第118話 決戦桜島ダンジョン!⑩

 国道二百二十号線を濃霧と共に駆け抜ける集団がいる。

 突如のマラソン大会となった現場には、日頃から鍛えている人間とそうでない人間との間で明らかに明暗が分かれた。


 露払い部隊で大きく後れを取ったのは、景のパーティーメンバーであった。

 元々、景の分の荷物を持って行軍をしていたというのもあるが、それ以上に素人に毛が生えたほどの体力しかなく、既に露払い部隊よりも後方のダンジョン攻略部隊に合流している始末である。

 そこで、大竹丸に風の神通力を使ってもらい、追い風を吹かせてもらい何とかついていけている状態であった。


 体力不足という意味で言えば、辺泥姉妹も大して体力がないのだが、そこは体力馬鹿の天狗二体が二人を背負って走っている為、行軍の足を引っ張ることはない。


 景は先頭に立って走り、モンスターを斬り飛ばすことによって、自身の特性である『転ばす、斬る、治す』の治すの回復能力を使用し続けることで延々と体力を回復させ続けているため、行軍に支障は無いし、橘夫妻は自分の体を自然現象と変えてしまえば、体力が即座に回復するらしく、走り続けること自体は大した問題ではないようであった。


 勿論、長尾絶と小島沙耶に関しては、小走りでモンスターを倒して回るという行為は、普段の修行よりもヌルい行為であり、余裕すら感じられるほどだ。


 そして、大竹丸のパーティーの面々も余裕の表情でついてくる。

 新宿ダンジョンでのモンスター大暴走で力不足を感じていた面々は、来たるべき日に向けて着々と力を付けてきたのだ。

 そして、ここに来て、スキルスクロールによる強大なスキルを身に付けたこともあり、その顔はここ最近で一番自信に満ち溢れた顔をしていた。


 そして、意外なことに天草優のパーティーメンバーも後れを取ることはなかったのである。

 優のパーティーは、優以外が全員女性というパーティーなのだが、彼女たちは実に綺麗なフォームで遅れることなく、露払い部隊についていっているのだ。美人で線が細そうな者が多い中、人は見掛けによらないということを体現して見せてくれているようであった。


 そして、もっとも問題なのは――、


「ひぃ、ひぃ、もう無理だぁ! 走れねぇ~!」


 特攻服を着た島津弘久のパーティーメンバーであった。


 筋肉質の人間が多かったのだが、逆にその筋肉が重りとなって体力を削っているのだろう。喧嘩や力は強いのかもしれないが、それは一瞬のことで、持続力という点では大きな問題を抱えてしまっているようだ。その辺りは不健康な生活をしているというのも無視できないポイントである。


「テメェら、勝手にへばってんじゃねぇ! 俺の顔に泥塗りてぇのか!」


 そんな中でも一人、気を吐くのは弘久だ。


 本人も相当参っているだろうに、その表情を憤怒の表情で塗り潰して、苦しさを微塵も見せない。気合いという言葉だけで、苦しさを覆い隠す様は見事とさえ言えた。


 大竹丸もそんな弘久たちを気遣って、風の神通力でフォローしようかと持ち掛けたのだが、「余計なことすんじゃねぇ!」と怒鳴られてしまったので、手を貸すことはしていない。

