第55話 鬼、新宿狂乱に巻き込まれんとす。④

 ★


「意外でしたね。てっきり僕は貴方がたも新宿ダンジョンに向かうものだと思っていたのですが……」


 公認探索者となるための契約書類に自署サインを終えて、晴れて公認探索者となった天草優が先頭を歩きながら、おどけた様子で背後を振り返る。


 そこには、優と同じで公認探索者契約を終えた面々が若干の緊張を滲ませながら、手に武器を持って歩いていた。ホテルの従業員などはぎょっとしながらも、優の「すみません、探索者です~、通して下さい~」という言葉に慌てて道を譲る。


 そんな様子を列の最後尾から眺めていた如月景は、不健康そうな顔色を隠すようにフードを深く被って傍観を決め込む。


 そもそも、彼が大竹丸たちと行動を共にしなかったのは、喉が弱くて声を出すのが億劫だったからであり、心情的には新宿ダンジョンに向かうのも吝かではなかったのだ。


(というか、これは全て政府が悪いと思うんだよね……。美味しい料理が出るからお腹を空かせておけってさぁ……。昼を抜いたら、喉の調子が益々悪くなって発言出来なくなるし……。更には料理も出ないで新宿ダンジョンに向かってくれでしょ……? 俺に非はないと思うんだよね……。というか、何か飲みたいな……。もしかして、本当にこのまま向かうの……? 死んじゃうよ……?)


 心の中で不平不満を垂れ流しながらも黙々と歩く景。


 そんな景を見かねたわけではないが、優の質問には島津が大声で答える。


「新宿ダンジョンの暴走ってでの話だろ? そんなのに突っ込んでいったら普通に死ぬだろ。俺らのスキルはダンジョン外では本当屁みたいなもんだしな。それはそっちのクソ夫婦も同じようなもんだろ」


「相変わらず品のない言い方だが、それが真理だろうね。我々がスキルスクロールで得たスキルはダンジョン専用という意味合いが強い。ダンジョンの外の混乱を抑えろ――と期待されても困るといったところだ」


 橘茂風がそう語るのを聞いて、景はフードの中で小さく嘆息を吐き出す。少しだけ失望したからだ。


(日本の探索者のトップグループだから、もしかしたら、俺みたいながいるのかも、と思ったんだけど、そうでもないのか……。これは、俺が他の人とは違うことは隠しておいた方が良いな……)


 日本人というのは排他的な部分がある人種だ。人と迎合し、抜きん出るを悪しとする。特異な人間がいれば、周りはそれを異質な目で見ることだろう。


 そして、景はそんな視線に何度も晒されてきた。


 特に、彼のはかなり特殊であり、とてつもなく危険な部類だったので、それも仕方ないことだったのかもしれない。


 それを思い出すとため息も出ようというものだ。


(わざわざ自分から言うことじゃないよな……。人よりもちょっとだなんて……)


 例えば、カッター。


 紙を切るつもりで引いたら、下の机ごと切断してしまう。


 例えば、包丁。


 食材を切るつもりで使用した後には、常にバラバラになったまな板が転がっている。


 如月景はとにかく切る才能に特化した男であった。


 それは、果物ナイフを使って鉄を切断出来るほどの飛び抜けた才能であり、刃が付いているものであれば、須く凶器となる危険な才能だ。


 そして、景は自分以外にも、そんな異質な才能を持つ者がいるのではないかと期待して、公認探索者となったのである。


 それは同じ悩みを持つ同志に出会いたいというのもあったが、もしかしたらこうした異能を克服し、平凡な生活をおくっている人物に会えるかもしれないという淡い期待があったからだ。


 だが、現状のところ、その目論見は失敗に終わりそうだ。憂鬱な気分で視線を足元に落とす。


「へー、そうなんだ」


「そうなんだ、って素人かよ……」


「すみません。まだ探索者になったばかりで日が浅くて」


「それで公認探索者の第二席? 才能かしら……」


 優のことを島津が呆れ、橘光千代が感心する。


 そんな中、景は密かに目を細めていた。


 ダンジョンの外でスキルが使い物にならないことは、探索者の間では常識である。


 だが、実は景も少し前までは知らなかったのだ。この前、初めてダンジョン探索サークルの先輩に教えてもらったばかりである。むしろ逆に先輩は景の力がスキルスクロールから得た力ではないことに驚いていたわけだが……。


この人天草優も人を遠ざけていた感じなのかな……。なら、友達になれるかも……)


