第121話 決戦桜島ダンジョン!⑬

 空気を裂いて走ったパチンコ玉を梟頭がひょいとかわし、次の瞬間には金色の鎧武者が空間ごと絶ち斬るかのように鋭い太刀筋で両断してみせる。


 先手を取ったのは、長尾絶だ。


 彼女は試すつもりで指弾を飛ばし、金色武者に向かって指を突きつける。


「剣の神、武御雷タケミカヅチ殿とお見受けした! 一手御指南願いたい!」


 そして、絶はすらりと木刀を抜く。その挑発行為は効果覿面であったようで、武御雷もそれに合わせて殺気を絶に飛ばしてくる。


「あぁ、本当に一席の指示通りにやるんだね……。だったら、俺の相手は御老人に付き合ってもらおうかな……。ケホケホ……」


 そう言って、ぬらりひょんに向かうのは景だ。彼は何の気負いもないままにモンスターの軍団相手に進もうとするが、それをさせじと上空から業火となった不死鳥が襲い掛かってくる。


 だが、強烈な炎を吹き飛ばしたのは、同じく強烈な烈風だ。


「悪いが、君の相手は僕たちだ」


「二人掛かりを卑怯とは言わないわよね?」


 対峙するのは橘夫妻だ。夫の茂風が強烈な突風で不死鳥の動きを封じては、妻の光千代が稲妻で不死鳥の炎を消し飛ばしていく。


 そんな上空での派手な勝負のことなど眼中にないとばかりに騎馬を進めたのは首なし騎士だ。その行く手を銀色の大盾を構えた若者が阻む。


「悪いけど、君の相手は僕たちがさせて貰うよ」


 構うものかと首なし騎士が馬ごと銀色の大盾に向かって突き進むが、衝突の強烈な衝撃に逆に弾き返されたのは騎馬の方であった。


 銀色の盾はその空間に固定されたしまったかのように動かない。そんな銀色の大盾の影から冴えない青年――黒岩崇くろいわたかしの鋭い眼光が首なし騎士の状態を確認するように睨めつける。


「その程度じゃ、僕の防御は崩せない」


 黒岩がそう呟くのと同時に、彼の背後から飛び出るのは小鈴だ。黒岩が守備なら、小鈴は攻撃である。怯んだ首なし騎士に果敢に攻めかかる。


 そんな小鈴たちを追い越して、前に出るのは天草優のパーティーだ。


「露払い部隊だけじゃ凌げないっていうのが一席の判断なら、それに従うしかないよね! まぁ、でも――」


 優を先頭に女性四人で陣形を維持して進む姿は、パーティーでありながらも戦場を生き物のように蠢く万の軍勢にも見えるから不思議だ。優は爽やかな笑顔を浮かべながら、襤褸布ぼろぬのを纏った背の高いモンスター――不死王に接近する。


「――この相性は素晴らしい! 僕にとっては最もやりやすい相手だよ!」


 不死王が骨のように細い腕を掲げ、人には発音出来ない言葉を発する。


 硝子を砂利で擦ったような音が響いたと思った瞬間、不死王の腕から苦悶の表情を浮かべた人の頭のような光弾が螺旋を描きながら優に迫る。


「あぁ! 気持ち悪いなぁ!」


 靴のグリップを効かせて、直角に避ける優。


 だが、それを追尾するようにして、光弾が追いかけてくる。


「優!」


 不気味な光弾を、追随して走っていた盾役の矢生詠瑠やおえいるが持っていたカイトシールドで弾き飛ばそうとする。


 だが、その光弾に触れた瞬間に黒色の鎖が展開し、詠瑠の体を盾ごと縛り付ける。


「詠瑠! くそ!」


 勢いのままに路面に転がる詠瑠を置き去りして、優が走る中でふと背筋に悪寒を感じて直角に曲がる。


 その背後から、不可視の破壊の力が一直線に空間をねじ曲げて突き進んできた。路面が剥げ、コンクリートの粉が飛び散る中で、優のすぐ真横を駆け抜けていった破壊の力は、不死王の横すらも駆け抜けて梟頭へと直撃する。


「危ないなぁ!」


「ちんたらやってるからだろうが! そこの鳥頭が俺の相手だそうだ! もうグチャグチャになって見れねぇ面になったかもしれねぇがなァ!」


 優の背後から破壊の力を放ったのは、島津弘久だ。自慢のドレッドヘアを風に靡かせながら余裕の笑みを浮かべていたが、煙が晴れて梟頭のアモンが無傷であるのを見て、ぴくりとこめかみを痙攣させる。


