第119話 決戦桜島ダンジョン!⑪
如月景の目には、線が見える。
それは実際に描かれた線ではなく、普通の人間には見えない線だ。
その線は赤い稲妻のように物体の各所に走っており、太くなったり、細くなったり、伸びたり、縮んだりと忙しなく動き続ける。その線に沿って、刃を入れると物体は面白いように簡単に切断できるのだ。
景は幼少期より、そのタイミングを呼吸するかの如く、極自然に学んできた。
だから、赤い稲妻がどのような形になろうとも、その位置に最速で刃を入れて切断する自信がある。
だが、彼の特徴はそれだけではない。
赤い稲妻とは別に見える緑の光点――。
その光点を突くことで、物体の生命力を増すという力があるのだ。
それこそ、治すという能力。景が今、修得中の力である。
(足りないな)
景は目の前に巨大な壁のように立ち塞がる
別に赤い稲妻や緑の光点が見えるのは相対する相手だけではない。
景自身の身体にもそれらはあるのだ。
掌にある緑の光点を無意識に押して、景は自分の体の疲労を取り除き、気息を整える。
今まではマラソンをしながらの辻斬りといった感じであったが、ここから先は居並ぶ巨人を相手にしなければならない。そんな超人的な仕事をこなすには、ただの人間の力では不足であることを予感したのだ。
何せ、相手は少し地面を蹴り飛ばしただけでアスファルトを散弾に変えるような連中だ。トップアスリートと呼ばれる人間であっても一人でどうにか出来るものではないだろう。
だが、景は公認探索者第三席という地位にある。
それ相応の戦闘能力を持っていると判断されているからこそ、その地位に位置付けられているのだ。
そして、その通り、景には現在開発中の切り札があった。
「本当はこういう使い方じゃなかったんだ。だけど、こういう使い方も出来てしまったんだよなぁ……」
彼は人体の緑の光点がどこにあるのかを風呂場の鏡をじぃっと覗き込んで、自分の身体を参考に研究を始めていた。それは、いざという時に大怪我をした人間を救う為に、人助けの為に、そういった気持ちからのものであった。
だが、ある時、彼は気付いてしまったのだ。
この緑の光点を押せば、確かに傷は治るが――……傷のない時に使えば、飛躍的に身体能力が上がるということに。
それは本来の使い方ではないのかもしれない。
だけど、今がその切り札の切り時だと、景は感じたのだ。
秘密兵器は秘密のまま終わっても良いが、切り札は切るべき時に切る札だ。
そして、景は何よりも、いや、誰よりも切ることが上手かった。
両肩の付け根にある緑の光点の位置――ツボを腕を交差させながら親指で深く押す。
その瞬間、景の全身に緑色の稲妻が駆け抜けたような気がした。
背筋が伸び、呼吸が深くなる。
「お、お、お、お、おおお、おお~~~~ッ……!」
巨人の一体が途切れ途切れの雄叫びを上げながら、巨大な腕を振り下ろす。
上空から降ってきた巨大な拳の鉄槌は、空間を歪めるような圧力を伴って景を圧死させようとアスファルトの路面に叩き付けられる。
それだけで、海岸線の道路に亀裂が走り、亀裂から細かな砂塵が舞う。
だが、巨人の拳と路面の間からは真っ赤な液体が流れることはなく、逆に砂塵を割って黒いフード付きコートの人影が勢いよく飛び出していた。
「重量がある分、下からバラバラにするとこっちが巻き込まれるからね」
そう嘯いたのは勿論、景だ。
彼はそのまま、鎌の切っ先で巨人の腕を刺して、腕の力だけを使って自身の身体を巨人の腕へと押し上げる。
巨人はそんな景を掴もうと、もう片方の手を伸ばしてくるが、景はその動きを「ウスノロ」と言うかのように華麗に躱して、一気に巨人の肩口にまで駆け上がっていく。その速度は先程の景とは全くの別物であり、彼は自分の身体が過大な負荷にみしみしと悲鳴を上げるのを聞いていた。
それを別の緑の光点を押すことで無理矢理黙らせる。
「……これを後五十回? 冗談キツイよなぁ。でも、この作戦が失敗すると後が無いし。やるしかないかぁ。はぁ……」
