第166話 鬼、真理の探究者に挑戦す。②
「だから、どうしたぁ!」
大竹丸が神に対して二の足を踏む中、いち早く吼えたのは天堂寺だ。
彼は、二本指で押さえられていた日本刀の腹を蹴って砕くと、その砕いた切っ先を神に向かって突き入れようとする。
だが、神は二本の指で挟んでいた日本刀の切っ先をペン回しのように軽く回すと、その切っ先で天堂寺の突きを防いでいた。その早業に天堂寺も思わず壊れた刀を引くしかない。
「ちぃっ! 空間に干渉する神通力だけじゃなくて、近接戦闘もこなせるのかよ!」
「かといって、遠距離で何とか出来るとも思えないけどね!」
天堂寺に代わって前に出てきた茨木が、スカートの中から短刀二刀を取り出して素早く斬り掛かる。
特殊なステップを踏み、相手を惑わすような演武のような剣――。
斬り合いの最中に感覚を惑わすような不思議な剣は、長く打ち合えば、打ち合うほどに相手の感覚を不確かにしていく。
だが、神には大して効いていないようだ。
茨城の変幻自在の二刀を、天堂寺から奪った刀の切っ先一つで次々と受け止める。
「嫌になるね! こっちは二刀だっていうのに、まるで通らないなんてさ!」
「なかなかに面白い芸であるが、私には通じんよ」
「くそっ、刀を折っちまった! 茨木、スカートの中に替えの刀はねぇか!」
「ボクのスカートを何だと思っているのさ! 四次○ポケットじゃないよ!」
引いた天堂寺が折れた刀を投げ捨てる中で、何かが天堂寺の視界の隅から飛んでくるのを徐ろに掴み取る。それは、血で出来た刀であった。
「酒呑の、使え!」
「大嶽丸……」
それは、大竹丸が即席で作った刀だ。それを片手でひゅんっと振り回したところで、天堂寺は神の背後を取ろうとしていた大竹丸に向き直る。
「ありがとう。家宝にするぜ……」
「するな! うつけが! それで戦えと言うておるんじゃ!」
叫ぶ大竹丸も三明の剣を以て、神に斬り掛かるが、神はこれをステップを踏んで素早く回避。逆に踏んだステップを利用して、大竹丸に足払いなどを仕掛けてくる。
しかも、これが足払いの威力ではない。
大竹丸が小通連を縦にして防ぐが、その衝撃に小通連が弾かれる程だ。
「今ので脚が斬れたなどといった事は無いのかのう!」
「残念ながら、そんな間抜けな蹴り方はしていないよ」
「じゃったら、これはどうじゃ!」
顕明連の力を借りて、大竹丸の姿が空間を渡る。
突如として全く違う方向から現れた大竹丸ではあるが、神はそんな大竹丸の位置をしっかり捉えていたかのように、大竹丸の方向へと既に向き直っていた。
「空間を使った神通力は私には通じぬよ」
「だったら、三方向からの同時攻撃ならどうだい? 酒呑の君!」
「応よっ! 喰らいな!」
大竹丸、天堂寺、茨木の三人が三方向からほぼ同時に斬り掛かる。
だが、神は特にたじろぐ様子もなく相対する。
大竹丸の上段からの一撃を半身になって躱し、正面から挟み込むようにして振られた茨木の二刀を両手で摘まんで防ぐ。更には背後から斬り掛かろうとしてきた天堂寺に対しては背面蹴りで吹き飛ばす。
「ごはっ!?」
蹴られた天堂寺の腹からはメキメキと骨が軋む音がし、口腔から血反吐を吐いて闘技場の壁にまで吹き飛んでいく。やはり、神の攻撃は見た目よりも余程重いらしい。
「酒吞の君! うわっ!?」
集中の切れた茨木の二刀を神が摘んで圧し折ると、その二刀の切っ先をおもむろに茨木に向かって投げつける。
茨城は上体を逸らして、それを何とか躱すが体勢が崩れたところを神は見逃さない。
「これで二人目だ」
「そうはさせぬ!」
神の左右からまるで挟み込むようにして迫るのは、二人の大竹丸だ。
分け身の術で分身体を呼び出した大竹丸は分身で左右から挟み込むように挟撃し、本人は上空に空間転移して一気に上空から襲い掛かる。
だが、次の瞬間には神の頭頂部にギョロリとした巨大な目が現れる。
「なんじゃ⁉」
「私の真理を以てすれば、人という種を進化させる事など造作もないこと。つまり、私に死角はない」
左右から襲い掛かる大竹丸たちの攻撃をバックステップで躱す神。
上空から襲い掛かった大竹丸が斬撃を空振る中を、神が音もなく背後に近付いて、その脳天に踵を落とそうとする。
だが、大竹丸の小通連が即座に反応して跳ね上がると、神は踵落としを大竹丸の脳天ではなく、闘技場の地面へと落としていた。
衝撃に砂が間欠泉のように噴き上がる中で、大竹丸はその砂の勢いに抗えずに宙を舞う。
「くっ! 質でどうにもならぬのであれば、量じゃ!」
大竹丸が空中で印を組み、呪を唱えると空中に千人以上の大竹丸の分身が出現し、全員が空を駆けて神の下へと殺到する。その分身の手にはいずれもが三明の剣が握られている。
「物量作戦に潰れよ!」
「愚かな。その程度で私に傷を付けられるとでも?」
だが、神は自身の体の背面に四本の腕を新たに増やし、二面の顔を頭部に増やすと三面六臂の姿となって、各々の手に武器を生成して千人の大竹丸を迎え撃つ。
神通力を取り戻した千人の大竹丸は、風を操り、炎を操り、雷を操り、空間を操り、様々な手段を用いて神を攻撃するが、三面六臂の阿修羅となった神には隙など無いというのか、その攻撃の悉くが通じずに、逆に敗れていく事態に陥っていた。
少し離れた所から戦況を見守っていた大竹丸の本体も、この事態には生唾を呑むしかない。
「通じぬ……! このままでは一矢も報いれずに終わってしまうぞ……!」
ならば、どうする。
大竹丸の頭にあったのは、全世界に散っているであろう自身の分身を全て解除し、その経験と知識を自分の中にフィードバックする策であった。
アメリカでジムを鍛えた大竹丸や、南米や欧州、中国、ロシアにアフリカ、オーストラリアに渡った大竹丸など、各地にいるであろう大竹丸の分身――。
そんな彼女たちの分身状態を解除する事で、彼女たちの学んできた知識や経験が一斉に大竹丸に返ってくる。
これを行えば、大竹丸の力はすぐさま現状の数倍にまで跳ね上がる事が予想出来た。
(だが、たった数倍で神に通じるのじゃろうか……?)
