第18話 鬼、ダンジョン持ちにならんとす。
「大体、あの御方は自分がどういう存在なのか自覚しておられんのだ! 探索者など、穴に潜り、宝を得る蟻の如き存在だと言うのに! それを太陽の如きエネルギーの塊である大竹丸様が同じ穴に入れば宝も蟻も全て焼き尽くす未来しか見えん!」
安い発泡酒を喉に流し込みながら、宏は荒々しくテーブルに空になった缶を置く。自分たちが仕える神の如き存在が俗世に
あのパワーだけはぶっ飛んでおり常識が欠片もない存在が世間に解き放たれたのなら、フォローする立場の苦労が天元突破するであろうことを考えて荒れているのであった。特に宏は修験者の隠れ里の里親である。責任を問われる立場なだけに飲んでいないとやっていられないのであった。
「ま、まぁまぁ、お父さん。一応タケちゃんのフォローは私がするから、ね?」
「うぅ、出来た娘を持ってお父さんは嬉しいぞぉ……! パパ感激……!」
「ちょっと飲み過ぎですよ、お父さん。お酒弱いのにパカパカ飲むから……」
ちなみにまだ発泡酒の缶を一本しか開けていないのにも関わらずへべれけだ。どうやら強くも無いのに飲むペースが早かったらしい。気持ち良くなってきて若干舟を漕ぎ始めている。
「んごぉ~……」
そんな宏を困ったように見つめてから、静はしっかりと小鈴に視線を合わせていた。その目はいつもよりも大分真剣である。
「でも小鈴、本当に大竹丸様の見張りはしっかりとお願いね? 彼女、目を離すと何をしでかすか分からないんだから」
「大丈夫だよ、お母さん。タケちゃん、あれで色々と考えているしきっと大丈夫だよ」
のほほんと構える小鈴。
とりあえず父のおかげで探索者資格試験の受験が決まった。
これでルーシーたちにも胸を張って会えるというものだ。しかし、何故大竹丸が探索者を目指すようになったのか? 小鈴はそんな疑問を抱いていた。ではその疑問に答える為に少しだけ時間を巻き戻そう。
★
時は戻って同日の午前。
薄墨ひとつない青空を同じ時間帯に小鈴も見上げているのだとは露程も思わずに、大竹丸は降るような蝉時雨の中に身をおいていた。
例の武家屋敷の縁側は今年も気温が高いのだが、背の高い木々に囲まれたせいか丁度良い塩梅に日陰となっていて涼しい。そんな
「ふう……」
背丈の高い草を刈り取り、申し訳程度に庭と呼べるものを形成した敷地内に随分と不釣り合いな石造りの門が建っている。その上部には手作り感溢れる感じでベニヤ板のようなものが貼り付けられており、そこにはやたらと達筆な墨字で『風雲タケちゃんランド』という記載がなされていた。
「DIYの後の毒ぺはうんまいのぅ……」
「ちょっとタケ姐さん! 何、変な看板をボクのダンジョンの入り口に貼り付けてるのさ!」
――と、違和感ばりばりであった扉が開き、中から美少女にしか見えない少年が扉上部の看板をひっぺがしつつ庭に現れる。サイズのあっていなさそうなタンクトップと涼しげな半ズボンから覗く白い手足は顔の造りと合わさってどう見ても少女にしか見えない。だが彼は自ら男であることを主張するかの如く大股で縁側へと近付いてくる。
「お、ノワール。その様子じゃとようやく中身も完成したようじゃのう。ほれ、ここに
「その西瓜、DP産じゃないよね? DP産は
「安心せい、西瓜は小鈴がこの間持ってきたものじゃ。ベリアルも遠慮せず食うと良いぞ」
「当たり前だ。我が一番働かされているのだからな。貰えるものは貰う」
ラフな格好のノワールに続いて扉から出てきたのは、夏場でありながらも黒のスーツの上下を着用し、Yシャツの胸元を大胆に開いた格好のベリアルであった。扉から出てきた二人は額の汗を拭いながらも縁側にどかりと腰を掛けて早速とばかりに西瓜に口を付ける。
「お、甘いね。この西瓜」