 そんなことを考えながら歩いていると、優がおやと気付いたように首を傾げる。


「あれ? そうすると、真っ先に新宿ダンジョンに向かっていった人たちがいましたよね? 彼女たちは大丈夫なんですか?」


「さぁな。何か勝算があるのか、ただの馬鹿なのか……。まぁ、死んでくれれば席次が上がるかもしれねぇな。ククク……」


「不謹慎ですよ。……ただ心配ではありますね。微力ではありますが、我々も現場に向かい力を尽くしましょう」


「そうですね」


 優がにっこりと笑い、先頭に立って歩く。たったそれだけなのに、ホテルの女性客や女性従業員から注がれる視線がどこか熱っぽくなるのは、何故なのだろうか。


「………」


 景は、やはり彼とは仲良く出来ないかもと認識をひっそりと改めるのであった。


 ★


 ビルに続いてまたビルが続く連続したビルの街、新宿。道路も広ければ、舗道も広く、そしてビルで囲まれた道はまるで刑務所の中にでも放り込まれたような錯覚を覚える。


 そんな光景を前にして、三重の片田舎から出てきた小鈴たちはくらくらしながらも、散発的に逃げてくる人々を掻き分けて、現場に向かってひた走っていた。


「ひぃっ! た、助けて!」


 わぁっと人が逃げてくる中心部から不発弾でも爆発したような音が上がり、盛大に黒煙が上がるのが小鈴たちの目にも見えた。


 そんな光景を遠くに見ながらも、小鈴たちは悲鳴を上げた男を追ってきたであろう狐型のモンスター、ハヤテイズナと対峙する。


「クロさん、男の人を逃がして! ルーシーちゃん! あざみちゃん! 行くよ! ……タケちゃんは他に困っている人がいたら助けてあげて!」


「「「了解!」」」


「仕方ないのう」


 小鈴の号令一下、黒岩が男を守るようにして前に出ると、今は相棒とも言えるほどに馴染んだ白銀の盾を構える。盾の形状はタワーシールドを少しだけ小さくしたような方形盾。それを腰を落として構える姿は、まるで城塞を思わせる頑強さだ。


 そんな黒岩の雰囲気が気に触ったのか、ハヤテイズナが歯を剥いて「ヴァーッ!」と威嚇するなり、黒岩に向かって飛び掛かってくる。


(あの特訓に比べたら大した速度じゃない……!)


 黒岩は特訓の成果か、落ち着いてそれに対処。絶妙のタイミングで盾殴りシールドバッシュをハヤテイズナの頭に叩き込み、二メートルはあろうかという巨体を弾き返す。


「ギャン!?」


 思わぬ反撃に頭を振りながら着地するハヤテイズナだが、その時には足音ひとつ立てずに近付いていたルーシーが既にハヤテイズナの横手に立っていた。


 すっと近付き、ハヤテイズナが勘づくよりも早く、ズブリと黒塗りのナイフをハヤテイズナの横っ腹に突き刺す。


「グゲェーーーッ!?」


 驚いたハヤテイズナがルーシーの方を向くが、その時にはルーシーの逆方向から迫った小鈴が手に持った二本の黒い鎌で素早くハヤテイズナの背を切り裂いていた。


 それだけで、ハヤテイズナは急速に動きを鈍らせる。


「トドメは貰うねー!」


 元気な声を響かせる小鈴は、鎌の切っ先をハヤテイズナの脳天へと叩き込み、その頭蓋を割る。


 どうやら、それで勝負ありのようだ。


 ハヤテイズナはぐったりとその場に倒れ、それ以上動かなくなってしまっていた。


「ふーっ、……終わり? ダンジョンの外だからモンスターの姿が消えないんだねー」


 小鈴が額に浮かんだ汗を拭いながら、そんな感想を漏らす。ダンジョンの中では光の粒となって消えていたモンスターの死体は、モンスター大暴走で死んだ場合には、その場に残り続けるらしい。


 若干グロテスクさは残るが、公認探索者に認められたあの博士は喜ぶのではないだろうかと腰の後ろの皮鞘に呪いの鎌カースシックルをしまい込みながら、小鈴はそんなことを思う。


「結構、強かったなぁ。タフで早いし……。オークをよりスピード型にした感じ? 雑魚モンスターがこれだとさっきの巨大な鳥ってかなり強いんじゃないかな? あの二人、大丈夫かなぁ……」


 ルーシーがそう言って先程まで走ってきた道を振り返る。


 人々が次々と走って逃げていく先には、上空で不自然なほどに黄色い光と白い光が舞っているのが見えていた。恐らくは雷帝フェニックスが暴れているに違いない。


「そうだよねー。ちょっと心配だなぁ、あの子たち……」


「妾を三人も付けておるし、問題あるまいよ」


 そう。双子の少女、辺泥姉妹は大竹丸の分身と協力して、現在、雷帝フェニックスと戦闘中なのである。


 本人たちが希望したこととはいえ、小鈴の中では少し置き去りにしたような気持ちがあるようだ。気遣わしげな視線を後方へと向ける。


「まぁ、向こうは大して問題はないじゃろ。自分たちで立候補したわけじゃから、自信もあるじゃろうしな。むしろ、問題なのは逃げ惑う市民の方じゃ。現在、五千人の分身を横展開してから、囲い込み作業に向かわせておるが、どれだけの人が助けられるものか。敵も討ち漏らしがありそうじゃな」


「そうなると……やっぱり?」


「そうじゃな。どうなるか、ノワールに聞いて無かったのが痛いところじゃが、新宿ダンジョンに潜ってさっさとコアを破壊するのが得策じゃろう。それでモンスターが死滅するか、それとも残るのかは分からんのじゃが、これ以上追加おかわりでモンスターを投入されるよりはマシじゃろう」


 黒岩が男性を助け起こし、起こされた男性はこちらが申し訳なくなるほどに頭を下げて去っていく。どうやら男は逃げ出した人間の中でも最後の方らしく、新宿ダンジョン側から逃げ出してくる人間の姿はパラパラとしか見受けられない。


 この様子だと、もう事態は落ち着いてしまったのだろうか。新宿ダンジョン前にいた人々はちゃんと逃げられたのか、それに溢れだしたモンスターたちは何処へいったのか。疑問は尽きないが、まずはやるべきことがある。


「とりあえず、妾たちは新宿ダンジョンへと向かうぞ。人の救助やモンスターの探索なんぞは妾の分身や向かってくる自衛隊に任せれば良いじゃろ。妾たちは妾たちにしか出来ぬことをやる」


 それは即ち、大竹丸たちが新宿ダンジョンの攻略に本格的に乗り出すということであった。

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