そして、そのまま景は巨人の首を回るようにして、鎌で深い切れ込みを入れていく。どばっと滝のような血流が盛大に溢れ出すのを見ながら、景はトドメとばかりに一際赤い線に鎌を振るい、巨人の首を半ばまで切断する。
「おっと、足場がなくなるのはマズイ」
ぐらりと揺れる巨人の背中に鎌を刺しながら、景は地面に向かって飛び降りる。
巨人の背中の皮膚が景の速度を減速し、景がなんとか骨を折らずに地面に着地した直後、巨人は光の粒子となって、その姿を消していた。
景対巨人の戦いは結果から見れば、景の圧勝ではあったが、その勝敗はかなり紙一重のものだ。
巨人の攻撃が掠るだけで死ぬ――その事は景本人が一番分かっていることだろう。
「あぁ、憂鬱だなぁ」
圧倒的な勝利という結果以上に消耗しながら、景は次の獲物を探すのであった。
★
竜巻が躍り、石礫が舞い、稲妻が落ちる――。
巨人の戦力は相当なものはずだが、それを押し返す戦力が露払い部隊にはあった。
それを見て、ジムは感心すると共にひとつの疑念を抱く。
「彼らは何故連携しないんだ?」
そう。押し返しているといっても全ては完全な個人技からなるものであって、一人一人が連携を取るといったことがなかったのである。
景は一人で巨人を相手にしているし、橘夫妻も分担して別個の巨人の対応にあたっている。太郎坊と次郎坊も連携という意識はなく、各所で個対個の戦いが繰り広げられていた。それを見て、ジムは疑問を感じたようだ。首を傾げている。
「妾たちは強さのみで選抜されて集められた個の集団のようなものじゃからな。付け焼刃で協力したところで大した成果も上げられんという思いがあるんじゃろ。妾であっても同じことをするじゃろうな」
「そういうものか。アメリカでは考えられない話だな」
「ほう、そうなのか?」
「アメリカじゃ、生き延びることを第一と考えている。状況がヤバいと思ったのなら、皆すぐに共闘するんだ。だから、初めての連中でもある程度連携して戦えるし、そういう訓練をわざわざしているパーティーもあるぐらいだ」
「まぁ、日本人は奥ゆかしい民族性じゃからな。気軽に声を掛けて共闘しようというのは、多少ハードルが高いんじゃろう」
「そうか。……だが、個々の実力は今すぐアメリカに来ても通用しそうなのがゴロゴロしているな。その辺は流石といったところか」
「日本のトップに名を連ねる連中が、アメリカでは雑魚同然と言われてはこちらも立つ瀬がないからのう。日本政府もそれなりに戦力を整えたんじゃろう」
「俺は、日本政府公認探索者というのは大師匠のためだけに作られた機関だと噂に聞いたが?」
「噂じゃろ。真偽は妾も知らんのう」
ちなみにそれは本当の話である。
日本政府が苦肉の策で大竹丸の海外流出を防ぐために取った緊急手段であった。それだけ、大竹丸の実力を買っているし、今後の活躍も期待しているといったことなのだろう。
だが、特に当の大竹丸に直接言う必要はないので伝えてはいない。
とはいえ、大竹丸も薄々気付いてはいるが……。
「ちなみに共闘するとしたら、あのメンバーならどんな感じで共闘するんですか?」
ただ見ているのも飽きてきたのか、小鈴が興味本位で尋ねる。
ジムは彼らの戦いぶりを良く観察するように見た後で、「ある程度、想像の部分はあるが」と前置きして語る。
「空を飛んでいる二人、それと体を風に変えている一人。あれらは属性が一緒だから、協力し合えば効果が倍増すると思う。だから、三人で協力して巨大な
「まぁ、無理じゃな」
だが、ジムの折角の意見も大竹丸の一言で否定されてしまった。
若干、むっとするジムだが、大竹丸の次の言葉で腑に落ちる。
「それを指揮する頭がおらん」
本来であれば、その役は一番上の役職であるはずの第三席――如月景の仕事なのだが、彼は自らが動いて先陣を切っている。
他に軍師的な立場の人間がいれば、その行動を収めたり、ジムのような作戦立案が出来たのだろうが、そういった人間は公認探索者内にはほぼいない。
唯一の頭脳派の小早川もデータや考察、規則作りなどの事務方の作業が得意であり、決して前線には出てこないタイプなので、期待はできない。
あえて、指揮を執る才があるとすれば、大竹丸ぐらいであろうか。
