第92話 北へ行くよ、らんららん⑥
鬼とオーガは違う、と説明した大竹丸であったが、太郎坊は理解出来ぬとばかりに首を傾げた。
「じゃが、鬼じゃぞ?」
「お主! それは人間を見て、『これは猿じゃ!』と言うのと同義じゃからな! そもそも、あれは分かりやすく形骸化した鬼じゃ。本物は欲望故に死してなお、仮生へと堕ちた者たちじゃから人と見た目は変わらぬ!」
その辺、在り方としては天狗とそう変わらないのだろう。
天狗が死して尚、往生せずに現世に留まり続ける仙人のような存在であるとすれば、鬼は悪魔のようなものだ。
超常的な存在であり、
何にせよ、人からすればどちらも脅威には違いない。
「つまり、あれは鬼ではないのか? いや、じゃが、鬼が率いていたのだ。鬼だろう?」
「鬼が……?」
どういうことだと問い質すよりも早く、太郎坊はにやりと笑みを浮かべると――。
「飲み比べでは負けたが、狩りではどうじゃ? あの鬼もどきを沢山倒した方が勝ちじゃあ! かっはあーっ!」
――そう叫んでまるで悪ガキのように地上へと飛んでいってしまう。
「まったく、好き勝手しおって……」
『す、すみません、我らが長が……』
「なに、構わぬよ。……どうせ、勝つのは妾じゃしな!」
大竹丸も宙を蹴って地表へと向けて一直線だ。そのまま、大地を蜘蛛の巣状に皹割って着地すると、太郎坊と競い合うようにしてオーガと対峙する。
「おい、太郎坊よ。オーガを率いていたのが、鬼とはどういうことじゃ!」
「まんまの意味よ!」
立ち並ぶ木々を抜けて迫ってきたオーガが走りながら拳を振り上げ、振り下ろす。風を巻いて唸ったはずの拳だが、太郎坊に当たるよりも早く、ずどぉんっと大気を轟かせる音が響いた。
「かっはぁー! 遅い遅い! なんというノロマさじゃあ! 先程と比べれば天地の違いじゃあ!」
オーガよりも後から放ったはずの太郎坊の拳がオーガの脇腹に直撃し、オーガの体をくの字に折ったかと思うと、オーガの腹が雑巾を絞るかのように捻れて内部から弾け飛んだ。どうやら、あの拳に当たると当たった箇所から捻れて弾け飛ぶらしい。まるで小型の爆弾でも打ち込むような拳だ。
大竹丸の口から、思わずゲェ……という声が漏れる。
「そんなエグい技を妾に当てようとしておったのか! とんでもない奴じゃ!」
言いながら、大竹丸はぬるりと動くと、近付くオーガたちの首を端から刎ね飛ばしていく。まさに撫で斬りといった状態に今度は太郎坊が短く呻く。
「ぐぅ……、駆け引きも何もなく何故それだけ首を刎ねられる……。何かおかしなことをやっておるじゃろう、絶対……」
「こ奴らが勝手に首を差し出すのじゃから仕方あるまい。それよりも、先程の話じゃ! オーガを率いていたのが鬼だというのは本当か!」
オーガが掴み掛かってくるのを宙に浮いて躱す太郎坊。
彼はそのままオーガの頭を高下駄で踏んで回ると、オーガの頭はたちまち割れて、此処彼処で血の噴水が噴き上がる。
一方の大竹丸はするりするりと動くだけだが、オーガたちは何故だかそんな大竹丸が振った刀に当たりにくるようにして首を差し出す。強力な回復能力を持つオーガではあるが、流石に首を刎ねられては生命活動を停止するしかないのか、次々に屍の山が大竹丸の行く道に築かれていく。
「本当じゃあ! 儂らは元々本州の関西方面に居を構えておったが、その辺を鬼もどきを伴った鬼が荒らし回りよって! 仕方なしにこんな北の田舎にまで引っ越してきたんじゃわい!」
「鬼が天狗の棲み処を荒らし回った……?」
「むしろ、逆に儂が聞きてぇのよ! お主も同じ鬼じゃろう? 山岳信仰が薄まり、天狗の力が昔よりも落ちた時代に儂ら天狗を虐めて何がしたいんじゃ! しかも、こんなところにまで鬼の追手を出しおって! 儂らに対する嫌がらせが過ぎるぞ!」
「なんじゃ、昔より力が落ちておるのか。道理で歯応えがないはずじゃ」
