第66話 鬼、決戦に挑まんとす。⑥

 神懸かみがかる、という言葉がある。


 これは誇張でも何でも無く、神の力を借りて奇跡を起こしている事に他ならない。


 例えば、その思考が神に近かった、その動作が神に近かった、その肉体の一部が神に近かったといった事で一時的ではあるが、神の力を奮えるようになるのだ。


 現代的に言うのであれば、神にしか整合パスしないはずの生体認証セキュリティを、何らかの条件を満たす事で通過してしまった人々が、一時的に世界に干渉する力を得たといった所であろうか。様々な奇跡とは、そうやって起こされるのである。


 そして、大竹丸の神通力もそのひとつであった。


 彼女は肉体そのものを神の造形に近付けることによって恒久的に生体認証セキュリティ通過パスし、神の力を利用しているのである。


 そして、そんな大竹丸と対峙するのは、神の名を語る凶悪なモンスター、スカンダ・レプリカ。当然のように神の如き力を使ってくるものと思っていたが……。


(これは何じゃ……?)


 スカンダが鋭く踏み込み、右腕から剣による刺突を繰り出す。


 早い。――が、それだけだ。


 手首を使い、上段からたちまち中段への動きに変化するが、その動きにも慣れたとばかりに大竹丸は大きくステップを刻んで躱す。


 だが、スカンダの動きは止まらない。


 杖による上からの振り下ろし、剣を持った腕が首をぐるりと回って幻惑するかのような斬り払い、槍の穂先をしならせた時間差を加えた刺突、更には弓による曲射まで仕掛けてくる始末。その攻撃は多様にして鋭く、重い。


 それらの攻撃を大竹丸は躱し、いなし、弾きながら考える。


(むぅ、重い……。重いが……)


 気を抜いているようにも思われるが、小通連の自動防御は完璧だ。しかも、今回はベリアルに皹を入れられた大通連のことを鑑みて、小通連の二刀持ち。これは流石にスカンダであろうとも易々と突破することは出来ない。事実、大竹丸もスカンダの攻撃が良く見えている気がした。


(豪胆にも神の名を名乗る男……。速度も膂力も持久力も武器の扱いも全てが高水準。確かに凡そ人間の技とは思えぬ鋭い攻めを見せよる。なのじゃが……)


「いい加減、逃げ回るのを止めたらどうだ! 八閃――」


 八本の腕から様々な武器が一斉に刺突によって繰り出される。それらは寸分の狙いも過たず、大竹丸の胸の一点――即ち、心臓へと向けられていた。それを小通連を交差するようにして防ぐ大竹丸。だが――。


「――激発!」


 八本の武器が一気に外に開かれ、大竹丸の防御が無理矢理抉じ開けられる。そしてそこを狙っていたかのように、鋭い前蹴りが飛んでくるのだが――。


 ――大竹丸の小通連は易々と空間転移を行い、その蹴りを刀の峰で受け止めるのであった。


 それに苛立ちを募らせるスカンダは小さく舌打ちをすると、大竹丸の体を突き放すかのように小通連ごと遠くへと蹴り飛ばす。そこへ追撃を行おうと考えたスカンダだが、大竹丸が小通連を地面に突き刺し、その部分を支点として大きく回転して地面に立つのを見て、その追撃を諦める。


(なのじゃが……。強いというわけではない……?)


 力が強く、早く、勘も鋭い部分がある。大竹丸が攻撃しようとすると機先を制して攻撃を封じてきたり、獣のような勘の良さでその攻撃を躱す。


 だが、そこに相手と駆け引きをするような技が無いし、恐ろしさが少ない。


 言うなれば、恐ろしく身体能力に優れた獣と戦っているようだと大竹丸は思っていた。


(神は完璧であるが故に武術を疎かにしておるのか? それとも、駆け引きや小細工などは不要と考えておるのか? うぅむ、分からん……)


 急激に前傾姿勢となり、脚を狙ってきた剣によるスカンダの攻撃を小通連で受けるなり、大竹丸は力で押し返す。


 スカンダはその勢いを利用して横に一回転しながら、鞭を大竹丸に叩き付けようとするが、大竹丸は小通連によって軸を作って受けると頭を下げる。その頭の上を鞭の先が旋回し、スカンダに向かうがスカンダは八本ある腕のひとつに持っていた盾でその鞭の先を受け止める。


 大竹丸はすかさず小通連を光の粒子へと戻すと、小通連に巻き付いていた鞭が勢いを失くして地面に落ちる。その中で、大竹丸は再度小通連を呼び出し、スカンダに斬り掛かろうとするが、ひらりひらりと踊る剣がその動きを邪魔するかのように大竹丸に迫り、その対応をしている内にスカンダは鞭を引き戻してしまう。


