幕間 大鬼様、胎動

 さて。鈴鹿山の山奥で和気藹々と大竹丸たちが勉強をしている時分に、都内にある知る人ぞ知る料亭には錚々そうそうたる顔ぶれが集まっていた。現役の内閣閣僚に加え、野党でも多数派の代表クラスが顔を揃えている。リーダーの中のリーダー。そんな顔ぶれが揃っていたにも関わらず、彼らは何故いきなりこの場所に呼び出されたのかが分からずに戸惑いの声を上げていた。


「亀井大臣。君、総理の懐刀ふところがたなだろう。なんで今日集められたのか分からんのかね?」


「知りませんね。私も何の説明も受けずに此処に来るようにと総理から連絡があっただけですので」


「ということは、今回の件はやはり総理自らが各代表と大臣を集めたということかね?」


「何の為に?」


「一ヶ月後に迫ったダンジョン探索法に基づいた予算案に対する根回しじゃないのかね」


「それでしたら先に資料が渡されているはず」


 喧喧囂囂けんけんごうごう。彼らが押し込められた大人数用の和室は弁が立つ者ばかりが集められた為、意見がまとまることもなくただただ活気に溢れていた。だがそんな活気も次の瞬間にはぴたりと止む。


「すまねぇな、皆、遅くなった」


 襖を開けて姿を現したのはロマンスグレーの髪を無造作に撫で付けたガタイの良い男だ。顔に刻まれた皺からも時代を感じさせるその男こそが現内閣総理大臣である伊勢新一郎であった。


「総理、我々を呼び出しておいて遅刻とは!」


「すまねぇ。どうしても胃薬が欲しくなっちまって薬局に寄ってたら遅れちまったわ。お前さんらもいるかい? 少し余分に買ってきてあるから遠慮せずに言えよ?」


「そんなことより、我々を呼び出した理由をお聞かせ願いたい!」


 普段の国会審議よりも激しい口調に、伊勢は水無しで飲めるタイプの胃薬を口内に放り込むとボリボリと噛み砕いて飲み干す。そして、部屋にいる人物全員を見渡せる位置の座布団の上にどかりと腰を下ろしていた。


「分かった分かった。事態は緊急を要するから手短に言うぜ? 此処にいる全員が知っているわけじゃねぇとは思うが、大鬼様オオオニサマっていうのは知ってるかい?」


「「「――――ッ!」」」


「オオオニサマ? なんだそれは?」


「鬼という以上、人ではないのでは?」


「秋田のなまはげのような存在か? だが聞いたことが無いぞ……」


「総理、その大鬼様というのは一体……?」


「なんだい、亀ちゃんも知らないのかい? まぁ、簡単に説明すると歩く戦術兵器だわな。核なんてオモチャでキャッキャッしている西も東も可愛いもんだと思えるぐらいの日本の最終兵器よ。あれが動けば世界は瞬く間に焦土になるんじゃねぇの? っていうぐらいヤバい」


 伊勢総理の言葉に「本当にそんなことが?」と半信半疑の意見が飛び交うのだが、伊勢総理同様にその大鬼様を良く知る……特に年嵩の者たちは顔を青褪めさせる。彼らは知っているのだ。その大鬼様というのが伊勢総理が言うように非常に『ヤバい』存在だということを……。


「総理、分かりました。とりあえず、その大鬼様とやらがいると仮定して話しますが、その大鬼様と今回我々が集められたのには一体何の関係があるんですか?」


 この中では比較的若い大臣の言葉に「そう、そこよ」と言いながら伊勢総理は胃薬をツマミのように口内へと放り込む。ぼりり、と錠剤が噛み砕かれた音が辺りに響く。


「大鬼様がダンジョン探索者として商売を始めるという連絡を受けた」


「――素晴らしい!」


 年嵩の代表一人が思わず喝采を上げる。それにぎょっとして大鬼様を知らぬ者たちは戸惑うのだが、分かっている者たちは同意するように深く頷いた。


「大鬼様が動くとなれば、ダンジョン産の物品も大量に供給されることになるだろう。現状の馬鹿みたいに高い市場の価格破壊が起きるぞ」


「それだけではない。史上初のダンジョン攻略も悠々可能だ。これ以上自衛隊員に負担を掛けないで済むとなると国防費も大分助かることになるだろう」


「そもそもその情報は他の経済界のトップは知っているのかね? 下手をすると大鬼様の取り合いになるぞ?」


「大鬼様の容姿と強さがあれば一大宗教が興らんかね? 下手すると日本転覆もあり得るのでは? あ痛たた……。すまん、総理、私にも胃薬をくれんか?」


「おうよ」


 知っている者たちはさも当然とばかりに意見を出すが、知らない者たちはいまいちピンと来ないのか、その会議の熱についていけていないようだ。やがて、若手の大臣がおずおずと手を上げる。