「我は初めて食す食べ物だが悪くないぞ。何か時々歯応えがあるのも気に入った」
「それは種だから食べちゃ駄目だよ、ベリアル」
「そうだったのか。勉強になる」
「なんというか、御主ら仲良しさんじゃのう」
和気藹々としながらも暫くは西瓜を咀嚼する音が続く。そして、人心地ついたところでノワールは西瓜の皮をお盆の皿の上に乗せていた。
「あ、タケ姐さん。一応、言われた通りの形でボクのダンジョンの改装は完了したよ」
一年前。
ノワールが作ったS級ダンジョン『殺し間遊戯』は大竹丸の前に呆気なく陥落寸前まで追い詰められた。そこをノワールの土下座攻勢で何とか逃れたのだが、勿論、ただで見逃して貰えるはずもなく、以降はノワールのダンジョンは実質大竹丸のダンジョンとして大竹丸の監視下に置かれていた。
当然、大竹丸に媚びへつらう態度を見せながら、ノワールがひっそりと新たにダンジョンを作って大竹丸に復讐することは可能なのだが、どう考えてみても時間や資源が足らないし、何よりも大竹丸を相手にしては再度ダンジョンが攻略されてしまう未来しか見えなかった為、顎でこき使われながらもノワールは従順に大竹丸に仕え続けたのである。
情けない事だとはいえ、ダンジョンとダンジョンマスターは一蓮托生ということで、ダンジョン内にあるダンジョンコアという宝石が破壊されるとダンジョンが死ぬばかりか、ダンジョンマスターも死んでしまう。そんな状況下で死を厭うノワールが大竹丸に付き従うのは当然といえば当然の成り行きであった。
ちなみにベリアルはノワールの護衛兼肉体労働要員として大竹丸が貸し出している。秘書のような立場で色々とノワールを手伝っているようだ。
「でも本当、あんな構成で良かったの? ――ってブフゥッ! 何これ!? 不味ッ! 麦茶じゃないじゃん!」
「あぁ、それは毒ぺじゃ。良く冷えとるじゃろ」
「確かに色似てるけど! しかも、コレDP産の奴じゃん! クッソ不味なんですけど!?」
「安心せい。毒ぺは元々クソ不味じゃからさして変わらん」
「何でそれを常飲しているんですかねぇ!?」
「それは、珈琲が苦いのに何で飲むのか? という質問と同じじゃよ」
「絶対に違う!」
「ん、我は甘くて冷たくて美味しいと思うのだが……」
「ベリアル!? 目を覚ますんだ! そもそもそれは飲み物というかペースト状の何かだからね!? これを標準にしちゃ駄目だ!」
「まぁ、さっきの質問に答えるのであれば、答えはいえすじゃ」
「今その質問に答えるの!? 自由過ぎない!?」
片手で顔を覆い、ノワールはこれ見よがしに嘆息を吐き出してみせる。
「負けたボクが言えることじゃないけど、あれはダンジョンじゃなくて総合娯楽施設だ。ホテル、温泉、アクティビティ。まさに楽しむことを目的にした施設だよね?」
「うむ、そう設計したからのう。設計:妾、費用:妾、現場作業:ノワールで作った一大アミューズメント施設が
ふんすと鼻息の荒い大竹丸は何やら自信ありげだ。それを見てノワールは項垂れそうな勢いで頭を抱える。
「あ~……、総合使用DPも減ってるし、絶対にこれ、他のダンジョンマスターからダンジョンデュエル挑まれる展開だろうなぁ~……。しかも、モンスター配置もほぼ無いし、防衛もままならない……。ボク、他のダンジョンマスターにコアを割られて死ぬんだ……。短い延命だったなぁ……」
地の底にまで落ちたのかと思うぐらい落ち込むノワールを見て、大竹丸はきょとんと目を瞬かせる。
「というか、前々から気になっとったのじゃが、そのダンジョンデュエルというのはなんじゃ?」
「そこからなの!? タケ姐さん!?」
今まではノリで話を合わせていたらしいお茶目なタケ姐さんなのであった。
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