第67話 鬼、決戦に挑まんとす。⑦

「――チェイアッ!」


 腕を斬られた痛みに、一度は後退したスカンダだが、苦痛程度で退いてしまった自分を恥じたのだろう。助走して地面を蹴るなり、体ごと回転しながら武器を横殴りに薙いでくる。


 大竹丸はその武器の軌道を見て、腹部の先をかすらせる程度の距離で回避。更に回転しようとするスカンダの動きを加速させるように、その肩に上段蹴りをぶち当てる。回転が急に早くなったスカンダは武器が地面に突き刺さり、身体の操作を失って地面へと転がっていた。


 だが、土と雑草が翻る中を即座に起き上がって矢を放つなり、六本の武器を持って突撃してくる。


「はああぁぁぁぁーーーっ!」


「…………」


 集中する大竹丸は既に矢が放たれるよりも早く回避行動に移っている。そして、次の一秒前の光景をその目に映し出していた。


(左腕二本による、槍と鞭の二段攻撃……)


 槍を脇の下を潜らせて躱し、スカンダの鞭の腕が振るわれるよりも早く、小通連がスカンダの肩口に突き刺さる。そこで大竹丸は一瞬で小通連を消し去ると、再度自分の手の内に呼び寄せる。


(一撃ごとに一手を返すようにせんと、こんがらがるからのう)


 そして、次の瞬間には痛みを堪えて右腕の虹色の剣を振るおうとするスカンダの幻影が一秒先に見えた為、それに合わせて小通連を振るう。


「ギャアアアァァァ!」


 次の瞬間には、反撃カウンターで入った一撃がスカンダの腕を斬り飛ばし、血の雨が周囲に飛び散るではないか。


 それでも、大竹丸の目はスカンダが倒れながらも放ってくる一秒先の蹴りの幻影と、下から迫ってくる左腕の鉾の幻影を映し出す。


 それに対抗するように大竹丸はスカンダの懐に飛び込んで、あえて蹴りの間合いを潰す。脚を上げたは良いものの、その蹴り脚を放つ先がいきなり消え失せて戸惑うスカンダ。その膝下に腕を突き入れ、大竹丸は肩で背負うようにして、そのまま前のめりに倒れるようにしてテイクダウン。地面に激しく倒されたスカンダは目を白黒させながら、思わず悪態をつく。


「くそ! どうなっている! 天界一の速度を持つ私よりも早いとでもいうのか!」


 スカンダは仏教では韋駄天の名で知られる最速の男だ。故に大竹丸の動きが理解出来なかったのであろう。


 地面に激しく背中を打ち付けたが、草が衝撃を殺したのかスカンダへのダメージ自体は少なそうだ。大竹丸もテイクダウンを奪ったが、寝技グラウンドに移行することはせずに、すぐにスカンダとの距離を離す。


 元々体重差があるのと、手の数が違う為に、捕まったら厄介であると考えたのであろう。悪くない判断である。


「やれるか……のう?」


 そして、そんな判断以前に大竹丸は自分が今モノにしようとしている技術に興味津々であった。頑張っているスカンダには悪いと思うのだが、大竹丸の興味は彼から薄れつつある。


 スカンダがヘッドスプリングで起き上がる。その顔には敵意というよりも、戸惑いの感情が多く含まれているようであった。探るように、それと分からないように、間合いを詰めてくる。


 歩法のひとつに足の指の動きだけで間合いを詰めてくるものがある。スカンダが今実施しているのは恐らくそれだろう。身体の動きが無い故に気付いた時には間合いがスカンダのものとなっているといった具合だ。


 普通なら焦る所だろうが、当然のように大竹丸も武を嗜む身。スカンダの歩法には気付いていた。


 そして、ようやくかとばかりに唇を歪める。


(歩法というのは各流派でも門外不出の秘奥……。つまり、ここからがようやく本気というわけじゃな!)


