第120話 決戦桜島ダンジョン!⑫

 ★


「ひゃはははっ! やるじゃねぇの! 人間!」


 ギラギラと輝く橙色の光が岩肌を赤く照らし、マグマの爆ぜる音が時折響き渡る。炎とマグマと岩石で出来た灼熱の洞窟の奥で、一人の男が一匹の黒竜の頭に乗って、手を叩いて喜んでいた。


 その男の周囲には半透明な青色のウインドウが複数開いており、そのウインドウからダンジョン内の様子がつぶさに観察できているようだ。


 忙し気に映像を切り替えては「ひゃは!」と笑う。


『そんなに楽しいか、マスターよ』


「あぁ、楽しいねぇ!」


 黒髪を整髪料で整えているはずなのに、猫っ毛の毛質が消えない男はジーンズにシャツというラフな格好で黒竜の頭の上ではしゃぎ続ける。その様子を竜は迷惑そうに眼を細めながら、ふんっと鼻の穴から炎を噴いて不満を示す。


 だが、黒竜はその男に逆らわない。


 何故なら、この男こそが桜島ダンジョンのダンジョンマスターだからだ。


『人間など脆弱な生物ではないか。ダンジョンデュエルのように心躍る戦いになるとも思えぬ』


「まぁ、そういうなよ、ハルト!」


 乗っているだけで人間なら体がズタズタに引き裂かれそうな竜の鱗の上で猫っ毛の男は上機嫌そうに笑う。ダンジョンマスターの特権なのか、彼にはまるでダメージが無いようである。


「連中はいずれも各地のダンジョンを攻略した猛者らしい! だから、期待外れなんかじゃねぇはずだぜぇ! ――なぁ! そうだよなぁ! オイ~!」


「は、はい……」


 ハルトと呼ばれた黒竜がギロリと睨む先――、灼熱のマグマ地獄の中でも少しだけ涼しい場所に座り込んでいたのは、一組の家族であった。老爺と老婆と男女の夫婦に小学生ぐらいの少女。


 ダンジョンマスターの言葉に返事をしたのは、その中でも代表者らしき中年の男だ。少女の父親といったところだろうか。


 彼らは桜島近辺の広範囲ダンジョン化現象の際に逃げ遅れ、モンスターに捕まった者たちだ。


 それをダンジョンマスターが、外の情報を得る手段として人質にしたのである。


「な、中にはS級ダンジョンを攻略したとかいう噂も……」


「S級ダンジョン! そいつはすげぇな! どいつだ! コイツか! コイツか! それともコイツか!」


「その、仮面を被っている方です……」


「おぉ! コイツか! ハルト良かったな! S級以上の奴がいるみたいだぜ!」


『ふん。人間風情がS級ダンジョンを攻略できるとも思えん。しかも、コヤツはろくな装備をしておらぬではないか』


 ダンジョンマスターが気を利かせて、ハルトの前に巨大化した半透明のスクリーンを移動させ、仮面の女こと大竹丸の姿を映し出すが、黒竜は歯牙にもかけない様子で鼻を鳴らす。


「いやいや、そんなことねぇよ! コイツやるぜ! こっちが見てることに気付いてやがる!」


『ほぉ』


 実際に大竹丸は遠距離から見られていることに気付いているのだろう。サービス精神旺盛にピースをしてみたり、髪をかき上げてみたり、投げキッスを送ってみたりとやりたい放題だ。


「ま、S級を攻略したからどうだって話だよなー。あれは、DPの量で決まる階級みたいなもんだ。ダンジョンの戦闘力を測る物差しじゃねぇよ」


『現にどの戦の、どのダンジョンも我らの敵ではなかった』


「だから、俺もよー、考えたのよ! 俺ら超強すぎるから挑戦者も選別しねぇとじゃん? ふるい落としっつーか。ハルト、分かる?」


『雑魚の相手はしてられんということだな』


「そうそう! だから、世界中から強い奴が集まって攻めてくるように手を打ってさぁ、色々と試すような仕掛けも用意したのよ!」


『それがあの巨人か』


「今回のダンジョン領域自動拡大ギミックを作るために、傘下のダンジョンからDPをしてもらったのよ! そしたら大分余っちゃってさー! 日にちが進むとモンスターが強力になっていくってギミックも付けてみたら、あんな感じになっちゃったってだけよ! まぁ、おまけだな! おまけ!」