天草優もカリスマはあるので、そういうのは得意かもしれないが現時点では詳しい能力は不明だ。
「本来ならば、景が皆に指示を与えて纏めねばならぬのじゃろうが……」
「ぬははは! ウチの景くんにリーダーシップを求めるのは無駄だぞ! 彼は一匹狼のぼっちくんだからな! かまってやらないとすぐにどこかに行ってしまうのだ!」
大竹丸の話を聞いていたのか、少し荒い息のままで景のパーティーにいた丸眼鏡の女性が胸を張って笑う。だが、言っている内容は酷く後ろ向きだ。
「まぁ、景の人となりは知っておるから、さもありなんといった感じじゃな。あとは、橘夫妻もあれで結構好戦的じゃしのう」
橘夫妻にはもう少し大人の余裕を持って欲しいところなのだが、公認探索者顔合わせ会で島津弘久とバチバチやり合っていたことでも分かるように、割と喧嘩っ早い特徴がある。それこそ、見た目は普通なのにキレやすい大人といったところだ。とても
「となると、あちら側で皆をまとめるのはアヤツが適任じゃろうな」
「まぁ、私でしょうね」
「「うわぁ!?」」
飛び上がって驚く小鈴と眼鏡の女性。
だが、大竹丸とジムは分かっていたとばかりに表情ひとつ変えずに、その場にいつの間にか立っていた小島沙耶に視線を向けていた。
「やってくれるかのう?」
「元々、このままでは露払い部隊の消耗が激しくなると踏んで、貴女に策がないか聞きに来たのです。ですが、なかなか面白い話が聞けたので、それを実践してみようと思います」
沙耶はそう言うと、長い前髪に隠れた顔の下半分だけで笑みを形作る。
どうやら自信があるようだが、相手はなかなかに我の強い連中である。沙耶の言葉を聞いてくれるかどうかは分からないので、大竹丸は免状を出すことにした。
「話を聞かぬようであれば、第一席からの命令であると告げて良いぞ。確か、契約書に、上位者の命令があった場合は下位者は聞くようにといった文言が載っておった気がするからのう」
「そうですか。では、せいぜい利用させてもらうことにしましょう」
では、と呟いて沙耶はスタスタと道を戻っていく。
その後ろ姿を眺めながら、ジムは「恐ろしいな」と呟く。
「沙耶がどうかしたかの?」
「立ち姿ひとつ見ても分かる。あれは、相当やるだろう? 存在自体に隙が無さ過ぎる。あんな人間もいるのかと鳥肌が立ったぞ」
「まぁ、神通力なしの妾と同じくらいはやるじゃろうな」
「大師匠もそのレベルなのか。日本って国が本当に恐ろしい国に思え始めてきたよ」
ジムがぶるりと背筋を震わせる中で、沙耶がようやく露払い部隊をまとめ始めたようだ。
絶と景が前線で時間を稼いでいる間に作戦を伝え、橘夫妻と天狗の二人が協力して巨大な竜巻を作り上げる。
そして、気付いた時にはその場には巨大な火災旋風が出来上がっていた。
「…………」
「まぁ、俺も想像で提案した部分もあるし、想定よりも厄介な事になることはよくあることだ。山火事にならない程度に上手くコントロールして巨人を掃討してくれればいいんじゃないか?」
ジムの言葉を
「最終的にどうするんじゃろうな、アレ……」
炎を纏った超高温の竜巻は既にアスファルトを融かし始め、手が付けられない状態となってきている。それに吸い込まれた巨人たちもひとたまりもないが、これから進もうとする者たちにとっても足場が灼熱地獄ではたまったものではないだろう。大竹丸が頭を抱える事態だ。
「その辺は海水を巻き上げて、雨でも降らせれば温度が下がって通れるようになるだろう。……多分」
ジムが若干自信なさそうに答える中、海が近くて良かったと大竹丸は内心で安堵していた。沙耶に任せた手前、少しだけ責任を感じていたのだ。
「まぁ、探索者同士の協力というのは今後の課題になりそうじゃな……」
いつの間にか巨人たちが殲滅され、火災旋風が今度は海に移動して海の水を巻き上げて道路に向けて霧のような雨を降らせる中、大竹丸は空に架かる虹を見上げながらしみじみとそう漏らすのであった。
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