第23話 鬼、一次探索者資格試験を受けんとす。②

 午前中の試験が終わった。


 午前中は筆記試験。ダンジョン探索者として覚えておいて欲しい事柄がマークシートと筆記形式で計四十問が出題される。配点は一問一点だ。


「意外と難しいな、これ」


 無人の校長室に案内された成田は午前中の暇潰しを兼ねて受験者と同じ問題を解いていた。全て解き終わったところで、日本探索者協会が用意した回答を用いて自己採点。結果は四十点中、三十六点となかなかのものであった。間違えたのは税金の自己申告計算の部分やアイテムの売買相場についての部分など、国に仕える身分としてはあまり関係のない部分だけである。


「探索者は体力勝負という側面もあるからか、筆記試験の配点は四十点しかないんだな。次の体力テストが六十点配分か。なかなか考えられているようだ。それで? そっちはどうだ?」


「東京や大阪、博多、横浜ほどじゃないですけど、結構逸材が受けに来てますね」


 筆記試験後、一時間の昼休憩を挟むこともあり、甲斐もコンビニで買ってきたサンドイッチをつまみながら資料に目を通す。甲斐が見ているのは今回この会場で試験を受けている人物たちの申請書類であった。


「有名どころだと元、龍道館の渡辺巌とか居ますよ」


「渡辺というと年末の異種格闘技番組に出ていた奴か。空手のチャンプだったと記憶しているが、確か引退したんじゃなかったかな」


「後進の育成をするために道場を開くって言って七年くらい前に引退してますね。それが探索者として現役復帰のようです」


「DPを貯めれば若返りも出来るんだ。そっちが目標だろうな。夢のある話だ」


「後は三重の星、稲垣駿太とか」


「稲垣? …………。誰だ?」


「現役Jリーガーですよ! U18に代表として出ています!」


「何でプロサッカー選手がダンジョン探索者を目指す? 意味があるのか?」


「さあ? スキルスクロールで魔法とか覚えたらサッカーにも活かせるんじゃないですか?」


「それは反則……、じゃないのか?」


「ルールブックの改訂が必要ですよね」


 他にも出るわ出るわ。大学駅伝のランナーにプロ野球チームの二軍選手、県大会三位の実績の高校生短距離ランナーに合気道の師範代、それこそ挙げていけばきりがないぐらいに変化バラエティーに富んでいる。その殆どの者たちが――。


「運動に自信のある奴らが集まってきているのか」


「頭脳派よりも、そちらの方が受かり易いですからね。とりあえず資格を取得しておこうとばかりに集まりましたね。――はい、ご馳走さまでした」


「どうだろうな。案外と探索者資格を持っていることが、これからのステータスになると考えて集まってきたのかもしれん。それにしても、甲斐二尉の食事はいつもそんなに遅いのか?」


 コンビニで買ってきた弁当を五分で食べきった成田が呆れた視線を向ける。三十分を掛けてようやく菓子パンとサンドイッチを腹に収め終わった甲斐はまさかとばかりに肩を竦めていた。


「ダンジョンの中では落ち着いて食べられないので……地上に出るといつもこんな感じですよ」


 ダンジョン内ではいつどこから敵が襲ってくるか分からない。その為に食事を摂る時間はというのが常識だ。その反動からなのか甲斐は地上に出るとやたら味わって食事を摂る癖が付いていた。


「ダンジョン内でもそうなら指摘するところだが、地上だけというのなら構わんか」


「それよりも成田一佐、そろそろ午後の体力テストが始まりますし行ってみましょう」


「そうだな。早目に場所取りをしておこうか」


 二人は連れ立って午後の体力テストの試験会場であるグラウンドへと足を向けるのであった。


 ★

 

「タケちゃん、筆記試験どうだった?」


「まずまずじゃのう。あえて言うなら、一部問題文が間違っておったから直しておったんじゃが、そのおかげで時間が足りなくなったくらいかのう」


「大丈夫なの、それ?」


 ぐい~ぐい~と全身を伸ばす小鈴はいつの間にか制服から学校指定の体操着へと着替え、驚いたような顔を見せる。だが大竹丸は毛ほども気にしていないのかあっけらかんと笑う。


