第24話 鬼、一次探索者資格試験を受けんとす。③
「…………。おかしいな、レーンの中に着ぐるみがいるように見えるぞ?」
「居ますよ、着ぐるみ。それと、あれは標的と関わりのあった女の子ですね。名前は確か、柊あざみ」
「あれで走るのか?」
「薄手の着ぐるみですから、走れなくはないと思いますけど……」
それにしたってあまりに股下が短い。普通の走り方ではまず走れないことだろう。
「あ、スタンディングスタートでいくみたいですね」
「あの格好でクラウチングは立ち上がれない可能性があるからな。それにしても、なんだあの向きは?」
あざみはまるで野球のランナーが盗塁をする時のように横向きの姿勢で構えている。思わずスターターが本当にその体勢で良いのかと確認を取ってしまう程である。やがて確認が取れたのか、全員が構えを取り、スターターのピストルの合図で一斉に駆け出していく。
そして、事件が起こった。
「「キモッ!」」
デフォルメされた骸骨が描かれた着ぐるみが空中で暴れながら横動きをしていた。その姿はどう見ても無駄な動きが含まれており、とても遅い。実際、彼女は五人の中でダントツの最下位だったわけだが、何故か彼女が走った後に彼女を嘲笑するような者はいなかった。むしろ、目を合わせたらやられるとばかりに全員が一斉に目を逸らしていた。
「動きがもの凄くふなっ○ーでしたけど……」
「狙って周りを黙らせたのだとしたら、結構な策士だぞ彼女」
二人は思わず唸るが答えは出ない。真実を知っているのはあざみばかりだ。
やがて、次の走者が準備を始める。
「お。彼女も標的と一緒にいた娘だな」
「田村小鈴ちゃんですね。標的と一番親しそうでしたが、走るのはどうなのでしょう」
「手足が細いし、スポーツをするタイプには見えないが……」
だが、成田の予想を裏切って、スタートの合図と共に小鈴はガンガン加速する。気付いた時には二位以下に大差を付けての一位でのゴールであった。彼女の背後だけ追い風でも吹いていたのかと成田は訝しむが、どうもゴール後の記録員の様子がおかしい。
「何だ? トラブルか?」
「ちょっと聞いてきます」
そう行って早速行動に移す甲斐。やがて戻ってきた彼女はどこか興奮したように頬を染めていた。
「凄いですよ! 参考記録だそうですが、九秒台だそうです!」
百メートル九秒台は男子のトップアスリートが出すような記録だ。参考記録ということは追い風が吹いていたということだろうが、それでも女子でこの記録はとてつもないものがある。
「あの体格でそんなに早く走れるものなのか? 何かからくりがありそうだが……」
だが、考えても結論は出そうにない。
そんなことをしている間にようやく標的が姿を現す。どうやら彼女はスターティングブロックは使わないようだ。立ったままの姿勢で腕組みをしている。
「さて、標的の番だが……」
「うーん。彼女も運が無いですね。高校陸上百メートル走、県大会三位の奥村君が第五レーンにいますよ」
「これは勝つのは難しいか……」
見守る二人はどこか諦めにも似た思いを抱きながら成り行きを見守るのであった。
★
――僕の名前は奥村勝弘。
親しい人はかっちゃんだとか、ひろくんだとか呼ぶんだけど、今はそんな事どうでもいいかな?
そんな僕の自慢は足が早いことだ。
この前の高校陸上の県大会でも百メートル走で三位に入ったのが密かな自慢だ。ちょっと嬉しくなっちゃって喋り過ぎたせいか密かな自慢じゃなくなっちゃったけど。
それでも県大会で負けたことは正直悔しかったし、僕以上に足が早い奴らはまだごまんといるんだぞということも分かった。普通ならここで「よし、次こそは頑張ろう!」となるんだろうけど、僕はむしろ自分の才能の限界を知った気分だった。
というわけで、僕は自分の新たな可能性を模索するために探索者を目指すことにした。テレビやネットでも結構話題になっているし、探索者になって活躍すれば簡単に有名になってお金もどんどん入ってくるらしい。なんて僕向きの職業なんだろう。これなら将来も安泰だ。
――で、試験当日。
筆記試験をさくっと回答した(五割は解けたと思う)僕はいよいよメインの体力テストに挑むわけだけど……。
いやぁ、これがまた同じ組で走る連中がまるで話にならない。
一人はビールっ腹の中年親父だし、一人は不健康そうな眼鏡のオッサン。そしてもう一人はそれなりに鍛えている大学生っぽいけど雰囲気がない。更に一人はなんか仁王立ちしている女子だし。上下ジャージでランニングウェアに短パンじゃない時点で走りの素人だって分かるんだよね。もう何て言うかね。勝ったね。
「なんじゃこれ、ワケわかんぞ。まぁ使わんでもええじゃろ」
やたら可愛い声にちらりと仁王立ち女子の顔を見る。彼女はスターティングブロックの使い方が分からなかったようで可愛い顔を露骨にしかめている。
というか、この子何?