 心の中でどや顔を浮かべるが、そうではない。


 スカンダは既に本気になっている。


 それが弱く見えるのは大竹丸が悉くその行動を封じ込めているせいである。なので、ここからいきなりスカンダが秘められた力を解放して強くなるというようなこともないだろう。


 それでも諦めないスカンダは、六本の腕が持っていた武器を地面へと放り捨てると、その全ての手から虹色に光る剣を現出させる。


 どうやら、彼の得意武器は剣ということらしい。その七本の剣を手首を使ってクルリクルリと回転させながら、スカンダはまるで動いていないように見せて、既に自身の射程へと大竹丸を捉えていた。


(貰った……!)


 動き出しは一瞬――。


 大竹丸の呼吸のタイミングを盗んで、息を吐いた瞬間に仕掛ける。これで、大竹丸は動く前に一度息を吸う必要性が生じる。それで少しでも反応が遅れれば儲けものだ。


「受けてみよ、戦神の怒りを! 戦輪孔雀八刃ッ!」


 空中で回転しながら迫るスカンダの虹色の剣がまるで鳥の嘴のようになって、高所から大竹丸に向かって振り下ろされる。それを避ける大竹丸だが、その後を追うようにして、更に剣が上空から振り下ろされてくる。


「忙しないのう!」


 避けられた剣先は大地を捉え、そのまま大地を抉るようにしてスカンダの体を加速させていく。その様は武器というよりも脚や腕という表現が正しいのだろう。大竹丸を狙って縦横無尽に走った武器が、大地に突き刺さり、それを動力として加速する姿は、棘付きの鉄球が迫ってくるような恐怖がある。


 その攻撃を緩急合わせた後ろ跳躍バックステップで凌ぎながら、大竹丸はスカンダの武器の軌道を見る為に目に神通力を通わせる。上左右からの変幻自在な攻撃。推進力を得る為に下からの攻撃が無いことは、大竹丸にとっては救いか。


「……む」


 集中するあまり、大竹丸の鼻からつぅっと鼻血が滴り落ちる。


 だが、彼女はそんな状態になりつつも、心の中で素晴らしいと喝采をあげていた。


 大竹丸の目には、スカンダの一秒先の未来が複数見えていたのである。


 これは、スカンダの攻撃が早いというだけでなく、複数の同時攻撃に加えて、地形の僅かな変化などによって攻撃の軌道が変わるということを指し示しているのだろう。


(それでも、もっと可能性を排除し、未来を絞り込むことは出来るはずじゃ……)


 大竹丸は自身の脳味噌の中身を総動員して、後退しながらもスカンダの動きを観察し続ける。スカンダの性格、癖、腕の振りの速さ、可動域、武器の角度、どこまで制御出来ていて、どこを越えたのならスカンダは制御し切れなくなるのか。


 それらを死闘で得た経験則を元に、より確度の高い確率を割り出していく。そして、それが終了した時、大竹丸の瞳にはひとつの未来しか映っていなかった。鼻血がだらだらと黒のジャージを汚す。


「呵々ッ! 鍛え直しておいて良かったのう! 裏伝りでん裏細うらささめッ!」


 前後左右上下。全方位対応した小通連の斬撃がスカンダの戦輪孔雀八刃の刃と一瞬で噛み合い――その斬撃の全てを弾き飛ばす。


 当然だ。


 地面というしっかりとした土台に腰を落として迎え撃ち、尚且つすべての武器の軌道を先読みしてぶち当てた大竹丸と、曲芸の如き動きで迫ったスカンダではその斬撃の重さが違う。


 一瞬の刃と刃のぶつかり合いは周囲に神鳴りでも落ちたような轟音を響かせ、刃と刃の衝突によって生まれた衝撃はスカンダの体を一瞬だがふわりと浮かせる。その唐突な事態に、スカンダは驚きに目を丸くするが、大竹丸にとっては好機の到来だ。


 小通連の姿を消し、もう一度小通連を呼び寄せると大竹丸は小通連の峰をスカンダのコメカミ目掛けて一閃する。


 途中、反応したスカンダが虹色に輝く剣を挟もうとするが、そこは顕明連が小通連を転移ワープさせ、大竹丸の一撃は狙い過たずにスカンダのコメカミへと吸い込まれていった。


 ゴッという鈍い音が響き、スカンダの首が身体から取れるのではないかという程に伸び、その体が糸の切れた操り人形のようにその場にくたりと倒れ込む。……まるで即死したかのような反応。