 一瞬の隙を作っても、八本の腕のいずれかがカバーに入る状況というのは、これでなかなか攻め辛いものだ。強引に抉じ開ける事も出来るだろうが、大竹丸は後方に跳んで距離を離していた。警戒しているのだ。


(神の実力とはこの程度ではないはずじゃ。恐らく、まだ妾を試しておるのじゃろう。油断は出来ぬ……)


 大竹丸は気息を整え、二刀を正眼と霞に構える。その鉄壁の構えを前にして、スカンダはポーカーフェイスのままにジリジリと大竹丸との間合いを詰めるのであった。


 ★


(なんだ、コイツは……⁉)


 一方、ポーカーフェイスを貫くスカンダは内心で驚愕していた。


 スカンダの攻撃は決して遅くはない。神の軍の兵士であっても、三合も打ち合えば、スカンダの速度について来られずに頭をかち割られる程の速度を誇る。


 だというのに、大竹丸は何合打ち合っても、その速度に付いてくるどころか、対応し始めているではないか。


 いなされ、躱され、今はまだ攻撃に転じてはいないが、やがて攻撃に転じてくることだろう。


 それが分かっているだけに、スカンダの内心には焦りの色があった。


(おかしい。私はこんなにも弱かったのか?)


 スカンダは自問自答するが、それは違う。


 スカンダは十分に強い。 

 

 その一撃は、嬢がまともに食らったのであれば脳天から唐竹割りにされていたことであろうし、葛葉ではほぼ反応出来ぬままに数太刀を体に受けていた事だろう。


 決してスカンダが弱いわけではない。


 では、この互いが抱く違和感の正体とは何なのか。


「しかし、堅い……」


 息をもつかせぬ勢いで飛び込んだスカンダは流星のような槍と鉾と剣の突きを放つも、大竹丸にあっさりと流され、動きを止めていた。


 下には草の生えた地面が広がっており、いつの間にやら街からは大分離れた位置に来てしまっていたようだ。近くには森もあり、地下でありながら上空には太陽のような光まで降り注ぐ。まさに、肥沃な大地を体現する空間の中で大竹丸とスカンダは手に手に武器を取って対峙する。


「……そろそろ遊びは終わりにしたらどうじゃ?」


 挑発するようにして大竹丸が言う言葉にスカンダはぴくりと片眉を跳ね上げる。


 どうやら、このジャージの少女にはスカンダが力を隠していることまでお見通しであったらしい。


 スカンダはそのポーカーフェイスを止め、薄い笑みを浮かべる。


「そこまで勘付いたか……」


「分からいでか。それこそ、あんな手緩い攻めでは欠伸が出るというものじゃ」


「よかろう。ならば、私の真の力を見て後悔すると良い……」


 スカンダが武器二つを投げ捨て、その両手を合わせるとゆっくりと腰を折り曲げていく。礼拝、なのだろうか? それとも精神集中? 大竹丸には判断が付かなかったが、彼は深く呼吸を吸い、吐くのを繰り返す。


 やがて、大竹丸にも聞こえる程の深い呼吸を終えたスカンダは、すっくと立ち上がる。


 その瞳と表情にはどこか猛る獣性のものが燃えていた。


 そして、その両手に虹色の光を宿した曲刀が二本握られている。


「……ふぅ、こうなってしまったからにはもう止まらんぞ? ……神の軍勢すら押し戻した私の力を見るが良いッ!」


 次の瞬間、スカンダの姿が大竹丸の目の前から消え失せる。


 ゼロから百への刹那の加速――。


 それは動体視力があれば見えるというものでもない。


 文字通り、見えないのだ。


 だが、大竹丸の両手に持った二刀は自動で反応し、勝手にスカンダの攻撃を弾き返す。虹色の光彩が散り、スカンダの驚愕したような表情が大竹丸の目に映る。


 だが、そんなスカンダの姿を見ても大竹丸は油断することはない。真の力とは言っていたが、スカンダは本気の真の力とは言っていなかったからだ。


 もしかしたら、それ以上があるのかもしれないと、大竹丸は神通力の力を目に集めてスカンダの猛攻を観察する。


 早く、一撃一撃が鋭く重い――だが、果たして何かが変わっただろうか?


