第21話 鬼、色々手を回さんとす。

「政府のお偉いさんに聞いてみたのじゃが、今はまだ、ダンジョン内での商売に関しての法律というのは決まっていないそうじゃ。じゃから後々で決まったならばそれに従えばえぇらしいぞ」


「それ、タケ姐さん何て言って聞いたの?」


「ダンジョン内で商売をするのに資格が必要かと尋ねたのじゃが?」


「それ、他の探索者がやっていることと同じことだって絶対勘違いされてるよ?」


「なんじゃ? 他の探索者がやっていることというのは?」


 何で分からないかなーとボヤキつつノワールは解説する。


「今、探索者たちはDP産の不思議アイテムをお金持ち相手に売り付けているでしょ? でもDP産のアイテムってダンジョンの外に出したら劣化するじゃない。だから、今の探索者って全員ダンジョンの中で依頼人と取り引きをしていると思うんだよね。だから、さっきのタケ姐さんの聞き方だと、そういった一般の探索者と同じようなことをしようとしていると捉えられちゃうわけ」


「ふむ。妾の意図は向こうに伝わっていないと?」


「多分だけど、そう思うよ」


「まぁ、言質は取ってあるので構わんじゃろ。そもそも話をちゃんと聞きもせずに妾をぞんざいに扱うのがいかんのじゃ」


「ぞんざいに扱われたんだ」


「慌てた感じですぐに切られたからのう!」


 最早利用価値が無いと思われている面倒臭い存在などそんな扱いなのだろうか。逆に現在の大竹丸の心情としては「しめた!」といった感じなのだろうが……。


「後は一点、注意としてダンジョンに入るには探索者資格が必要じゃからそれはきちんと取得して欲しいと言われたのう」


「ガッツリとダンジョンに関わっているタケ姐さんに資格? 今更感が凄いよね」


「むしろ、ダンジョンに関する知識で言ったのならば、現状では人類最高峰なのではないか? そうでなければそもそもダンジョンの設計などには関われないだろう」


 今更資格などとは片腹痛いとばかりにせせら笑うノワールとベリアル。とはいえ規則は規則だ。


「仕方あるまい。宏に頼んで探索者資格試験とやらの申請書類と試験勉強出来るような資料でも用意して貰おう」


「うわぁ、大変だぁ」


「良く分からんが頑張るが良い。ところで宏というのは何者だ?」


 小鈴の父親であり、この隠れ里の里親でもある宏のことを説明してから、大竹丸は仕事中の宏に遠慮なしに電話を掛ける。その後、宏が田村家で管を巻くことになろうなどとは、大竹丸は知るよしもないことであった。


 ★


 大竹丸が宏と連絡を取ってから数日後の夕方――。


「おーい、タケちゃんいるー?」


「おお、小鈴! おるぞ! 上がってこい!」


 探索者資格試験の申請用紙と軽い情報誌くらいはありそうな紙束を持って小鈴が現れる。大竹丸は渡された申請用紙にさらさらと記入を済ませると、それとは別に渡された紙束を見てふぅむと唸りを上げる。


「これが探索者資格試験の試験範囲とはのう。思っておったよりも量があるようじゃ……」


「そうなんだよねー。だから一緒に勉強しようと思って私の分も持ってきたんだー」


 じゃん、ともうひとつの紙束も見せつける小鈴。尚、この紙束は日本探索者協会のホームページからダウンロード出来る『探索者が知っているべき規範』という奴で、ダンジョン内での常識的な行動から、モンスターの弱点、探索者業で儲けた分の個人所得の申告から税金の計算方法まで様々な分野が載っている規範書類ルールブックであった。当然、探索者資格試験の筆記試験の問題はこの書類に記載されている中から出題されることとなる。この夏に探索者を目指す者たちなどは今頃目を皿にして食い入るようにしてこの書類を見ているに違いない。


 ちなみに初年度の試験であるからなのか、試験内容はこの書類を丸暗記出来れば七割は取れる……という噂がネット上では囁かれているらしい。


「タケ姐さんー、ちょっと縁側で夕涼みさせてねー……って、あれ。小鈴ちゃんだ。久し振りー」


「む、小娘ではないか。息災であったか」


 ――と。


 紙束と格闘を始めようとする二人を前に何やら浴衣姿で現れたノワールとベリアル。どうやら彼らは彼らでダンジョン内での温泉生活を満喫しているらしい。湯上がり姿で大竹丸の家の縁側にひょいと現れてみせた。


「あ、ノワールさんにベリアルさんもお邪魔してますー」


「学校終わってからこっち来たの? あ、ベリアル座ってていいよ、ボク飲み物取ってくるから。タケ姐さんも小鈴ちゃんも何か飲みます?」


「すまぬな、元マスターよ。我は毒ぺで」


「妾も毒ぺじゃ」


「二人はそうだろうと思いましたよ。小鈴ちゃんは?」


「毒ぺ以外の選択肢があるんですか?」


 大竹丸の家の冷蔵庫には毒ぺが山のように常備されており、それ以外が入る空間スペースなど無かったと記憶している小鈴だ。だから、ノワールの問い掛けに思わずそんな返事をしてしまった。