 それに怖くなったわけではないが、大竹丸は慌てる。


「良いのが入ったが、まさか死んではおらんじゃろうな……」


 百鬼夜行帳に登録することを考えて、そんな事を呟く大竹丸。


 だが、どうやらその心配は不要のようであった。


 スカンダは糸の切れた操り人形の状態から、ホラー映画のように奇妙な動きで起き上がってきたからである。


 そのタフさに呆れる大竹丸であるが……何かがおかしいと気付いて、刀の切っ先を引き上げる。


 スカンダの目は完全に白目を剥いており、どう見ても意識がある状態には見えなかった――にも関わらず、彼は口から意味にもならぬ言葉をぶつぶつと呟き続けているのだ。一目見て気持ち悪い状態である。


「悪い霊にでも取り憑かれたかのう……?」


 大竹丸が訝しむ中で、ようやくスカンダの口から意味のある言葉が聞こえた気がした。


「……咎人……、……贖罪……」


 聞き取れたのはそれだけであったが、大竹丸にその言葉を聞き返す余裕はなかった。


 突如としてスカンダが襲い掛かってきたからである。


 しかも……。


(何じゃ、コイツは! べらぼうに早い!)


 一秒先の未来予知に追いつく勢いでスカンダが攻撃を仕掛けてくる。その手には虹色の剣も何も握られておらず無手であるのだが、大竹丸は背筋が凍る程の重圧プレッシャーを覚えていた。


 事実、スカンダから繰り出される拳の風切り音が今までのものとまるで違う。


 空間そのものを引き裂くかのような剛拳が走ったかと思えば、ゴムを撓めて振動させたようなみょみょみょぉ~んという音が響き、その拳の速度と音が合っていないのだ。


 それだけに薄ら寒いものを覚える。こんな不可思議な拳に当たればどうなるのか。想像するだに恐ろしい。


 拳を、蹴りを、掴みを、大竹丸は額に汗を浮かべながら丁寧に避け続け、ひたすら防御に徹する。いや、攻撃するだけの余裕がないというのが正解か。


(くっ、まるで人が変わったように鋭い攻撃をしよる! しかも、鼻血のせいで息がし辛いし、最悪じゃ! 意識を失くしたせいで、秘められた力が解放されたとか、そういう展開かのう!? そういうのズルいじゃろ! やられる方は溜まったもんじゃないんじゃからな!)


 妾にもそういう展開が無いかのう、とアホな思いを抱きながら、大竹丸は辛抱強くスカンダの攻めを見続ける。


 足運びから手足の指の動き、拳の繰り出し方から、蹴りの放ち方、体の使い方……その全てが大竹丸の数段上を行く鋭さを持つ。


 正直、小通連二刀に加え、相手が無手で無かったのであれば、何発かは大竹丸に命中クリーンヒットしていたに違いない。

 

 その結果どうなるのかは考えたくもないことだが、この経験は確実に糧になると大竹丸は考える。


(これが、理想的な武か……。凡そ、彼の者よりも優れた体の動かし方をする者には会ったことがないぞ。理想を体現していると言い換えても良い。じゃが……)


 その体の動きが理想的であればあるほど――予想はし易くなる。


 大竹丸の目にはゆっくりとではあるが、現在のスカンダの一秒先の動きが見えるようになってきていた。


 いや、一秒は言い過ぎか。


 コンマ三秒先の動きが見えるようになってきたのだ。


 だからこそ、その事を伝える為に――、それが真実であるかを試す為に――、大竹丸はコンマ三秒先の未来を見て斬り掛かる。


 ――ぎぃん。


 硬質な音が響いた次の瞬間――。


 ――大竹丸の小通連の刃はスカンダの上げた脚の、足の指に挟まれて止まっていた。


 だが――。


 そこまで一方的に攻撃を続けていたスカンダの動きは、確実にそこで止まっていたのであった。

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