第56話 鬼、新宿狂乱に巻き込まれんとす。⑤

「――新手が来た。右前方。数は三。さっきの大きな狐」


「逃げた人を追ってきたのかな?」


 あざみが敵を発見し、ルーシーがハヤテイズナの死体から自分の黒いナイフを抜き取る。DPで買った毒効果のあるナイフということだったが、D級武器のせいか効き目は悪い。


 逆に小鈴のB級武器である呪いの鎌カースシックルはダンジョン外であるにも関わらず、即座に効果を発揮しているように見える。その辺は、やはり武器のランクによって、ダンジョンの外であろうとも威力の違いがあるということなのだろう。


 安物買いの銭失いではないが、もう少しちゃんとしたものを買えば良かったと思うルーシーである。


「三体いるなら、僕が前に出ます! 田村さんと加藤さんは隙を見て攻撃を御願いします……!」


 不利な状況になる囲まれる前に対処しようとして、黒岩が突出する。その辺の判断は実に迅速だ。それに合わせるようにして、小鈴とルーシーも走り出す。


 そんな彼女たちの背後に立ちながら、あざみは両腕を狐の群れに向かって突き出す。その姿は珍しく着ぐるみ姿ではない。ルーシーに見繕ってもらい、渋谷で買った普通の服だ。というか、ルーシーに「頼むから普通の服を着てくれ!」と泣いてせがまれて嫌々着ている無難なものだ。


 その怒りも少しだけ乗せて、あざみはスキルを発動する。


「三体の一体を貰う。――【生命吸収ドレイン】……!」


 あざみの力ある言葉と共に、彼女の体から陽炎のような力の揺らぎが伸び、黒岩目掛けて走ってきたハヤテイズナの一体の足が止まる。そのハヤテイズナの身体から陽炎のような揺らぎが伸び、それがあざみの揺らぎと接続された瞬間、ハヤテイズナは意識を失うようにしてその場にばたりと横たわっていた。どうやら昏睡状態となり、寝てしまったらしい。


「なんだあれ! あざみの新しいスキル!?」


「神通力じゃないと思うけど……」


「二人とも集中して下さい!」


「「してます!」」


 走りながらハヤテイズナの一体が黒岩の左側面に回り込むように動き、もう一体はそのまま弾丸のように小鈴目掛けて突っ込む。


「田村さん!」


「だいじょーぶ!」


 左足を軸にして反転し、側面に回ったハヤテイズナを正面に捉える黒岩。彼の背後では噛み付いてくるハヤテイズナの攻撃を避けながら、その肩先に鎌の切っ先を引っ掛けて引き倒している小鈴の姿があった。


(凄い力……)


 そう思ったが、口には出さずに黒岩はジリジリとハヤテイズナとの距離を詰める。


(体格から言えば、ハヤテイズナの方が上。筋肉量もハヤテイズナの方が上。そして、主な武器は牙と爪。間合い自体は短いから、それに合わせて攻撃を当てれば良い。危険なのは牙や爪を引っ掛けられて転がされること。それには注意しないと……)


 一瞬でそれだけを分析して、黒岩は盾の奥からハヤテイズナの動きを観察する。


 ハヤテイズナはそんな黒岩の気持ちを知ることもなく、安直に飛び掛かってくる攻撃を選んだ。


「そこだ!」


 当然、それに合わせて黒岩は盾をぶち当ててハヤテイズナを路面に引き倒す。


 ハヤテイズナは短く苦悶の声を漏らすが、深追いはしない。地面に転がったハヤテイズナは暴れるように手足を動かす為に、爪や牙が引っ掛かって引き倒されることがあると理解しているからだ。


 やがて立ち上がるハヤテイズナだが、その隣に立つルーシーの姿には気付いていないようだ。両手に持った黒色のナイフが振りかぶられ、思い切り脛椎に叩き込まれる。


 それだけでハヤテイズナは白目を剥いて倒れ込んでいた。


「うわぁ、クリティカルヒットって奴?」


 倒れるハヤテイズナから離れながら、ルーシーは素早くナイフを回収する。驚きながらも抜け目のない行動……益々、盗賊だか、暗殺者染みてきているようだ。


「生物としての構造上、どうしても致命傷になる部分があるんじゃないかな……。その辺がゲームと違うところだよね……」


 盾に付いた傷を確認しながら、黒岩は周囲の様子を確認して――……硬直する。


「なんじゃか良く分からんが、周囲の狐が集まり始めておったから片しておいたぞ」


 そう言って三人の大竹丸がどざっと路上に置いたのはハヤテイズナの死体の山だ。ざっと見ただけでも五十体以上は積み重なっているように見える。更に角の生えた兎の死体もどさりと置かれ、軽い山となっている。その死体の山に小鈴もルーシーも軽く目を回す。