『ふん。おまけだとしても、あの程度の戦力に蹴散らされるとは情けない』


 ハルトが鋭い歯を剥き出しにして唸り声をあげると、ダンジョンの隅に集まっていた家族たちがびくりと震える。


 中でもまだ小学生ぐらいの少女は泣き出してしまいそうになるが、気を引いてはならないとばかりに母親がその口を塞いで、ゆっくりと彼女の頭を撫で続けて慰めていた。


「まぁ、そういうなよ! 今度のはそこそこやると思うぜ! 何せ、傘下のダンジョンから借りてきたからなぁ!」


『借りてきた? 何をだ?』


「そんなの決まってるだろ!」


 ハルトの頭の上に勢いよく立ち上がって男は朗々と歌うように告げる。


「各ダンジョンのボスモンスターを、だよぉー! ひゃははははーっ!」


 気が狂ったかのようなダンジョンマスターの笑い声がダンジョン内に木霊するのであった。


 ★


「――タケちゃん何やってるの?」


「ん? なんか見られておる気がしてのう」


「前にもそんなこと言ったことがあったよね何処からかモンスターが様子を見てるのかなぁ?」


「さぁのう。強い視線じゃったから、割と強い奴かもしれぬぞ」


「それはそれで困ると思うんだよ……」


「ふ、二人共結構余裕ですね……」


 ドロドロに溶けたアスファルトの上を歩きにくそうにしながら、黒岩が羨ましそうな視線を向ける。


 大竹丸は勿論だが、小鈴も山で過ごすことが多かったためか、荒れた地面を歩くのは割りと得意だ。逆に黒岩は盾の重量もあるのだろうが、随分と歩き難そうではある。


「山歩きが多かったからねー。慣れてるんだよー」


「俺だけですか、こんなに歩き難いのって……」


「大丈夫。クロさんには私とルーシーが付いている」


「私は別にそこまででもないかなー? 足音を消す特訓で色んな地形を歩いたからね」


「この裏切者」


「別に裏切ってないし!」


 どうやら黒岩同様にあざみもグチャグチャになったアスファルトに歩みを遅らせているようだ。


 火災旋風で融解させられたアスファルトは海水を掛けられて通れるレベルに冷やされたのだが、ミキサーでかき混ぜられたかのようにその表面がさざ波立っているため、歩き難いことこの上ない。後の行政の仕事を思うと涙を禁じ得ない事態である。


 そんな整っていない道を進むこと三十分。


 海の景色にも随分と馴染んで、磯臭さに辟易し始めてきたところで、大竹丸たちの目の前に長い橋が姿を現す。


 牛根大橋である。


「この橋を越えれば桜島なんじゃがなぁ」


 前方を見上げ、大竹丸は嘆息を吐き出す。


 現在の桜島は火山というレベルを越えて、とんでもないことになっている。


 森の至るところで間欠泉のように溶岩が噴き出し、山火事のように一帯の森が焼け、斜面を溶岩流が流れているような状態だ。


 とても人間が踏み入れる場所には見えない。


 それでも、ダンジョンの入り口は桜島の山頂にあるというのだから、進まねばならないのだろう。


「これは、相応の装備がないと無理なんじゃ?」


 漂う黒煙に、この距離でも汗が止まらなくなる暑さを前に黒岩が怯む。


 そして、それは露払い部隊側も一緒だったらしい。どうすべきかと橋の上で足を止めて相談している様子が大竹丸たちにも確認できた。


「防火服とか、そういう装備をDPで購入して突入ですかねぇ、タケちゃんさん?」


「まぁ、その辺は妾に考えが無いでもないが――ん? 何じゃ、あれは?」


 橋の反対側から何かがゆっくりと歩んでくる様子が見て取れて、大竹丸はそちらを凝視する。


 それについては露払い部隊も気付いたようだ。彼らも何事かと動きを止めていた。


 最初は逃げ遅れた市民かと思っていた大竹丸であったが、すぐにその考えはうち消される。


 相手の先頭を歩いているのが、人ならぬ者であったからだ。


 一見すると馬に乗った鎧騎士のようだが、その頭が存在しない。小鈴が何かに気付いたように小さく呟く。


「……首なし騎士デュラハン?」


 小鈴でさえも知っている有名どころのモンスター。そして、その首なし騎士の背後にも凶悪そうな空気を纏った者たちが連なる。


 黒い襤褸布ぼろぬのを纏った不気味な気配を放つ長身の存在、杖を突いて歩く和装姿の小柄な老人、雀程の小さな鳥が突如として炎を纏って巨大になって天空を舞えば、梟の頭を持ったタキシード姿の男が優雅に本を開く。更には真っ赤な毛並みをした猫人間が尻尾を揺らしながら歩き、金色に輝く鎧武者がすらりと刀を抜くのが見えた。


「こ、こんなことがあり得るのか……」


「なんじゃ、ジム? お主にはあやつらが誰だか分かったのかのう? そういえば、お主は鑑定する魔眼を持っておったか。分かったなら教えてくれぬか?」


「大師匠、あれはマズイ。今すぐ撤退した方がいい。時間稼ぎぐらいなら俺たちでも出来るはずだ。だから……」


「妾の言う事が聞こえんかったのか? と聞いたのじゃ」


 大竹丸の強い口調に、ジムは顔をくしゃりと歪めて、その言葉を吐くことが苦痛だと言わんばかりに声を絞り出して答える。


「先頭の首なし騎士デュラハンは言わなくても分かるだろうが……。黒い襤褸布ぼろぬの不死王ノーライフキング、老人がぬらりひょん、炎を纏ったのが不死鳥フェニックス、梟頭がアモンという侯爵級悪魔、赤い猫人間がバステト、金色の奴が武御雷タケミカヅチ……。全員、SSS級からS級までのモンスターだよ」


 ごくり、と大竹丸のパーティーの面々が唾を飲む音が聞こえた。


 だが、そんな彼女たちの中で一人だけ呵々大笑するものがいる。


 大竹丸である。


「呵々! 神をモンスターに堕とすとはのう! はよほど信仰心が欠如しておるようじゃ!」


「笑いごとじゃないぞ、大師匠! どいつもこいつも強過ぎる! このままじゃ全滅は必至だ!」


「まぁ、まともにやったらそうじゃのう。じゃが、要はやりようじゃろ? それに、丁度練習にもなるしのう」


「……練習?」


「チームプレイの練習じゃよ」


 大竹丸の言葉にジムは絶句する。どうやら大竹丸はあの強敵を相手に、付け焼き刃のチームプレイを試すつもりらしい。それがどれだけ危険なことなのかを、ジムが語るよりも先に彼は口を閉ざす。


 大竹丸の目が本気だったからだ。


「ジムよ、各モンスターの特徴を簡単に捉えて、誰が相手するのか簡単に作戦を立てるのじゃ」


「それだけで勝てるほど甘い相手じゃないですよ」


「構わん。ある程度力が拮抗するのであれば――」


 橋の向こうから歩いてくる集団を見据えて、大竹丸は自信満々にふんぞり返る。


「――妾が勝たせてやろう」

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