「魔法の障壁のようですね。あと、詠瑠のコレは呪い? 物理的に剥がそうとするのは巻き込まれる危険性があるかも」


 杖を持った近藤ルルがそう解析する中で、追いついてきた白銀零夢が眉ひとつ動かさずに腰の後ろから一本の日本刀を抜く。


「なら私が祓おう。この破邪の力を持つにっかり青江であれば、悪霊の力であっても斬り落とせるだろうからな」


「零夢、それにルルも詠瑠を頼む。私は優のサポートをしてくる。少し相手が厄介そうだ。それに背後にも気を付けろ」


 ちらりと弘久に視線の牽制を入れながら、リーダーの東雲梨沙しののめりさが優の後を追って走り出す。


 そんな彼女たちの背中を睨むように見つめながら、それから梟頭の殺気を受けて面倒臭そうに弘久は後頭部を掻く。


「あー、どいつもこいつも面倒臭ぇ! 俺の上に居る一、二、三席やつらもよぉ! 俺を睨んでいる鳥野郎もよぉ……! 本当、ムカつくぜぇ!」


 弘久の足元がねじ曲がり、空間が爆発して弘久の身体が宙に浮く。


 そして、彼はそのまま空中で連続して空間を爆砕しながら推進力を得て空を飛ぶ。その姿を見て、ぎょっとする者も多いのだが、モンスターたちは落ち着いたものだ。相手がいる者はその視線を逸らすことはなく、アモンだけが梟のようにぐるりと首を動かして、弘久の動きを捉えている。


「てめぇら、全員ぶち砕けろや!」


 そして、弘久が味方すらも巻き込んで広範囲で【空間爆砕】を使用しようとした瞬間、アモンから太い槍のような闇の矢が連続で射出される。それを空中で空間を爆砕することで悉く回避する弘久。これでは回避に【空間爆砕】を使用してしまうため、攻撃にスキルが使えない。


 ちっ、と鋭い舌打ちを弘久がした直後――、


 ――目の前に大口を開けた真っ赤な猫の姿が刹那で迫る。


 回避不可能のタイミングに弘久の身体が「喰われる!?」と硬直するが、赤猫頭の顎が閉じられるよりも早く、その脚にぎゅるりと鎖鎌が巻き付き、その体を橋の上へと叩き付けていた。


「この中では猫ちゃんが頭ひとつ抜けて厄介そうですね。少し私と遊んでもらいましょうか」


 弘久の顔が憤怒に染まる中、橋の上で鎖分銅を握るのは小島沙耶だ。


 彼女は橋に叩き付けられても平気で立ち上がってくるバステトに鋭い視線を向けながら、じゃらりと鎖を緩めて自分の手元に鎌を戻すのだが――、


「おや……?」


 その鎌がバラリと崩れて、沙耶が握るよりも早く鉄屑へと変化してしまう。見やれば、バステトが鋭い爪を指先から出し、低く唸っている。どうやら、橋の上に落とされながらも鎖鎌を自分の爪でバラバラに引き裂いていたようだ。


 並の者であれば戦慄するであろうバステトの行動に、だが沙耶は「そうでなくては」とばかりに口角をつり上げる。この辺は大竹丸と同じ生来のさがであるらしい。


 ★


 さて、各々が高位モンスターたちに挑む中で、大竹丸は少し離れた位置で戦況を見つめつつ、橋が壊れないように神通力で強度を上げていた。


 何せ暴れる面子が面子だ。下手を打てば橋ごと全員落下する可能性もあり得る。


「手伝ってもらって済まぬのう」


「問題ない。アミも動けないし」


 大竹丸の神通力を補助するのは辺泥クルルだ。彼女は相方のアミがへばっていることもあり、直接的な戦闘には参加していない。護衛の天狗二体を引き連れて、超自然の力でコンクリートの強度を上げる作業中だ。


 そんなクルルと協力しながら橋を無理矢理神通力で空間に固定する大竹丸。


 そんな彼女はジムを近くに置きつつ、いつでも味方の援護が出来るように目を光らせていた。ちなみに、景のパーティーメンバーと弘久のパーティーメンバーは大竹丸たちの後ろに隠れるようにして佇んでいる。


 役立たずと言ってしまえばそれまでだが、彼らは普通の探索者に毛が生えた程度の力しかなく、あの乱戦の中に突っ込んでいくのはほぼ自殺行為だ。そのことは彼らも良く分かっているらしく、大人しく戦況を見守ることに専念しているようであった。ぶつぶつと応援するような、驚愕しているようなそんな声が断続的に聞こえてくる。