 自分たちが慎重に戦って三体を仕留めている間に、大竹丸は片手間で五十体以上を仕留める活躍。その落差を考えてか、黒岩から変な笑いが漏れていた。


「あははは……。もう、何て言うかタケちゃんさん一人でいいんじゃないかな……?」


 だが、大竹丸はそんな黒岩を半眼で睨む。


「阿呆か、クロの字! 妾ひとりでは全世界は救えぬのじゃぞ! 御主らが強くなってそれぞれにそれぞれの守りたいものを守れるようになってもらわねば、妾が困るのじゃ!」


「あ、はい……。頑張ります……」


 思わず素で挨拶してしまう黒岩である。


 何にせよ、大竹丸の掃討作戦が効いたのか、周辺にモンスターの気配は失くなった。新宿ダンジョンを目指すなら今しかないだろう。


 ただ、気になるのは近い位置で連続して爆音が鳴っていることか。恐らくはモンスターと戦っている者がいるのだろうが……。


(心当たりがあるといえば、あの姫とか呼ばれておった子か。苦戦しているようじゃったら助太刀に行っても良いんじゃが……)


 ただ、あの前髪で目元が隠れていた女は助太刀不要とばかりに自信に満ちた態度を取っていた。ならば、助太刀する必要もないのではなかろうか。悩むところである。


(そういえば、あの女の口元が何処かで見た気がしたんじゃったか……。どこじゃったかのう?)


 考えてみるが、やはり思い当たらない。ここまでくると、自分の勘違いではないかとさえ思えてくるから不思議だ。


(まぁ、えぇじゃろ。妾は分身出来るし、一人を偵察に出して、危ないようじゃったら助けに入れば良いじゃろ)


 そう結論を出すと、大竹丸は分身を一人作り出し、爆発の現場へと送り込むのであった。


 ★


「クックック! 先程の勢いはどうしたのです! 逃げてばかりじゃないですか!」


 フレインコートの喉の奥が光り、それと同時に巨大な炎の玉が吐き出される。


 この炎の攻撃は炎の玉の場合と、炎の帯状の場合の二種類があり、帯状の炎は連続して吐けないらしく、若干の間隔インターバルが存在する。それを見破って、絶と沙耶が反撃を行った為か、フレインコートは警戒して炎の玉しか吐き出さなくなってしまった。


 炎の玉の方は攻撃範囲が狭く、威力も低いようだが、撃つ間隔がかなり短い。これを掻い潜って絶たちが接近するのはなかなか難儀である。故に、彼女たちは自分たちに注意を集めながら炎の玉を避け続け、一般市民の避難を優先させるようにしていた。


 だが、流石にそろそろ避難すべき人間もいなくなったようだ。


 迫り来る火球を見切って避け、沙耶がついに車道上で動きを止める。それはもはや時間を稼がなくて良いという意思表示だろう。


 続いて建物の影に隠れて、何やらこそこそとしていた絶も姿を現す。その手にはドライヤーのような形状をした何かが握られていた。


 避けられた火球は、そのまま路上に当たって砕け、火の粉がアスファルトの上で踊る。それをじぃっとドライヤーのような何かで観察していた絶は感心したように頷いていた。


「百六十キロ。この程度では師匠は捉えられないことが判明した」


「姫、何ですかそれ?」


「スピードガン。家電量販店の店頭にあったから持ってきた」


「それ窃盗になりますから、ちゃんと返してきて下さい……」


「でも、ご自由にお使い下さいと書いてあった」


「店員の人ー! ポップに書く文字間違えてますよー!」


 とりあえず、絶にはスピードガンを返すように走らせて、沙耶はフレインコートを見上げる。その巨体は二階建ての建物ぐらいはあるか。翼の生えた厳つい蜥蜴――それが、沙耶の思った感想だ。


「それにしても見れば見るほどに醜悪な面をしてますね……」


 感心したように呟けば――。


「人間にはドレイクの美はわかるまい。これでも、ドレイク界では貴公子で通っているのだぞ?」


 ――とフレインコートが返す。


 沙耶は何とも言えぬ半笑いを浮かべると、肩を竦めて見せていた。


「要らない情報をどうも。ついでに貴方の存在自体も要らないので消えてくれると嬉しいのですけど?」


「気が合うな。私もそう思っていた所だ」


「あらあら。虫酸が走りますね、蜥蜴野郎」


「雌猿の声は甲高くていかん。耳に障る。発情期か何かかね?」


「「…………」


「うふふ……」


「クックック……」


 示し合わせたように笑いあった二人は突如として弾かれたように走り出す。その表情は口の端が三日月のように上がり、どちらも非常に楽しそうだ。


「「――ブッ殺スッ!」」


 どうやら笑顔は威嚇を起源とする云々といった話だったようだ。二人は駆け、道路の中央で交錯する。


 最初に仕掛けたのはフレインコートだ。その長い射程手足を活かし、大振りの拳を見舞う。それを見た沙耶は蛇腹剣を引き延ばし、近くのビル壁へと突き刺すなり、蛇腹剣の長さを元に戻す。すると、一瞬の間に沙耶の身体は宙に浮き、ビルの壁面へと吸い寄せられるように移動していく。


