第117話 決戦桜島ダンジョン!⑨

「モンスター脅威度D+、名称オーガ。見た目通りの怪力を誇るモンスターで、性格は凶暴で攻撃的。分厚い筋肉と太い骨を持つため、生命力や防御力も高い。対抗するには地上産の武器を使うのは自殺行為で、ダンジョン産の武器を使用して三人以上のパーティーで相手の気を逸らしながら、心臓、喉、金的などの比較的肉や骨の守りが薄い場所を狙うと戦闘が有利に進むだろう――ということだ!」


 丸眼鏡を掛けた二十代前半に見える女性が手元にあるモンスター大辞典の内容をパラパラと捲って、早口にそう告げる。


 だが、そんな情報など無用だと言わんばかりに、目深に黒のフード付きコートを被った猫背の青年が動く。


 手には馬鹿デカイDP産の鎌が握られ、その具合を確かめるように青年は鎌をひゅんと振り、にぃっとフードの奥で微笑んでいた。


「良く切れそうだ……。流石、DP産おニュー武器……。ケホ……」


 公認探索者第三席、如月景――。


 同じサークルに所属する先輩の言葉を聞くこともなく、彼はただ淡々と前に進むのみである。


 そして、時を同じくして、ズダズダに破壊されたアスファルトの道路の上でたむろしていた五体のオーガたちも彼に気付いたようだ。

 ぞろぞろと立ち上がり、手に手に得物を握り込んで立ち上がる。

 それはひしゃげた鉄棒だったり、折れた農具の柄だったりと、様々であったが、皆、長物を得ているという点では一致していた。


「景くん! 一人じゃ危ないぞ!」


「いや、一人の方が危なくないですから。……コホ」


 スタスタと歩く景。


 そして、そんな景をオーガたちは素早く取り囲む。なかなかどうして早い動きだ。それに統率もとれている。

 オーガたちは獲物をいたぶるような真似はせずに、間髪入れずに景を叩き殺そうと得物を一斉に振り上げた。


 しかし、勢いが付き過ぎたのか、その場で思わず体勢を崩しそうになる。


 いや、その時、景の目がローブの奥で怪しげに光っていた。

 それと同時に不可視の力がオーガたちの足首を掴んだのだろう。それが、オーガたちの体勢を崩し、彼らを一斉に転ばせようとする。


 思わず踏ん張ろうとするオーガたちだが、その前に五体分のオーガの首が一斉に中空へと跳んでいた。オーガの体はあっという間に光の粒子となって、空へ溶けて消えていく。


「北海道の時よりも呆気ないな……」


 円を描くように巨大な鎌を振り抜き、五体のオーガを一撃で狩ってみせた景は巨大な鎌に付着した光の粒子を払うようにして振るう。


 一瞬の決着にポカンとする景のパーティーメンバーだが、次の瞬間にはどっと沸き立って次々と景の体を叩く。内心では『痛いんだけど……』と思う景ではあったが、表面上にはおくびにも出さずに手荒い祝福を受け付ける。これも景なりの処世術なのだろう。長い物には巻かれろの精神だ。


「景くん、凄いぞ! また一段と凄味が増したじゃないか! それでこそ、我がサークルのエースだよ! ぬははは!」


「スッゲーな! 一撃かよ! 俺の筋肉の出番が無かったな! ガハハハ!」


「なんかオーガも勝手にコケそうになってたんだな! ラッキーなんだな!」


 眼鏡の女先輩と筋肉質の男先輩、そして小太り気味の男先輩にもみくちゃにされながらも、景は無表情を貫く。

 景は彼らが九州に来るのには反対していたので、一緒になってはしゃぐのも憚られたからだ。無表情というか、仏頂面をしてみせるが先輩たちは気付かない様子だ。お祭り騒ぎのようにはしゃぐ。


(本当にこの人たちを連れてきて良かったんだろうか……)