 ぜーはーと息を切らしながらもマラソンする特攻服の青年たちを生暖かい目で見守るのみであった。


「でも、これ、いつまで続くんだろうね?」


 冷蔵庫のような巨大な背嚢を背負いながらも、神通力で追い風を吹かせている小鈴の足取りは軽い。


 だが、小鈴の呟きを聞きつけた特攻服の青年たちの顔はあからさまに歪んだようだ。

 気力で奮い立たせていた足取りが思わず鈍くなる。

 ゴールの見えない長距離走ほど人の心を折るものもないということだろう。


「さぁのう。それよりも、妾は気になっておるのじゃが……」


 周囲を覆う霧のせいではないと思うのだが、大竹丸は不思議そうに片眉を上げて告げる。


「……妙に気温が上がっておらんか?」


 ★


 その異変に最初に警鐘を鳴らしたのは、先頭を走っていた景であった。

 彼のすぐ背後には絶と沙耶がバックアップに徹し、景の打ち漏らしたモンスターの数々を仕留めて回っている。

 霧の濃い中での移動は、モンスターとの遭遇戦が多く、最初は戸惑う場面も多かった露払い部隊であったが、景が先頭に立った途端にその戸惑いは無くなっていた。


 何せ、彼の鎌の軌道は最速最短で繰り出される。


 霧の中の遭遇戦こそ、彼の特異分野とばかりにモンスターを発見次第に斬り伏せていったのだ。

 そんな戦闘音を頼りに、絶と沙耶は景の打ち漏らしを倒せば良いだけであったので、随分と楽な行軍であったのは確かである。


 そんな景が違和感を覚えたのは、一時間程も道路を走った頃であろうか。

 周囲を覆う霧が熱を持ち、どうにもサウナにいるような蒸し暑さを覚えたのだ。


 それと同時に、ずしん、ずしんと大地が鳴動する音もする。


 どうにも、まともな状況には思えなくて、景はゆっくりとその歩を緩めていた。


「六席、何かおかしくないですか?」


「うん。私もそう思っていた」


 すぐ背後を走っていた絶も歩を緩めて後続を待つ態勢となる。


 なによりも、まとわりつくような熱の霧が彼女たちの体力を奪っていく。このままでは遠からずへばるだろうと予測出来るだけに、露払い部隊での相談が必要であると彼女たちは判断し、歩を緩めていた。


 此処は危険を覚悟で霧の解除を頼もうかと考えているところで後続が追いついてくる。


「どうかしたんですか?」


 追いついてきたのは橘茂風だ。

 彼は妻の光千代と共に太郎坊と次郎坊を――いや、その背に背負っている辺泥姉妹を護衛する役割を担っていた。

 最前線に彼らが行かないのは、その能力が霧に対して相性が悪いこともあるだろう。風は霧を散らすし、雷は霧を伝って感電する可能性がある。

 だから、辺泥姉妹の護衛という微妙な立場で移動していたのだが、彼らが追いついたということは、当然のように太郎坊と次郎坊も景たちに合流することとなる。


 景はフードを目深に被り直しながら、霧雨のように纏わりついてくる霧を指し示す。


「地面の鳴動もそうですけど、霧がちょっと暑くて……。何かおかしくないですか?」


「確かに何だか蒸し暑いね。……どうしようか? 一回霧を晴らすってことは可能なのかな? クルルちゃん?」


「それをやったら、もう一度というのはちょっと無理。アミが大分消耗してる」


 クルルが太郎坊の背に背負われるアミの様子を見て、そうコメントする。

 アミ自身としてはまだガス欠というわけではなさそうだが、大分消耗している感じが伝わってくる。六時間は平気で霧を展開できるはずだったのだが、まだ一時間という早さでの急激な消耗――。その原因に関して、クルルには心当たりがあった。