(見えない攻撃は厄介じゃと思ったが、神通力を目に集めたら見えるようになったしのう……。うーむ……)


 まだスカンダに試されている段階なのかもしれない。


 そう思った大竹丸は、丁寧に丁寧にスカンダの猛攻を捌いていく。最初は猛獣のような表情を見せていたスカンダもやがて何かがおかしいと思い始めてきたのか、その表情には、いつの間にか焦りの色が浮かぶ。


(何故だ! 何故、コイツは私の攻撃を受けられる! 躱せる! いなせるのだ! そんな者は私の知る者の中にはいなかったぞ! くそ! 速度か! 速度が足りないのか! もっと早く! 早く動くのだ!)


(お。何じゃ? 回転が上がったかのう? じゃが、打ち合った回数が多過ぎるせいかのう? 良くんじゃよなぁ……)


 交差するように放たれる虹色の剣の胴と逆胴を二刀で受けて弾き返し、打ち込まれる杖の切っ先を首を逸らして躱し、撓んで軌道が読み辛い槍の切っ先を転移した小通連で弾き返し、足元を狙って放たれた斧の刃を横から踏みつけて地面に沈め、スカンダの背後から回るようにして逆袈裟で迫ってきた鉾の一撃も転移した小通連で弾き、不意打ち気味に伸びてきたスカンダの蹴り脚に合わせて、斧を踏んだ脚を垂直に蹴り上げてスカンダの蹴りを相殺する。そのまま変則二連蹴りとして踵を落としてやれば、スカンダは思わず飛び退いて大竹丸の攻撃を避けるではないか。


 む、と大竹丸の表情が動く。


(何か今必死っぽかったような気がしたのじゃが……。気のせいじゃよなぁ。何せ、神様じゃしのう……)


 だが、大竹丸の心の中とは裏腹に、スカンダの心の中では感情が嵐のように吹き荒れていた。


(ふざ……、ふざけるなよ! 私の本気の連撃を防ぐ所か、逆に反撃してくるだと……! こんな化け物が人間の探索者とやらにはいるというのか! こんなものどうしろというのだ……!)


 スカンダはこの時点で気付いたが、二人が抱える違和感とは簡単なものであったのだ。


 ――そう。大竹丸が強くなり過ぎているのである。


 大竹丸は夏休み期間の最終週に、自分が強くならねば皆を守れないと考えて、自分の分身を六千人作り出し、殺し合いバトルロイヤルを行った。


 その結果、六千人全ての記憶は大竹丸の中に蓄積し、大竹丸は凡そ神に近い力を持つ者六千人分の乱闘の記憶を主観俯瞰の両方で経験するに至ったのである。


 その経験が大竹丸の中で集約し、彼女は新たな力を持つに至ったことを未だに理解していない。


 それは、簡単に言うならば、経験則。


 経験から次に起こることを予想することが出来るというアレである。


 だが、大竹丸のそれは生半可なものではない。


 大竹丸のそれは濃い修練の結果によって、凡そ未来予知ともいうべきものに昇華していた。つまり、相手の攻撃が来るよりも早く、彼女には攻撃の全貌が見えているのである。


 それ故、スカンダがいくら疾風怒濤の攻撃を繰り出しても、大竹丸はいとも簡単に捌き切ってしまうのである。


 未来予知にも通じる経験則、そして自動防御の小通連、更には距離を無かったものにしてしまう転移の顕明連。この三種が揃った大竹丸は、いくら早い攻撃だろうと当たることはないだろう。


 そして、その感覚に戸惑っていた大竹丸の中で、ようやくその感覚が馴染み始めていた。相手の攻撃を予測して避けるといった考えから、徐々に違う考えに変質しようとしていたのだ。


(しかし、何じゃ。変な感じじゃ……。相手の攻撃が見えすぎて、今なら相手の攻撃に攻撃を合わせても先に攻撃出来そうな気がするんじゃが……。――なんてのう。馬鹿馬鹿しい。拳闘の試合ではないのじゃぞ。そんなこと……)


 スカンダが動く――。


 そのスカンダが動く一秒前に、どう動くかが大竹丸には


 だから、その動いた後の姿に合わせて小通連を振るう。


「――⁉ ガァァァァッ!」


  その刃があっさりとスカンダの腕を深々と切り裂き、スカンダは慌てて後退する。


「…………」


 本来なら空振って然るべき攻撃だったのだが、それが当たったことに目を丸くする大竹丸。そして、自分の中での奇妙な感覚の正体にようやく勘付き始める。


(出来るのか、そんな事が……。いや、やれるのか妾なら……?)


 ――大竹丸の中で完璧反撃パーフェクトカウンターが、今目覚めようとしていた。

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