「すみません。その、大鬼様というのはそんなに凄い方なのでしょうか? 私には皆さんが過剰評価をしているようにしか見えないのですが……」


「あぁ、なんだ。急な話で戸惑うのは分かる」


 伊勢総理は自分も大鬼様と会う前はそんな感じだったなと思い出しながら、どう言えば若い大臣にも伝わるだろうかと考える。


「そうだなぁ。お前さんは漫画は好きかい?」


 唐突な切り出しに若い大臣は戸惑う。総理の意図が見えなかったからだ。


「え? あ、はい。人並みには」


「じゃあ、バトル漫画とか読むかね? ドラゴン○ールとか」


「はい、読んだことあります。面白いですよね」


「大鬼様はそういう世界から抜け出してきたような方だと思っていい。人造○間クラスだ」


「えぇ……?」


「見た目はすこぶる可愛いんだがなぁ……」


 あれは女神とかに近い神々しさだと伊勢総理は思う。実際、その大鬼様は神に近しい力を使う為に姿形を改造している最中だ。その容姿が美しく、神々しいと人々が感じるのもその為である。


「まぁ、それはともかくだ。今回此処に集まって貰ったのはそんな大鬼様についてだ。幸いなことに大鬼様は探索者になることをいの一番にオイラに話してくれた。おかげさまでこちらも早目に動くことが出来る」


「動くって何をするんですか?」


 亀井大臣の言葉に、伊勢総理は太い笑みを浮かべる。


「ダンジョン探索法に追加で政府公認探索者の項目を作る。それによって大鬼様が他に囲われるよりも先に日本政府で囲うんだよ」


 空気が蠢くようにして、場がどよめく。それは大胆な政策に対する歓喜の声が半分の、困惑の声が半分といった様相だ。だが伊勢総理はそんなもの関係ないとばかりに押し切る姿勢だ。


「お前ら、現在の一番稼ぐ探索者ってのはどれくらい稼ぐか知っているか? 大野大臣、お前さんダンジョン法の担当だろ。どれくらいか分かるか?」


「民間でのトップですと『蒼き星ブルースフィア』というパーティーが稼いでいますね。新宿ダンジョン五階層のミノタウロスを日に七匹は狩っている。DPにすると一日に二百十DPといったところです。月換算で週休二日計算ですと四千二百DPですね」


 月給としては四十二万円。だが、危険手当ては付かないし、パーティーの頭数による利益の分配ということも含まれてくる。それが高いか安いかというと安い方だろう。だが、今はダンジョン産アイテムの特需が高まっていることもあって、アイテムが高値で売れる。


「四千二百DPで一番安い千DPの魔法のスクロールを四つ買ったとして、売値が一つだとしたら月給としては百万円。四人パーティーですので一人頭二十五万といったところでしょうか」


「命をかけての値段がそれだと意外と少なく感じるな」


 とはいえ、これには重大な情報が抜けている。


「彼らは毎日大体三時間くらいでその仕事を終わらせるそうです。早い時だと二時間半だとか」


「「「「「!」」」」」


「週休二日で、働く時は集中して一日三時間。それで月収百万かぁ。良い仕事してんねぇ」


「それだけじゃないです。彼らには専属スポンサーから払われるスポンサー料とダンジョン内の様子を映した動画を動画サイトにアップすることで広告料なども手に入れています」


「それはとんでもないほど稼いでいるんじゃないのか?」


「あぁ、聞いた話によればファンクラブとかもあるらしいからな。動画の広告料は相当なものだろう」


「ハハハ、流石はトップ探索者といったところかねぇ。だが甘い――」


 ぴしゃりと伊勢総理は断じる。こんなものではない。『本物』が探索者になった時の影響とはこんなものではないはずだ。


「――この程度がトップなら大鬼様が探索者になったのなら探索者全体に革新イノベーションが起きるぞ」 


 ごくりと誰かが唾を嚥下した音が鳴る。実際にこの大鬼様と呼ばれる存在は非公式ながら一日で約五百万DPも稼いでいた。一日に二百そこそこのDPを稼いでるパーティーとは格が違う。そんな探索者が一流の標準スタンダードとなる世界が迫っているというのだ。


「とにかく急いで追加法案を用意する。野党も今回ばかりは邪魔するなよ。大鬼様を迎え入れられるかどうかは国益にそのまんま繋がるからな。日本の未来を考えるなら出せる限りでの全力の条件を出す」


「そこまで言うなら見届けようかとは思うがのう……」


 野党の代表の一人、好好爺然とした爺様が歴史を感じさせる垂れた眉に隠れていた鋭い瞳をぎらつかせて喋る。


「大鬼様を迎えるのにぬるい条件であったのなら容赦はせぬぞ?」


「分かっているさ」


 言外に『最高の条件を出せ』と言われて伊勢総理は更に胃薬を口内に放り込む。この法案はきっと市民からは理解されずにマスコミからは散々に叩かれるだろうなということを感じながらも、これがきっと日本のためになると考えて伊勢総理は身を震わせるのであった。

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