「まぁ、大丈夫じゃろ! 八割は埋めたと思うからのう! 呵呵呵!」


「すっげ……。私なんて六割しか埋められなかったのに……」


 体力テストを前に落ち込むルーシー。


 なお、小鈴は七割、あざみは九割の回答欄を埋められたらしい。とはいえ、その回答があっているかどうかはまた別問題だ。


「ふむ。気持ちを切り替えて体力テストに望む事じゃ。最後まで諦めねば意外と道は開けるかもしれぬぞ」


「そ、そうだね! よしっ、気合い入れてくぞ!」


 今泣いたカラスがもう笑うではないが、大竹丸の一言でルーシーも吹っ切れたようだ。両の手で拳を握り、その身にやる気を漲らせる。それを見て、あざみがひっそりと微笑む。


「ルーシーはエンジン掛かるまでが遅い。でも動き出せば早いからもう心配は要らない。良かった」


「というか、むしろ心配なのはあざみちゃんの方だよね?」


 小鈴が尋ねるが、あざみは平然とした表情である。


「大丈夫。私にはペペぺポップ様とだーりんの加護がある」


「あ、うん……」


 それ、まだ続くんだという言葉は心の奥へと飲み込んで、小鈴は曖昧な笑みを浮かべるしか出来なかった。


 ★


「よし、標的ターゲットはいるな」


 校庭脇の木陰となっている場所に陣取りながら、上下黒ジャージのみつ編み少女の姿を確認して、成田はそう零す。今のところは仲間と談笑して穏やかな感じではあるが、ここから先どうなるのかは誰にも分からない。楽勝で試験を通過するのか、それとも……。


「その標的って言い方はどうなんです? あと一応把握していると思いますけど、これからの動きを説明しておきますね」


 体力テストが実施されているのは校庭と体育館の二ヶ所だ。人数も人数なので受験者は何人かのグループに分けられ、校庭と体育館の検査場所を転々としながら探索者に必要だと思われる能力を測られる事となる。


 ちなみにこの試験は受験者間での順位で点数が付けられるものではなく、WDSUが掲げる探索者の身体能力における平均指標というものをどれだけ上回れるかで点数が決まってくる仕組みであった。


「ほう。俺たちが追跡する標的は、まずは百メートル走からか。いきなり頑張り過ぎて後のテストでへばらないでくれよ……」


「その後は体育館に移って攻撃力測定、跳躍力測定、反復横跳び、視力聴力の測定、そして最後にグラウンドに戻って持久走ですね」


「まぁ、その中でも今回の百メートル走は大事だ。早く走れるかどうかは探索者として強さのバロメーターにされることも多いからな」


 敵から逃げる場合、敵に素早く接近する場合、また仲間の助けに入る場合にも早く駆けるというのは重要な要素となってくる。百メートル走のタイムでその全てが測れるわけではないが、目安にはなる数字だ。


「お、五人並んで一斉にといったところか。ん、一人目立つのがいるな。あれは……」


 五人がスタートラインにつく中で一際目立つ金髪の少女がいる。彼女の姿は確か朝にも確認したはずだ。


「加藤ルーシー。アメリカ人の父と日本人の母のハーフのようです」


「あの目立つ髪色はそれでか。だがハーフというのであれば、身体能力も高そうだな。何しろ、外国人と日本人では体格からして違ってくる」


「そうですね。凄いものを見せてくれるかもしれません」


 二人が話している間にも全員がクラウチングスタートの体勢に移行する。さながら今だけここは陸上競技会の会場のようだ。やがて乾いた破裂音が響いて全員が一斉に駆け出す。長い手足を使った大きなストライド。やはり日本人の体格とは発育が違うのかルーシーの走りは後半になればなるほどに伸びてきていた。長い手足がぶんぶんと振られ、そしてまた一部分、高校生とは思えない程に発育した部分もぶるんぶるんと揺れている。そしてルーシーはそのままゴール。結果は、男性陣もいたのだが、彼らを差し置いての一位であった。


「……た、体格が違うからな」


「良かったですね。凄いの見れまして」


「おい、待て。それを言ったのは甲斐二尉だからな。俺はただ……」


「変態」


「ぐっ……!」


 ちょっと目の保養にしっかりと見てしまっただけあって反論の言葉が出てこない。成田は話題を変えるべく次の走者に目を向ける。


 そして言葉を失った。

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