大竹丸が懸念しているのはソコだ。
分身を解除する事で、大竹丸自身は今とは比較にならないぐらいに強くなる。
だが、その力さえもあっさりと神が越えてきたら?
それ以上の奥の手が大竹丸にはない。
それこそ、まさに詰みの状態だ。
大竹丸の息が上がる。
かつて、彼女が此処まで追い詰められたのは坂上田村麻呂に攻められた時以来の事だ。失敗すれば確実な死という状況にあって、大竹丸は不意に小鈴の声が聞きたくなっていた。
どのみち、自身の分身を全て解除すれば小鈴と会話することも難しい。
大竹丸はその最後の会話を求めて、小鈴の傍に侍らせていた大竹丸の分身に連絡を取る。
目を閉じ、耳を塞ぎ、分身体と同調すれば、目の前にはっきりと不安そうな表情を見せる小鈴の横顔があった。
場所は、大竹丸の武家屋敷の縁側であろうか。
心配そうに風雲タケちゃんランドの出入り口を見守っている。
周囲にはモンスター被害から逃れてきた人たちの為に建てられたであろう簡易のテントが幾つも並んでいた。
大竹丸はそんな小鈴に静かに声を掛ける。
「小鈴」
「タケちゃん? うぅん、分身ちゃんかな? なぁに?」
「違う、妾じゃ。神通力を使って分身の体を使って喋っておる」
「じゃあ、本物のタケちゃんなの⁉ 大丈夫⁉ 怪我はない⁉」
小鈴は心底驚いた表情で大竹丸を迎える。
彼女としては、大竹丸と出会えるのはダンジョンデュエルが終わった時であると思い込んでいた部分がある。
だからこそ、ダンジョンデュエルの真っ最中に大竹丸が連絡を取って来た事に一抹の不安を覚えていたのだろう。その表情は明らかに晴れやかとは言えなかった。
「任せろ、楽勝じゃ――と言いたかったのじゃがな。ちと、難しいかもしれん」
「難しいって……」
「最悪、妾は死ぬ」
いや、大竹丸だけではないだろう。
神に可能性を示せねば、大竹丸だけでなく全人類が淘汰される。
その事には触れずに、大竹丸は最後のお別れを言いに来たとばかりに言葉を続けていた。変に不安を煽る事は無いという、大竹丸の優しさであろう。
「じゃが、妾が死ぬような事になろうとも、アヤツに一撃は与える。それで全ては終いになるはずじゃ。とりあえずはな……」
神を撃退した所で、彼はまた真理の穴を探して地上に舞い戻るはずだ。
その時は大竹丸ではない誰かが撃退しなければならない。
果たして、そんな事が出来る者がいるのかどうか。
だが、それはもうすぐ逝く者にとってはどうでも良い問題ではあった。
大竹丸は気にしないようにする。
「その一撃を放つ前に、無性に小鈴の声が聞きたくなってのう。こうして、分身を使って小鈴に連絡を取ったというわけじゃ」
「タケちゃん……」
「変な心配をさせて悪かったのう。もし、妾が死んだとしても葬式は質素な奴で良いからな? 呵々」
「だ、大丈夫! タケちゃんは死なせないよ! 私が奇跡が起こるように祈るから!」
祈りで奇跡が起きたらどれほど楽な事か。
大竹丸は大して期待もせずに、小鈴との通信を遮断する。
見やれば、闘技場の上に立つ大竹丸の分身も数人にまで減っており、終わりが見え始めている状況であった。
だが、やられた分身体の経験も大竹丸の中に返ってきている。神の攻撃の癖や速度をまるで追体験したように感じ、覚え、それを自分の脳に染み込ませる。
大丈夫、そう簡単にやられやしない――。
大竹丸はそう自分に言い聞かせ、一歩を踏み出そうとした瞬間――……違和感を覚えていた。思わず闘技場の上方を仰ぎ見る。
(何じゃ……? いや、体が……)
体が金縛りにあったかのように動かなくなる中で、大竹丸は視線だけで上空を見つめていた。ビシビシっと空間に亀裂が入り、そこから何か細長い手のようなものが伸びてきたかと思うと、一瞬で大竹丸の体に巻き付き、その体を空間の亀裂へと引き上げていく。
(う、動けん……)
指一本動かせない中で、抵抗する事も出来ずに大竹丸はその空間の亀裂の中へと呆気なく吸い込まれてしまうのであった。
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