 景が心配するのももっともな話であった。

 何せ、国からの依頼だ。

 とんでもなく危険な場所に行くのは目に見えていた。


 そんな依頼に、一般の素人と変わらぬ者たちを引き連れていくという事がどれだけ大変か。


 景は今でも悩んでいたのだ。


 そもそも、彼らは同じ大学のダンジョン研究サークルの仲間(無理矢理勧誘された)ではあるが、戦闘力に関してはほぼ素人に等しい。

 流れ弾のような攻撃が当たっただけでも死んでしまうような存在なのだ。

 そんな彼らはハッキリ言って景にとっては足手纏いであった。


 だが、彼らの溢れ出んばかりの情熱という猛アタックを受けて、景は折れるしかなかったのである。

 この辺り、人付き合いをあまりしてこなかった景のコミュニケーション能力不足で、彼らの情熱を止めることが出来なかったのだ。

 仕方がないので荷物持ちとして同行してもらっている次第なのだが、景としては不安で不安で仕方がない。


 とりあえず、まとわりつく彼らを無理矢理振り払いながらローブを目深に被り直す。


「後続も近付いてきてますし、さっさと行きましょう」


 だが、そんな景たちの動きを止める者がいた。


 ピシャンっと小さな破裂音と光が弾け、視界を白い光が満たしたと思った瞬間には、光が収束して人の形を取っていたからだ。


 まるで女優のように整った顔に、すらりとした肢体。上下を黒のワンピースで包んだ美女、橘光千代たちばなみちよである。


「三席、ちょっと良いかしら?」


「どうかしたんですか、五席?」


「この先がちょっとまずいことになってるわ。露払い部隊で集まって相談したいのだけれど宜しいかしら?」


 公認探索者第五席である橘夫妻は、二人とも自分の体を超自然現象に変えたり、操ったりすることが出来る異能者だ。

 夫の橘茂風たちばなしげかぜは風を操り、自分の体を竜巻のように変えることが出来、妻の橘光千代は雷を操り、自身が雷になることが出来るというスキルを所持していた。


 そんな二人は先行偵察の能力に秀でているということもあって、二人で雷と風になって、空から辺りの様子を確認してもらっていたのだ。


 そんな先行偵察部隊からの緊急連絡だ。


 景は嫌な予感を覚えながらも、静かに「わかりました」と頷くのであった。


 ★


「この先に巨人ギガントの群れがいる?」


 海岸線の道路脇に集って、露払い部隊の代表が集まる。


 集ったのは三席如月景六席長尾絶七席辺泥姉妹、そして五席橘夫妻であった。彼らは声を潜めて話し合いを行う。


「えぇ、山側のあちらこちらに潜んでいますわ。そして、厄介なことに私たちが他のモンスターたちと戦闘を始めると、山中の岩やら大木やらを引っこ抜いて、こちらに投げてくるんです」


「僕たちは風や雷に姿を変えて、実体を失くして難を逃れたけど……。君たちはそうもいかないだろう?」


 ワイシャツにスラックス姿といった橘茂風が試すようにそう言った。


 確かにここにいる面々はスキルスクロールを使用して、橘夫妻のような超人的な力を身に付けたわけではない。

 自分の身体を風に変えたり、雷に変えたりして、相手の攻撃を躱すなどといった人外染みた技は専門外であろう。それを見て取って、代表して景が頷く。


「そうだね。戦闘中にバンバン巨大な物を投げてこられたら参るかな。……ケホ」


「ふむ。厄介な固定砲台が潜んでいるというのであれば、それらを全て潰せばよいのではないか?」


 噴煙上がる桜島を眺めながらそう呟いたのは長尾絶だ。


 だが、それも難しいと茂風はかぶりを振る。


「ギガントはただ巨大なだけでなく、タフさも相当なんだ。一体倒すのに三十分くらいはかかるし、相手は山中に潜んでいるから、倒す為だけに山の斜面を何度も上り下りするというのも大変だろう?」


「それに全体の数も把握できていないわ。ギガント一体を倒しにいったところで、逆に数体のギガントに囲まれてしまったとなったら、相当てこずるんじゃないかしら?」


 橘夫妻はギガント討伐案には乗り気ではないようだ。


 だが、このまま桜島を目指して行軍する以上、モンスターとの戦闘は避けられない。そうなるとギガントからの遠距離射撃を掻い潜りながら、モンスターとの戦闘を行うことになるのだろうが、それはなかなかに厳しい注文だ。