「お主、それは思っておっても言ってはならん奴じゃぞ!?」
オーガの頭を空中で掴み、太郎坊はそのまま捩じ切る。そして、オーガの巨体がどうっと倒れるよりも早く、太郎坊は周囲を払うようにして羽団扇を薙いでいた。それと同時に風の刃が周囲を一刀両断し、周囲のオーガが腰で両断され、そのまま崩れ落ちる。だが、凄いのはその殲滅力ではなく、立ち並ぶ木々にひとつも傷を付けなかったことではないだろうか。
大竹丸は内心で器用な奴だと感心する。
「まぁ、そんな文句を言われても妾の与り知らぬ所の話ゆえ、どういう理由かなど分からぬよ。大方、お主ら天狗がその鬼の勘気にでも触れたのではないかのう」
「山で大人しく暮らしておる天狗がどうして勘気に触るんじゃ! 鬼というのは理不尽に過ぎぬか!?」
そんなこと言われても知らないものは知らないと突っぱねる大竹丸である。
と、そんなやりとりをしている間にも――。
「なんじゃ? 何故、周りを囲まれておる?」
「ふむ。鬼もどきたちが次から次へと馬鹿みたいに湧いておるのう」
「冷静に言っている場合か! ぬぐぐ、妾は人を待たせておるというに……!」
ザクザクと斬り倒しながら、大竹丸はオーガの数が徐々に多くなっている中心地点へと向かっていた。恐らくはそこにオーガ大量発生の原因があるはずだ。ダンジョンでもあるまいし、そうポコポコとモンスターが生まれてきては困るのである。
「む……?」
ふと、それに気が付いて、大竹丸は足を止める。
森の中にあるには異質な鈍色の輝き。そして、自然物とは思えない人工物的な造形。それはどう見ても違和感の塊であった。
「何故、こんな所にトラックが乗り捨てられておるんじゃ?」
大竹丸の疑問に答えるかのように、ぎしっと大型トラックの車体が揺らぐ。そして、銀色のコンテナから顔を出したのは、ざんばら髪のオーガであり、大竹丸はその光景に目を丸くする。
「どういうことじゃ? オーガがトラックから生み出されおった?」
いや、違う。
オーガを生み出す何かがトラックの荷台にあるのだろう。
その事に気付いた大竹丸は一気にコンテナの入り口に向けて走り寄っていく。それに気付いた太郎坊も大竹丸の後を追うようにして付いてくる。その間も出会うオーガは片っ端から撫で切りだ。
「どうした! 鬼の!」
「良く分からぬがオーガを生み出しておるモトを見つけたかもしれぬ!」
「何と! それは何じゃ!」
「それをこれから確認するところじゃ!」
コンテナから飛び出してきたオーガが天に向かって叫ぶ。その雄叫びに身を竦ませることなく、大竹丸は一瞬でオーガを唐竹割にする。血の糸が引いて、縦に真っ二つにされた遺体が両側に離れて倒れるのを見て、太郎坊が――、
「お見事」
――と褒めるが、大竹丸にとっては当然のことなので頷くに留める。
それよりも問題はそのトラックのコンテナの中の荷物だ。
大竹丸が暗闇の中、目を細めるとそこには何やら二人分の人影が見えた。すぐに臨戦態勢に入って刀を構える大竹丸に対し、暗闇の中の人影の一人もすぐに刀を構える――その時点で、大竹丸は「ん?」と違和感を覚えて動きを止める。
「何じゃ? 鏡……か?」
大竹丸たちの目の前にあるのは、暗闇で分かり辛いが楕円形をした大きな姿見だ。それが、ただひとつコンテナの中に佇んでいる。他には何もない。怪しい人影もなければ、オーガの姿もない。鏡だけがぽつねんとその場に佇んでいたのだ。
「これが、オーガを生み出しておるというのか?」
「分からん。じゃが、先程のオーガは此処から出てきたように見えたぞ」
「鬼もどきが物珍しさに、この鉄箱の中に入ったんじゃないかのう?」
太郎坊がそう言うと、何となくそんな気もしてくる。
大竹丸も自分の勘違いかと踵を返そうとした瞬間――、
――鏡の表面に波紋が走った。
「なんじゃ!?」
「何か出てくるぞ!」