「一応、最高級のロイヤルミルクティーを用意したよ。DP産だから結構味が落ちるけど……。それでも元が良いからそこまで飲めないほどじゃないかな」


「じゃあそれでお願いします」


「はーい」


 最悪、お湯を沸かして白湯でも飲もうかと思っていた小鈴としては有り難い話である。勉強用に使う足の短いテーブルと座布団を大竹丸と協力して運んできて、用意が出来たところにさっとティーカップが置かれる。


「はい、お持ちどうさま。ここに置いときますよ」


「有り難うございます」


「有無。くるしゅうない」


 どんぴしゃりの瞬間タイミングで気配りの出来る少女ノワール……いやノワールである。


(けど、チョイスがミルクティーって時点で女子力高いような……?)


 指摘したら多分膨れてしまうので、声には出さずに無難に有り難うと礼を言う小鈴。その行動は恐らく正解である。そしてそこから暫くは紙を捲る音と美味しそうに飲み物を啜る音が響く。そんな中、大竹丸は何やら見つけたのか紙に向けていた顔を上げていた。


「のう、小鈴。この三ページ目の所にダンジョンからモンスターは未だかつて出てきたことが無い為、自力でダンジョンから抜け出すことはまず考えられませんとか書いてあるんじゃが……」


 ちらりとノワールを見る大竹丸。


「えぇ? そんなこと……本当だ。書いてある」


 ちらりとベリアルを見る小鈴。


「ちょっと何ですか二人して……。チラチラこっち見て……」


 そんな視線が気になったのか、ノワールがしかめっ面を向けてくる。だがそんな顔もどこか可愛いのだから彼は天然である。


「いや、モンスターのくせにダンジョン抜け出しておるなーと」


「それはその記載が間違っているんですよ! モンスターはその気になれば普通にダンジョンから出れますから! ただダンジョンマスターがそう命令しないからやらないだけで!」


「なんでやらないんですか?」


 小鈴のもっともな質問にノワールは苦い顔をする。


「一応、それはモンスター大暴走スタンピードってダンジョンマスターのテクニックのひとつなんですけど、ダンジョン外で多くのモンスターを放逐して多くの人間に犠牲を出してDPに変えるっていう荒業なんですよね。でも、それをやるとダンジョンで蓄えていたモンスターが居なくなっちゃうし、人間社会には危険なダンジョンだと判断されて、人が入ってこなくなるか、精鋭を送り込まれて攻略されちゃうかのどちらかのパターンになると思うんです。とにかく危険性リスクが高い技なんですよねー。特に大暴走後にダンジョンデュエルを申し込まれたら目も当てられないし……。だから、まともなダンジョンマスターだったらモンスター大暴走なんて使わない。だから、モンスターがダンジョンから出てこないって認識が定着してるんだと思いますよ。思い込みなので危険ですけど」


 なるほど。モンスターを外に出すにもリスクがあるらしいと知って感心する大竹丸たち。だがそれでは、このノワールたちはどういう立ち位置なのだろうと気付いて追加で尋ねてみたところ……。


「ボクはダンジョンマスターだから普通に自分の意志で出れますから。ベリアルはタケ姐さんの使役モンスターになったから、ダンジョンマスターの指示とか聞かないし、それでじゃないです?」


 どうやらそういうことらしい。


「しかし、そうなるとそういうことなのか?」


 ベリアルがどこか感心するような表情で顎を撫でる。だが理解の及ばないノワールはきょとんとした顔だ。


「そういうこと? どういうこと?」


「いや、聞く限りではモンスター大暴走とやらは後が無くなったダンジョンマスターの最後の手段のようなものではないか」


「まぁ、認識的には合っているかな」


「そこで元マスターが数日前に言っていた話よ。他のダンジョンマスターがダンジョンデュエルを仕掛けてくるだろうと言っていたのに全く仕掛けて来ない。これは元マスターが三百五十万も損失を出すようなダンジョンマスターだから、彼らは待っているんじゃないのかと思ってな」


「え?」


 つまりベリアルの話を要約するとこうだ。


 ①最初に五百万DPも貰ったS級ダンジョンのダンジョンマスターにはダンジョン運営の才能がなかった。


 ②一年間何もしなくても三百五十万DPも損失を出している。


 ③このまま放置していたら勝手に追い詰められるから、才能の無いダンジョンマスターはきっと博打的にモンスター大暴走を行うだろう。


 ④モンスター大暴走でモンスターがいなくなったところでダンジョンデュエルを仕掛ければ楽勝じゃん。


「舐められたものだねぇ!? ボクぅ!?」


「まぁ、その推理通りであるのならば平和で良いではないか。能ある鷹は爪を隠すとも言うしのう」


 一人憤慨するノワールを宥めながら大竹丸たちはハハハと笑う。そんな笑い声につられるようにして、夕暮れ時の涼やかな風が縁側を通り抜けていくのであった。

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