 どうしたものかと各人が悩む中、すっと手を挙げたのは辺泥クルルであった。


「だったら、隠れて進むというのは? 戦闘しなければ、相手も介入してこないはず」


「それが、そうもいかないのよ。ここから桜島に向かうのには、この海岸線の道路を真っすぐ進んでいく必要があるんだけど、道路は山側からは丸見えで隠れられる場所が少ないわ。そして、道路には多くのモンスターが蔓延っているから、戦闘も回避しようがない」


「山側の森は?」


「森は見通しが悪くて、モンスターも多いわ。そんな中を大勢で行軍するのは自殺行為よ。ねぇ、あなた?」


「そうだね。風になって森を少し進んでみたけど、動物型や昆虫型のモンスターが多くて進み難そうだった。僕たちがアレに遅れを取るとは思わないけど、桜島に着くまでに日が暮れてしまうだろうし、無駄に体力を使ってしまう可能性も高いと思うんだよね」


「つまり、国道を進みながらも相手に見つからない方法があれば良いってことだね。コホコホ……」


 そんな方法があるのかと誰もが頭を捻る中、クルルだけはアミに視線を向けていた。その瞳は期待を多分に含んだものだ。そんな視線を受けては出し惜しみもしていられないとばかりにアミは小さく息を吐く。


「――この間、アズマ婆に教えてもらった術で良いものがある」


 そう言うなり、アミの身体から白い靄のようなものが周囲に向かって広がっていくのであった。


 ★


 現代に生きるアイヌ民族の中でもアズマ婆が率いる一族は、総じて不思議な力を操ることができた。それは、カムイの恩恵だとされ、火、水、風、土、木などの自然の力を念じるだけで借り受けることが出来たのである。


 そして、一族の中でも最強の使い手であるアズマの直弟子である辺泥クルルとアミもその力の使い手であり、クルルは攻撃寄りの火と土の神の力を借りるのを得意としており、アミは防御寄りの水と風の力を借りるのを得意としていたのだ。

 そして、今、その防御寄りの才能が遺憾なく発揮されようとしていた。


霧の神ペヘ・カムイ!」


 アミを中心として、ゆっくりと白く濃い霧が広がっていく。

 その霧は海風を受けても霧散せず、それがただの自然現象ではないことを語るかのように不思議な光景であった。


「これは凄いな……。スキルじゃないんだよね?」


 感心したように茂風が尋ねるとアミはコクリと頷きを返す。

 覚えたばかりの術なだけあって、相当な集中力を要するようで気軽に言葉も返せないようだ。

 そのことにすぐに気付いたクルルが、アミの代わりに言葉を連ねていた。


「口寄せとか、占いとかと同じ。自然の力を借りるっていう不思議な力がクルルたちにはある」


「凄いなぁ」


「あなた、感心している場合じゃないでしょう。後続に説明して、合流してもらって一気に危険地帯を抜けるとしましょう。これなら、ギガントたちも道路で何が起きているか確認できないはずだから、援護射撃も飛んでこないはずよ」


「それもそうだね。ところで、この状態はどれぐらいもつのかな?」


「海も近いから、水の神の力が強い。アミの実力で言えば、五時間ぐらい――」


 と言いかけて、クルルはちらりと景の方に視線を向ける。


 突如として視線を向けられた景は困惑顔だ。


「――だと思ったけど、格好付けたいと思うから七時間はいける」


「!?」


 クルルの突然の無茶ぶりに、思わずアミの集中力が途切れ掛けるが、必死の思いで気持ちを繋ぐ。

 クルルの表情は傍目には無表情に近いものに見えたが、アミは知っている。

 ……あれは面白がっている表情だ。間違いない。


「良く分からないけど、無茶すれば七時間はいけるってことかな? アミちゃんにはあんまり無理して欲しくはないんだけど……」


 景がそう言って心配そうな表情を見せると、逆にアミの心に火が点いた。

 俄然やる気が出てきて、霧の濃さが増してくる。


「これ以上濃くなると前すら見えなくなるんだが……」


 だが、アミのやる気とは正反対に、しかめっ面を浮かべる絶には不評なようで、アミの呼び寄せた霧の濃さも少しだけ薄くクールダウンするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る