激しく走る鏡面の波紋の中から丸太のように太い腕が飛び出し、贅肉の一切ない引き締まった体が飛び出し、そしてざんばら髪と額に付いた二本角が飛び出してくる。それは紛れもなくオーガの姿であり、そのオーガは出てきた瞬間に目の前に現れた生物……つまり大竹丸たちに対し、興奮したように雄叫びを上げるのだが……。
「やかましい!」
風を裂いて走った大竹丸の刀に首と胴が泣き別れにされてしまい、その場にどうっと倒れてしまう。大竹丸はそのオーガの死体をコンテナ外に放り捨てながら、目の前の鏡を強く睨む。
「どうやら、この鏡がオーガを召喚しておるようじゃな……」
「ぬう、目の前で見た以上、それが真実じゃろうが……。何故、そんなことをする? 理由はなんじゃ? 全く理解出来んぞ?」
「妾も頭脳労働担当ではないからのう……。こういう時に知恵者がおればのう」
「なれば、この鏡をぶっ壊した後で知恵者に聞いてみるか。少なくとも、儂よりは頭が良い奴が近くにおる気配がする」
「誰じゃ?」
「三郎じゃよ」
そう言って、太郎坊は風を圧縮して作り出した球を放って、鏡を粉々に粉砕するのであった。
★
「やれ、しまったのう……。これは罠だったのかぇ……」
摩周湖から北へ僅かばかり行ったところに、冬場でも凍らない不思議な池がある。その名も神の子池。その神の子池の畔で骨と皮ばかりで構成されたような白髪の皺くちゃ老婆が嗄れ声で心底残念だとばかりに呟く。
その老婆の目の前には、森の木々を縫って近付いてくる二つの人影がある。
一人は肌が浅黒く、赤銅色の肌をしており、その右手には大振りの斧を持っている成人男性くらいの若者。
そして、もう一人は小さな小瓶を胸元に抱えた、青白い顔をした小柄な成人女性であった。
そんな二人は老婆から目を離すこともなく、阿吽の呼吸で歩調を合わせると老婆から丁度五メートル程の距離でその足を止める。
「奴はどうした?」
ぶっきらぼうにそう聞いたのは赤銅色の肌をした若い男だ。決して筋肉質な体というわけではないが、鍛えているのだろうか。その体は驚く程、贅肉が少ない。
「奴というのは誰のことかぇ?」
「決まっている――」
男の言葉を繋ぐようにして、女が断言する。
「――法起坊のことです」
「それを聞いてどうするのかぇ」
老婆は慄いた様子もなく聞き返す。
男の手には人を殺すのには十分な重さと大きさを持った斧が握られている。
だというのに、老婆には動じた様子がない。
その様子に、男は若干の苛立ちを覚えたようだ。声の抑揚が抑えられなくなって、つい声が荒くなる。
「殺すんですよ、彼を。そうでないと、私たちは幸せになれない」
「それを、この婆が許すとでも思っておるのかぇ?」
「それこそ、愚問だ」
男は斧をゆっくりと肩に担ぐ。その動きはまるで重さを感じない軽い動きだ。一方の女の方も持っている小瓶を撫でると、そこから細く長い水の鎖が飛び出てくる。
「
「同じく、後鬼――」
「「――たかだか
二人の男女から裂帛の気合にも似た殺気が吹きつけた。
老婆は皺に覆われた瞼を開き、その目に強い決意のような光を滲ませる。その目には一歩も退かぬという強い決意が込められていたように見えた。
「喧しぇ! 一族を守る為に身を切り裂きながら重ねてきた苦労も知らんで! ぬくぬくと従者風情で過ごしてきたモンが長に向かって一丁前に文句をぬかすな! 此処から先はこのアズマ婆が行かせんけぇ! 覚悟せぇや、鬼共ッ!」
そう啖呵を切ると、老婆の全身から白い靄のようなものが周囲に滲み出す。その靄に触れた周囲の植物たちが老婆に力を貸すかのようにぐねぐねと動き始めていた。
そして、その植物たちはまるで自分の意志を持つかのように動き出すと、一斉に二体の鬼に向かって襲い掛かるのであった――。
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