第二章 鬼、B級ダンジョン『永久機関工房』を攻略せんとす。
第22話 鬼、一次探索者資格試験を受けんとす。
小鈴の通う高校が夏休みになって一週間後。その日、三重県内にて一斉に一次探索者資格試験が催された。試験会場となるのは最寄りの高校や大学などの大勢の人間が受験することが出来る施設であり、大竹丸たちは自然と小鈴の高校にて受験することが決まった。試験科目は筆記試験と体力テストの二種類。その合計得点が七十点以上の者が二次資格試験である実地試験に挑戦出来る。
「ようやくこの日が来たのう。……小鈴よ、体調はどうじゃ?」
「うん! 今更足掻いても仕方ないって開き直ったから良く眠れた! 万全だよ!」
お目々ぱっちりで爽快な気分の小鈴。大竹丸はそんな小鈴と連れだって小鈴が通う学校への通学路を歩いていた。小鈴が通う高校は坂の上にあるのか急な坂道が長々と続く。
「しかし長い坂じゃのう。小鈴はいつもこんな坂道を歩いておるのか」
「うん。でも神通力使って歩いているから結構楽チンなんだー」
「まぁ、小鈴の役に立てているようならば何よりじゃ」
満足げに頷く大竹丸。そんな彼女も坂道を涼しい顔をしつつ歩く。
「それよりタケちゃんは今日もジャージなんだね。しかも伊達眼鏡まで付けてるし」
ゆったりとしたペースで坂道を歩く大竹丸は小鈴の言う通り、本日も野暮ったい黒のジャージの上下に瓶底眼鏡という格好であった。更に絹のような黒髪を隠すかのように真ん中で分け、両脇に三つ編みにして肩に垂らしている。昭和の女学生かと突っ込む程には時代から取り残された格好ではある。
「妾の容姿は人一倍優れておるからのう。これぐらいしておかぬと変なストーカーが付いてきてやまないのじゃよ」
「まぁ、タケちゃん美人さん過ぎるからねー。私もちょいちょいタケちゃんに抱きつきたくなるもん」
「それはそれでどうなのじゃ……」
多くの人が試験会場に向かう雑踏の中で思わず渋い顔をする大竹丸だ。それを見てころころと笑う小鈴だが、やがて何かに気付いたのか目を瞬かせる。
「あっ。あれ、ルーシーちゃんとあざみちゃんだ」
「なんじゃ、小鈴の友達か?」
「うん。ちょっと追い付こう!」
言うが早いか小鈴は駆け出していく。この坂道を元気なことだと苦笑しながら、大竹丸もその後を追う。やがて見えてきたのは綺麗な金髪の少女と日本人形のようなおかっぱ頭の少女の凸凹コンビの後ろ姿。その内の金髪の少女が何やら気炎を吐くかのように握り拳を握っている。
「くっそー! この試験勉強のせいで夏休みを一週間も損したぁ! こうなったら絶対受かってやるからなー! そしたら海行って遊び倒してやるー!」
「受かったらダンジョンに行くと言わない辺りが凄くルーシーっぽい。でも、期末試験と期間を空けずに更に資格試験というのは止めて欲しいのは同意。おかげで成績ががた落ち。みんな落ちていたおかげで順位がそこまで下がらなかったのは良かったけど」
「私はそもそも下の方の順位だから、今回あまり勉強してなくても順位はそんなに変わらなかったぜ!」
「それは根本的に駄目だと思う」
二人で和やかに話しているところに小鈴が背後から襲いかかる。
「おはよー! 二人とも! 夏休みに入ってから全然会えなかったから寂しかったよー!」
「お、小鈴か! おはよ! ――ってか暑苦しいから抱きつくな!」
「ハヨスー。小鈴の抱きつきはもう癖だから諦めた方が良いかも」
金髪碧眼の加藤ルーシーは本日は薄手のシャツの上に軽い半袖パーカーを羽織り、下は白い脚が眩しい膝丈までのスパッツといった格好だ。そのパーカーに小鈴が取り付いた為、振り払おうとぐるぐると回る。
一方の柊あざみは可愛らしい髑髏がデザインされた顔出し着ぐるみといった服装。そのパーカー部分を下ろして歩いているのだが、思わず『そんな格好で暑くはないのだろうか』と心配してしまうような姿であった。
ちなみに小鈴は夏休み中にも関わらず学校指定の制服姿だ。どうやらその方が筆記試験に気合いが入るということらしい。
「ふむ、仲良きことは美しき哉」
小鈴たちがじゃれあっていると、ようやく追い付いた大竹丸が然もありなんとばかりに頷く。それを見たルーシーの動きが思わず止まっていた。
「え? 誰? 小鈴のお姉さん?」
「私が御世話している凄い人でタケちゃんだよ!」
「うむ、小鈴の友人のタケちゃんじゃ! 皆、宜しく頼む!」
