第19話 鬼、窮地に陥らんとす。

 ダンジョンデュエル――。


 それはダンジョンマスターが持つダンジョン同士の真剣勝負ガチンコバトルである。各自のダンジョンの入り口を次元を歪めて接続し、そのダンジョン内に生息するモンスター、罠、またはダンジョンマスター自身を戦力として、互いのダンジョンを占拠していく勝負だ。勝敗の決定方法は二十四時間以内に互いのダンジョンをどれだけ占拠したか、またはダンジョンコアが破壊されたかによって決定され、負けた方は勝った方に所持しているDPの何割かを差し出さなくてはならない。ただし、ダンジョンコアを破壊された場合だけは、その場でダンジョンマスターが死ぬとされている。


 要するに、探索者を相手取った普段のダンジョン運営とは別に、ダンジョンマスター同士で直接対決を行い、相手の売り上げDPをピン跳ねする勝負方法なのである。


「ダンジョンデュエルは月一回だけ挑戦権が与えられていて、それは使っても良いし、使わなくても良いんだけど、厄介なのは格上のダンジョンは格下のダンジョンに挑まれた場合には絶対に戦わなければならないということなんだ。逆に格下のダンジョンは格上のダンジョンに挑まれた場合、拒否することも可能なのは有り難いんだけど……」


「そのダンジョンデュエルに、妾の風雲タケちゃんランドが挑まれると?」


「風雲タケちゃんランドかどうかは知らないけど、総合的なDPが激減しているし、S級ダンジョンを潰してやろうって思っている格下は絶対に挑んでくると思うよ。特にこの一年間は保護期間中でルールで禁止されていたからダンジョンデュエルそういうのはなかったけど、そろそろ期間も終わるし、確実に来るんじゃないかな」


「んん? というか、そこまでDPが激減しておるのか? 三百万ほど還元したじゃろ、妾?」


 大竹丸がきょとんとした表情で尋ねるものだから、ノワールも思わず苛ついたように口調が荒くなる。


「還元率は百パーセントじゃないから! ダンジョンから探索者にはDPが百パーセントいくのに、探索者からダンジョンには五割がせいぜいだからね!」


 ノワールが言っていることは本当だ。


 大竹丸がS級ダンジョンをほぼ攻略したことで得た利益は、四百九十万DPほどにのぼる。これは、ノワールがダンジョンにモンスターを配置する時に使用したDPとほぼ同額だ。


 そして、得たDPを基本的には直接他人に譲渡することは出来ない。そもそも冒険者カードにそういう機能がないからである。せいぜいがDPで物を買って、それを相手に譲渡するぐらいであろう。


 だが、それは探索者間だけでの話であり、実は探索者からダンジョンマスターには変則的ではあるが、DPの譲渡が可能なのである。そして大竹丸はその変則的な技を使用することでノワールに自分のDPを多く渡し、風雲タケちゃんランドの作成を依頼していたのだ。


「三百万DPで買った武器やら防具やらをダンジョンに吸わせてDPに変換……それで得たDPが大体百五十万DP。ダンジョンマスターランキングをきちんと確認しているダンジョンマスターなら、ボクが一年間のダンジョン経営でDPを三百五十万も減らしたと考えるだろうね。そして、そんな経営下手のダンジョンなら与し易いとも考える。うぅ、こんなの絶対勝負しかけられるじゃないか……」


「なんじゃそんなことか。良いではないか。勝負を仕掛けられたところで受ければ」


「いや、気軽に言うけどさぁ……」


 ノワールは言葉を失くすが、隣に座っていたベリアルは大竹丸と同じ気持ちであったようで、暑苦しいウェーブした髪を掻き上げてからさも当然とばかりに頷く。


「我も鬼娘の意見に賛成だ。そもそも、我とノワールの絆はまだ切れていない。更に言えば、我と鬼娘の間にまで絆が出来た。攻めてくるなら、むしろそのまま逆襲して我らの糧にしてやるまであるぞ」


