れた肉塊となってその場に倒れ伏すこととなる。


 だが、その姿も次の瞬間には光の粒子となって天に昇る。


 それを流れゆく景色として確認しながら、弘久は「ちっ、大した相手じゃねぇからクソみたいなDPしか貰えなかったぜ……」と言いながら、装甲車の内部へと戻っていった。


 その光景を見ていた絶は弘久が操る未知の力に絶句しながらも、どかりと装甲車の上に腰掛けてしみじみと呟く。


「ダンジョンとは、げに不思議。あんな力があるとは」


「姫も使います? スキルスクロールでしたっけ?」


「要らない」


「それはまたどうして?」


「あんなものに頼っていては人は駄目になる」


「そうですか?」


 沙耶が腑に落ちないという顔をしてみせるので、絶は弘久が破壊した後を指さしてみせていた。そこにはモンスターがいなくなった場所以外にも、破壊された建物や地面が残っている。


「きちんと力の制御をしていれば、あんなことにはならない。力に溺れて修行を怠っている証拠」


「そうですね。ちゃんと操れれば、モンスターだけを倒せたはず」


 つまり、周囲まで余計に壊してしまっているのは弘久が未熟な証拠だと言いたいのだろう。

 それは、スキルが悪いというよりも、スキルに頼り切って制御しようとしない弘久の未熟さを責めているようにも思えた。


「でも、姫がスキルを身に付ければ、もっと強くなると思うんですけどね」


「私は、まだ長尾の技ですら完璧に身に付けていない。そういうのは、師匠レベルになってから考える」


「そうですか」


 にこやかに笑いながらも、沙耶は「私には大元大竹丸から受け継いだ神通力があるからスキルとか要らないんですけどねー」と思っていたのだが、口には出さなかったという。

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