 そんな彼らは気にしないことにし、大竹丸は忙しなく視線を動かして、戦況を確認していく。


「ふむ、モンスターの中に何体かヤバイのがおるのう」


「だから、言ったじゃないですか。俺は忠告しましたよ?」


 ジムは微妙に渋い表情を見せてそう呟く――。


 ★


 ――首なし騎士が馬上から大剣グレードソードを振るい、それを黒岩がガッチリと盾で防御しながら刃を受け流す。


「重っ! これ、相当強い相手なんじゃ!?」


「でも、動きが止まった! ナイス、クロさん!」


 攻撃が流れたことで首なし騎士の体勢が思わず崩れたところを、小鈴がジャンプ一閃。高速の近距離ソバットを叩き込むが、体重差のためか首なし騎士の身体はグラつくだけに留まった。


 長い滞空時間で空中に留まる小鈴。


 神通力で風を纏っていたことが仇になったか。


 その瞬間を狙い澄まして首なし騎士が無理な体勢から大剣を構える。


 だが、今度は剣を構えて動きが止まった瞬間を狙って、首なし騎士の背後から水で出来た龍が大きな顎を開いて襲い掛かってきた。


「ナイス! あざみちゃん!」


「どもー」


 遠距離から神通力で作り出した水の龍を操ってみせたあざみが、小鈴の声に応えて軽くお辞儀を返す。


 どばんっと盛大な水飛沫が散り、膨大な水圧が首なし騎士を飲み込み、その重量差で首なし騎士の身体が橋の上に叩き付けられる。けたたましい金属音と共に首なし騎士の鎧がアスファルトの上で低くバウンドして、やがて止まる。


 その様子を見ながら、小鈴は間髪入れずに走り出す。


「その水の龍って海水で出来てるんだよね! 塩が含まれてるから、首なし騎士デュラハンも成仏しないかな!」


「それは無理。首なし騎士は妖精の一種だから。不死生物アンデッドじゃない」


「そうなの!?」


 驚きながらも、小鈴は自慢の黒い鎌を一撃、二撃と首なし騎士の身体に斬り付けて、即座にその場を離れる。そんな小鈴が離れた場所を一拍遅れで首なし騎士の大剣が通過し、小鈴は軽いステップを踏んで距離を取る。


「二撃で随分とね。これならもう当たらないかな?」


「いや、分離したことで馬が大変なんだけど!?」


 主を失くした首なし騎士の馬が暴れ始め、それを必死で盾で押さえつけようと頑張る黒岩だ。


 その様子は見なかったことにして、小鈴は漆黒の鎌二つを両手に構えて、リズムを計る。小鈴の両手にある鎌は、一撃を相手に与えるごとに相手の動きを遅くする呪いの武器だ。故に、ここからは一方的な展開が続くであろうことを、小鈴は予見していた。


「いや、だから馬を!」


「もうっ、クロさんうるさいっ! それはルーシーちゃんに何とかしてもらって!」


「加藤さぁぁぁん! 何とかしてぇぇぇぇ! 人間と馬じゃあ馬力が違い過ぎるぅぅぅぅ!」


 ★


「クロの奴は何をやっておるんじゃ……」


「まぁ、あそこの戦いは順当ですね。首なし騎士は馬に乗った状態でモンスター脅威度Aランクですが、馬から下りればBランクにまで下がりますから。もう勝負は決まったようなものでしょう」


 小鈴たちにあっさりとやり込められている首なし騎士は、本来であればここまで弱いモンスターではない。


 防ぎにくい馬上からの強烈な攻撃に加えて、戦場を縦横無尽に走り回る圧倒的な機動力。広い戦場でヒットアンドアウェイを繰り返されると厄介な相手ではあるが、ここは狭い橋の上というのと、乱戦模様の中で加速するための十分な距離が取れなかったことで、実力が十二分に発揮できなかったのだ。


 中でも、初手で首なし騎士の騎馬の突撃を受け止めた黒岩の功績が光る。


 あれがあったからこそ、首なし騎士の動きが止まり、パーティーで落ち着いて対処できたのである。


 恐らく、あの時の衝撃で黒岩の全身は複雑骨折が数カ所でき、筋肉や筋もいくつか断裂を起こしていたに違いない。


 だが、そこは大竹丸が渡した【超回復EX】の力で回復してみせた。


 即座に体が治った黒岩は、そのまま首なし騎士の騎馬を抑え込み、現在の状況を作り出した。その後の小鈴とあざみの連携も素晴らしかったが、MVPを一人挙げるのだとしたら、黒岩ということになるのだろう。


「そうじゃのう。あそこはほぼ勝負あったの。どれ、他は……」


 額の上で手を水平に翳し、大竹丸は他の面子の戦いの様子を観察する。

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