「『じゃ』って語尾の人初めて見たかも……。あ、私は小鈴の友人で加藤ルーシーと言います。見た目はこんなんですけど、バリバリの日本人です。ヨロシク御願いしまーす」
「ん、柊あざみ。貴女はペペぺポップ様?」
「いんや」
ペペぺポップとはなんぞやと思いつつも大竹丸は即答。ただ語呂はいいなと思ったぐらいだ。
「そう。ペペぺポップ様っぽさを感じたのだけど……」
「ほう。妾と同じ気配をさせるとは、そのペペぺポップ様とやら相当な者じゃな。誇るが良いぞ」
くらり、とあざみの身体が揺れる。勉強疲れで倒れそうになったのだろうかと、大竹丸は慌ててその小さな身体を支えるのだが、あざみは肩を震わせて何かを堪えるようにして笑っていた。
「ぐふ、ぐふふ……。遂に来た……。初対面でもペペぺポップ様の良さが分かる人材が……。結婚、結婚しなきゃ……」
「疲れとるのか? なんじゃったら校門までおぶっていってやろうかの?」
「しかも、優しい……。ぐふふ……」
「タケちゃん、大丈夫だよ。あざみちゃんはたまにそうなるから」
「そうなのか? それなら立たせるぞ」
「はい、だーりん。ぐふふ……」
「だーりん? んん?」
シャキッと地面に立つなり、ぴとっとくっついてくるあざみの姿に大竹丸は困惑顔だ。
「小鈴の友達は変わった娘じゃのう……」
「うん! 学校でも変わり者で有名だよ!」
「えーと、一応あざみは悪い奴じゃないんで、そのまま放っておいてあげると有り難いかなぁと……」
「私の王子様……」
「そうか。あと妾は女なのじゃが……」
少女四人姦しいままに坂道を上っていく。そんな彼女たちはそこそこに目立っていたのだが、そんな彼女たちとは真逆に、とことんまで存在感を消した二人組が彼女たちの後方五十メートルのところで付かず離れずの距離を取って歩いていた。
「見る限り普通の女子高生ですよね」
ポツリとこぼすのは、チューリップハットに黒縁眼鏡を掛けた茶髪のボブカット。そしてボーダー柄のシャツとデニムジーンズといった姿の女性。見掛けだけで言うならば何処にでもいそうな休日のお母さんといった格好の女性だ。だが彼女は普通の主婦というわけではない。
「甲斐二尉、憶測だけで物を言うべきじゃない。一佐が世界最高レベルというものがどういうものか見てこいと仰られたんだ。恐らくとんでもないものが見られるはずだ。あと、彼女の格好は普通の女子高生じゃない。ふた昔前ぐらいの女子高生だ」
主婦のような女性に注意を促したのは、髪型を七三分けにし、髭を生やしたサングラスの色黒男である。結構な巨漢でゆったりとした半袖と半ズボンを履いているのだが、そこから見える手足は血管が浮き出す程に筋肉質であった。
「それはちょっと思いましたけど……。それよりもとんでもないものが見られるというのは成田一佐の勘ですか?」
「そうだ」
「それは期待が持てそうです」
甲斐と呼ばれた女性はにこりと微笑む。彼女はこの男が勘を外したことがないことを知っていたのだ。そして、その勘は恐らく今回も当たるに違いない――そう思っている。
「そもそも太田一佐が東部方面隊のダンジョン対策部攻略一課の仕事を休んでまで行けと言ったんだ。普通に終わるわけがない。それに加えて不正がないことも監視しろと言われた。あれは多分誰かの肝入りで動いているぞ」
東部方面隊ダンジョン対策部攻略一課。
彼らは押しも押されもせぬ関東、甲信越を中心に活躍する自衛隊のダンジョン攻略部隊の最精鋭である。民間トップの『蒼き星』が新宿ダンジョン五階層で稼いでいる中、彼らは一年分を先取りし、新宿ダンジョン二十三階層で戦っている猛者である。そんな自衛隊の攻略一課の中でもエースと呼ばれているのが、
「誰かって誰です?」
「知らん。
「楽しみです。……あ、ちなみに太田一佐からの計らいで、午前中の筆記試験の間は学校内の施設で待機出来るように休憩場を用意してくれたようです」
「了解。午前中はそこで待機する」
やたらと気配の薄い二人は、互いに頷きあって歩を進める。高校へ向かう二人組の組み合わせとしては不自然だが、二人の他にも様々な格好をした大人が歩いているので違和感は少ない。そんな彼らはこれから起こるであろうことを少しだけ期待しながら歩を進めるのであった。
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