滅茶苦茶可愛いんだけど?
アイドルとか目じゃないレベルでちょっと普通じゃないぞ。
あ、ヤバイ。目が合った。
慌ててズレた眼鏡を直して顔を隠してるけどそんな所も可愛い。
「えーと、スターティングブロックの使い方が分かりませんか? こうやって足を乗せて踏ん張るんですけど」
可愛すぎて思わず声を掛けてしまった。そのまま親切な男だと思われて、彼女とお近付きになれないものか。だが、彼女は軽く頭を振る。
「折角教えてもらった所悪いのじゃが、妾には合いそうもないから、このまま行くとするのじゃ。……まぁ、この程度の面子なら万全を期さずとも楽勝じゃろうしな」
最後にぼそりと呟かれた言葉に僕のちっぽけなプライドがカチーンと来た。陸上の短距離のスタートがどれだけ大事か分かってもいない奴が、この僕を相手に楽勝で勝てるだって? なにそれ戦争ですか?
「ちょっと聞き捨てならないなぁ……。僕、これでも県大三位なんですよ? それを楽勝だって? プライドが傷付いちゃったなぁ……。どうしてくれるんです?」
僕が凄んでそう言えば、普通の女の子なら泣きそうな顔で謝ってくるっていうのに、この女と来たら……。
「ケンタイが何かは知らぬが事実は事実じゃ。それとも御主が妾を負かしてくれるとでも? フッ、面白い冗談じゃ」
「……ちょーっと可愛いからって調子に乗っちゃって。後で吠え面かくなよ……ッ!」
「そこ! 私語はやめなさい! 失格にされたいのか!」
スターターの鋭い叱責に、流石に僕も言葉を飲み込む。いくら可愛くても頭のおかしい奴に巻き込まれて失格なんて嫌過ぎる。
まぁ、調子に乗っていられるのも今の内だけだろう。始まってしまえば否が応にも実力の差というものを痛感するはずさ。
「
――空砲が鳴る。
僕は極端な前傾姿勢から最高のスタートダッシュを切る。下手な奴はそのまま思い切り地面に突っ込んだりもするんだけど、僕は今まで一度もそんなことをしたことはない。言っちゃ悪いがその辺の奴らとはセンスが違うんだよね。
スタートダッシュに成功したのは僕と大学生とビールっ腹だ。眼鏡のオッサンは無惨にも顔面から地面に突っ込んでいた。あ~らら~、お大事に~。
「おい、大丈夫か?」
そして、あの生意気な女は眼鏡のオッサンに近付いているようだ。走りじゃ勝てないからって勝負を捨てたか? 測定員の加点目的で怪我人の救護ってか? ……ダッセェ! お前らは仲良く揃って試験に落ちちまえよ!
僕は腿を上げるのを意識しながら更に加速する。大学生とビールっ腹との距離が更に開いていく。
ちっ、ビールっ腹め、結構粘るな……。
あの体格だし格闘技経験者なのか? フン、お呼びでないってぇの! そういうのは攻撃力測定とかいうので頑張りなよ! 今は僕の舞台だ! 邪魔をするなよ!
地面を蹴り、加速、加速、加速、加速……!
気付いた時には目の前には誰もいない。僕の独壇場だ。
後、十メートルほどでゴール。
結局、走る前の予想と何の変わりもない結果だ。ハハハ、当然だね。だって――……。
★
次の瞬間、奥村の目の前を黒い閃光が駆け抜けた。黒い影が伸び、連なり、それはまるで大蛇のようにスタート地点からゴール地点までを一直線に繋ぐ。だがそれも一瞬の出来事。あまりに一瞬過ぎて、奥村にはそれが黒い閃光にしか見えなかったというだけの話だ。直後、強烈な突風が背後から吹き抜け、奥村はバランスを崩して足を縺れさせてしまう。
そして、バランスを崩して視線が急激に下がる中、少女が眼鏡の
「い……」
「コヤツ、地面に激突して額を切ったようじゃ。救護室に運びたいのじゃが、あちらで合ってるかの?」
「あ、はい」
ゴール地点にいた測定員に場所を聞いて、少女はまたも黒い閃光となってその姿を進行方向に連ねる。まさに連続する残像。彼女の通った道は一瞬だけ蛇のように長く連なり、次の瞬間にはその姿は消失している。それはつまり先程の移動も夢や幻などではなく――。
「い、インチキだぁぁぁぁーーーー!」
奥村は泣きながら、そう言って地面に転がったという。
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