「逆襲って……、えぇ……?」


 ノワールの中では、ベリアルは大竹丸にあっさりとやられた認識なのだろう。その実、結構な激戦であったのだが、その戦いの模様をノワールは確認していなかったようだ。その為、彼はベリアルの強さに懐疑的なのだ。


 懐疑的といえばもうひとつ。そもそもからしてノワールには理解出来ない部分があるのを彼は思い出した。


「そういえば、タケ姐さん。なんでまたこんなダンジョンらしくないダンジョンに改装させたのさ? これじゃあ普通の娯楽施設と変わらないよ? ダンジョンデュエルにも負けちゃうかも……」


 不満たらたらで文句を告げるノワールであるが、大竹丸はあっけらかんとした態度で答える。


「そりゃそうじゃろう。妾はこのダンジョンで商売をしようと考えておるからな」


「は?」


 寝耳に水だ。そもそも聞き間違えたかとよくよく考えてみて、それでも該当する言葉が出ずにノワールは青い顔で再確認をする。


「え、商売? ダンジョンで? 本気?」


「当然じゃよ。というかやらざるを得ん。む、そうか。その辺の話を御主たちには言っておらなんだな。丁度よい機会じゃから言っておこう。……御主らよ、妾の仕事は何だか分かるかのう?」


「仕事? タケ姐さんはニートなのでは? ……いでででっ! いきなり無言で手を取って指関節極めないで下さい!」


「何言っているのじゃ? ちょっと強引な恋人繋ぎじゃよ?」


「絶対違うからぁ! わかりましたよ! ニートって言ったことは謝りますからぁ!」


 その言葉に満足したのか、ノワールの指は離される。そもそも大竹丸の力であれば手が握り潰されてもおかしくはないのだが、指関節だけを極めるとは器用なものである。


「もう、本当に冗談が通じないんだから……」


 ふーっ、ふーっと指に息を吹き掛けるノワール。その姿はちょっと可愛かったりするのだが、彼の誇りプライドの為に大竹丸はあえて指摘しない。


「面白い技だな。我と戦っていた時には使わなかったようだが?」


「簡単に手を取らせるような相手でなければ使わぬよ」


「だそうだぞ? 元マスター」


「どうせボクは隙だらけですよっ! それで、タケ姐さんの仕事って何なんですか……?」


 話題を変えるようにして振られた話に大竹丸は鷹揚に頷く。


「うむ、妾の仕事はな。請うてきた者に神通力を教える仕事じゃ」


「神通力を……教える?」


 ノワールは眉根を寄せながら難しい顔だ。内容が理解できなかったのかもしれない。


「そうじゃ。政界の大物から、経済界の黒幕まで神通力を欲しがる者は多い」


「そもそも、ボクはその神通力が何なのか分からないんだけど?」


「なんでも出来る力じゃよ。神の力とも言うべか。極めれば星ぐらいは生み出せるのではないか? 妾はまだその域に到達しておらぬがのう」


「ほ、星を創るちから……? そんなトンデモナイ力を権力者たちが求めてやってくるっていうの?」


 ぞっと血の気の引いた顔を見せるノワールだが、三百年の研鑽と肉体改造を施した大竹丸でも届かない境地をそんな簡単に修められるわけがない。


「そんな大層な力を彼らは求めんよ。そもそも彼らは忙しい。一週間かそこらの修行で得られる力のみを求める。例えば、運が向上するじゃとか、病気に罹り難くなるじゃとか、若干寿命が伸びるとかじゃな」


「いや、それでも凄いよ! 一週間修行しただけでそんな力が身に付くだなんて! それこそ魔法みたいだ! ……あれ?」


「気付いたようじゃな」


 大竹丸は毒ぺを飲んで人心地。ノワールの心を焦らすかのようにゆっくりと言葉を続ける。


「実際に魔法が使える世界になってしまっては、神通力は要らぬ力となってしまったのじゃよ」


 それはつまり政財界の大物たちが大竹丸に神通力習得のための修行を依頼しなくなり、修験者の隠れ里に金が入ってこなくなるということだ。つまり、大竹丸はダンジョン発生のせいで経済的窮地に陥ろうとしていたのである。

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