「逃がすか!」


 勢い余って道路のアスファルトを削った右拳を払うようにしてフレインコートが追い打ちを掛けるが、その時には沙耶の身体は見事な回転と捻りを入れながらビルの壁へと着地していた。


 そのまま脚をたわめ、向かいくるコンクリートの礫とフレインコートの拳を避ける為にビル壁を思い切り蹴る。


「むぅっ! 背後に!」


「ふふっ、鬼さん、こちら!」


 沙耶が跳ねたのはフレインコートの背中側だ。フレインコートは慌てて振り返ろうとするが、巨体が車止めに引っ掛かり、上手く回転することが出来ない。ならばとばかりに尻尾を振り回すが、それよりも早く沙耶は蛇腹剣を伸ばして輪を作ると、フレインコートの翼に絡まるようにして引っ掛ける。そして、そのまま剣を繋ぐ鋼線を素手で引き寄せるとフレインコートの背中へと着地していた。


「こ、このっ!」


「腕が短いですね。それでは背中は掻けないでしょう。掻いてあげますよ」


 言うなり、沙耶はフレインコートの翼に更に蛇腹剣を巻き付けると紐付きエンジンリコイルスターターの紐を引くように思い切り蛇腹剣を引っ張りながらフレインコートの背中から飛ぶ。


「がぁぁぁぁぁぁっ!?」


 蛇腹剣を巻き付けられて引かれた翼はまるでチェーンソーに削られるようにして引き千切られ、ずしんっと重々しい音を上げて血飛沫と共に地面へと落下していた。


 そんな光景を背後に、若干どや顔で着地した沙耶だったが、すぐにその場を飛び退く必要性に迫られる。


 どぉんっと腹の奥底を震わせるほどの重低音。


 翼を失った痛みなど無いとばかりに、フレインコートが振り向いて火球を吐き出したのである。


 それを引き戻した蛇腹剣で急遽迎撃するが、蛇腹剣は一気に黒く焦げてしまった。


「わ、私のなけなしのDPで買った武器が……」


 感傷に浸る暇もなく、フレインコートが自身の長い尻尾を振り回す。


 轟と風を巻いて迫るそれを蛇腹剣を使った移動で躱そうと沙耶は試みるが――。


(戻らない!? 壊れた!?)


 ――蛇腹剣が通常の剣の長さに戻らない。


 どうやら先のフレインコートの炎によって、剣の長さを巻き戻す為の装置が壊れたらしい。


(これだから、ギミックが複雑な武器という奴は……)


 憤るのも束の間。


 巨大な電柱のような太い尻尾が沙耶の目の前に迫ったかと思うと、防御をする暇も無く彼女の身体に直撃する。


「うごぅっ!?」


 彼女の体は嵐に舞うビニール袋のようにモミクチャになりながら、ビルの壁面へと叩き付け――……られない。


「大丈夫? 師匠?」


 吹き飛ぶ沙耶の身体を無理矢理片手で掴んで引き留めたのは絶であった。ちなみに無理矢理過ぎて、沙耶の左肩が抜けたわけだが、沙耶は地面に着地すると「ふんっ」と身体を回して遠心力で肩を入れてしまう。


「ちょっと大丈夫じゃないですね。あのおろし金のような鱗は厄介です」


 そういう沙耶の右半身は複数箇所が蚤で削られたかのようにボロボロになっており、肌には浅くない傷が付き、そこから溢れ出した血が沙耶の服を赤く染めていた。


 それでも、沙耶は自身の利き腕が動くことを確かめると、冒険者カードを取り出して、ぱぱっと新しい武器を選ぶ。どうやら傷付いところで後退という二文字は無いらしい。


「これがいいですね。こういう気分です」


 沙耶の選択に薄い光が集まったかと思うと、鎖の付いた棘付き鉄球モーニングスターがその場に転がる。それを拾い上げて沙耶は全身を使って、ぶんっと振り回してみせた。……悪くはない。手に馴染む。


「血が飛ぶ」


「我慢して下さい。あとひとつ――」


「何?」


「――暴れるのは我慢しないで下さい」


「それは良かった。では行こう。謙信公軍神様の加護ぞある!」


「……クックック、来なさい。猿程度ではどうにもならないことを教えてあげましょう!」


 絶と沙耶が組み、フレインコートがそれに対峙する。そんな光景をこっそりと覗き見ていた大竹丸の分身は――……。


「すっごい出づらいんじゃが……」


 そんな事を呟くのであった。

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