「あと、妙に火の神アペ・カムイの力が強まっている。霧の外で何かが起きているのは間違いない」


「どうするの?」


 光千代が茂風に尋ね、茂風が仕方ないとばかりに嘆息を吐く。


「僕が風となって周囲の様子を少し見てこよう。それまで霧は維持していてくれ」


「分かったわ。あなた、気を付けて」


「あぁ、光千代も」


 軽い抱擁を交わして、茂風は自身の身体を風へと変えて霧の中から一気に飛び立っていく。


 だが、その直後、その飛び立った風を切り裂いて、巨大な木の幹が上空から降るようにして落ちてくる――。


 まるで電信柱もかくやという大きさのそれは、霧を掻き分けて一瞬で太郎坊と次郎坊の頭を粉砕しようと迫ってきた。


 だが、その動きは、次の一瞬にその場でビタリと停止する。


「なかなか重い」


「流石、姫」


 木刀の切っ先の一点で木の幹を支えた絶はそのまま、木の幹を激しく弾き返す。それと共に近場で巨大な物が倒れた音が響き、絶はその端正な顔を曇らせてみせていた。


「霧が邪魔。状況が分からない」


 状況は分からないが、良い状況でないのは確かなようだ。景はそこに来て即座に判断し、視線をアミに向ける。


「……アミちゃん、霧の解除を」


 その言葉に光千代が良いのかとばかりに視線を向ける。


 だが、相手からの攻撃を既に受けている状態なのだ。ここで周囲の状況を把握できないままに戦うのは危険だと判断したのだろう。


 景の言葉と視線にアミが頷きを返し、一気に霧が晴れ渡る。


「これは……」


 そして、景たちが見たのは、彼らの周囲を取り囲もうとして動き始めている三十体以上のギガントと、山肌のあちらこちらから炎の柱を噴いて、溶岩流で山肌を真っ赤に染める桜島の姿であった。


「どうりで、暑いわけだよ……」


 離れていても熱気が届くほどに、桜島のいたるところで間欠泉のようにマグマの柱が噴き上がっている。そんな場所にろくな装備もなく近付いて行ったのだ。霧がサウナのように暑くなっていったのも分かろうものである。


「まぁ、それよりも今はこの状況かな」


 景たちの周りを取り囲むようにして、山からギガントたちが続々と姿を現している。その数は三十よりも更に増えそうだ。


 ギガントの見た目は馬鹿でかい。二十メートルにも到達しようかという長身で、髭面のオッサンをそのまま巨大化したというのが分かり易いか。

 腰に白色の腰巻を巻き、とにかく長い射程と膂力を活かして攻撃してくるパワー型のモンスターだ。

 頭はあまりよろしくないというか、好戦的なタイプではないらしく、人間を見掛けたら積極果敢に攻撃を行ってくるわけではない。

 だが、決して弱いわけではなく、その証拠にモンスター大辞典改訂版でも、そのモンスター脅威度はCと記載されている。

 尚、モンスター脅威度Cといえば、複数パーティーでのレイド戦を想定されており、それだけの強敵ということでもあった。


 そして、そんなギガントが三十、四十と巨大な壁のように次々と押し寄せてくる様は、まさにこの世の破滅を予感させるような光景であった。


 普通の探索者であれば、その絶望的な光景に足を竦ませ、震え、泣き叫び、自分の死を覚悟したことだろう。


 だが、此処にいたのは普通の探索者たちではない。


「重量がありそうだから、斬り落とした部位に押し潰されないように注意しないといけないかな……」


 公認探索者第三席、如月景が淡々とシミュレーションを開始し始め――、


「姫、これを」


「あのデカイ体躯に効くかは未知数だけど、今の内に試す」


 公認探索者第六席、長尾絶が小島沙耶から銀色に光るパチンコ玉を受け取り――、


「クルルさん、アミさんを頼みます」


「分かった。あなた達は?」


「かっはー! 決まっておる! 喧嘩じゃあー! 血が騒ぐわい!」


「そういうことです。私たちも微力ながら彼らのお手伝いをしてきましょう。では、御免」


 太郎坊たちがスーツの背を割って、白い翼を生え広げ、上空へと舞い上がり――、


「全く、いきなりは心臓に悪い。消し飛ぶかと思ったよ」


「あなた、大丈夫?」


「あぁ、問題ないさ。でも、結局、強硬策になってしまうのか……」


「仕方ないわ。作戦自体が杜撰なんだもの」


「行き当たりばったりは致命的なミスが出た時に挽回しにくいので嫌なんだがなぁ」


 吹き散らされたはずの風の身体が集って朧げな輪郭の茂風の姿を作り出し、それに追随するようにして光千代の姿も雷に代わり――、


 ――結局のところ、露払い部隊の面々は総力戦へと戦況を移行シフトしていくのであった。

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