第17話 鬼、ひっそりとディす。

 放課後――。


 小鈴は脇目も振らずに家へと帰宅する。家と言っても鈴鹿山の山中にある大竹丸の武家屋敷ではない。鈴鹿山の麓にある現代的な普通の一戸建てだ。鈴鹿山の山中にある修験者の隠れ里で暮らす皆は大体が表の顔を持っており、表の仕事や生活を円滑にこなすために鈴鹿山の麓に立派な家を建てて普段はそちらで暮らしているのだ。なので小鈴が帰ったのも、その麓の家の方である。


「ただいまー」


 さてはて帰ってきたは良いものの、小鈴はどうやって両親に自分の気持ちを伝えたら良いものかと非常に悩んでいた。むしろ、前回一度伝えて逆に説得されてしまっている分伝えにくい。小鈴はうぬぬと唸りながら靴を脱ぐ。


「こう、目標みたいなものがあって言えれば良いんだけどなー」


 軽やかな足取りで階段を上る。二階の廊下のすぐ手前にある部屋が小鈴の寝室だ。中にはゲームセンターで取ったぬいぐるみやら漫画の本やらゲーム機やらが所狭しと並んでいる。そんな中、勉強机の上に鞄を放り投げながら着替えもせずに小鈴はベッドへとダイブ。若干固い布団の感触が押し返してくるのを全面に感じながら、何かしら上手い言い訳はないものかと考え続ける。


「うーん」


 だが唸っている内に学校生活の疲れも出たのだろう。小鈴はいつの間にか寝入ってしまっていた。起きた時には辺りは既に真っ暗だ。


「ムニャ……、お腹空いた……」


 小鈴は若干皺になってしまった制服を脱いでハンガーに掛けると寝間着と兼任のスウェットにパパッと着替える。そして今更ながらに頭を抱えていた。


「駄目だー! 全然良い案が浮かばなかったよ! お父さん巻き込んでお母さんを説得して貰うぐらいしかないかなー! ルーシー、あざみちゃん、ゴメン! あんまり上手くいく気がしないー!」


 洗濯物をまとめて掴み、そのまま一階へ下りて洗濯物を洗濯篭に投げ入れる。その間も小鈴はうーんと唸ってやまない。何とかしたいと本気で考えているようだ。そして額に指を当てて考えていますポーズのままリビングへと入ったのだが……。


「何、小鈴、便秘? オーラック要る?」


 便秘と間違われてしまった。


「違うよ、お母さん。それに要らない。……というかまた録ったドラマ見てるの?」


 小鈴が気軽に話し掛けるのはどことなく小鈴に顔立ちが似た四十代の女性だ。名前を田村静たむらしずかといい、小鈴の母であった。最近はどうにも丸くなってきた顔に笑顔を浮かべて「このドラマ面白いのよー。小鈴も見る?」と言って座っていたソファーの隣をパンパン叩いて勧めてくる。


 小鈴は現代っ娘にしては珍しく、あまりドラマに興味があるタイプではなかった。「興味ないからいいやー」と言って母親の隣に腰掛けスマホを弄りだす。そんな小鈴を胡乱げな視線で見ながら、静は「またスマホ?」と何やら言いたげであった。


「情報収集だよ、情報収集。お母さんがドラマ見てたらニュース見れないじゃん」


「あら、気を使わせちゃったわね。それじゃカッコイイ周藤隆治すどうりゅうじ君の演技でも堪能しようかしら。あ、夕飯はお父さん帰ってきてからするから、あと三十分くらい我慢してー」


「わかったー。じゃあ、お腹空いたから軽いお菓子だけ食べよう」


「こらこら、お母さんの話聞いてた? でもお母さんも食べたいから少し持ってきて」


「わかったー」


 さて三十分もしない内にドラマは終わり、やがて父親も帰ってくる。小鈴の父親は背が高く、肩幅も広い骨太な体格をした中年である。その広い額と相まって、日本版ジャン・レノといった風貌だ。勿論、髭も凄い。


 そんな父を何とか小鈴陣営に取り込む為、小鈴は食前交渉を行う。交渉は恐らく食事の席で行われることだろうから、事前にやれる事は根回ししてしまおうという考えである。この辺、実にセコい。


 着替えてきてソファーに座って寛ぐ父……田村宏たむらひろしにすすすーと近付いて、小鈴は口を開く。


「あのね、お父さん」


「ん? どうした小鈴?」


「えーと、その、ダンジョンのことなんだけど……」


「お。その事か。実は父さんも小鈴に言わなきゃいけないことがあったんだ」


「お父さんも……何?」


 意外だ、とばかりに思わず小鈴は聞き返す。すると父は神妙な表情を作るといきなり小鈴に向かって頭を下げた。


「すまない」


「えぇっ!? 何、何、何、どういうこと!?」


 突然の謝罪に小鈴は動揺するばかりである。そしてその混乱に拍車を掛けるようにして、宏は続ける。


「小鈴、次の探索者資格試験を受けてくれ!」


 それは小鈴に取っては瓢箪から駒でありながらも願ってもない話ではあった。だが理由が分からない。そしてそれはこの場にいるもう一人の人物にとっても同じことである。


「あなた? それどういうことなのかしら?」


「ちょ、母さん、落ち着け! とりあえずその手に持った包丁を置こう、な!」


 台所から包丁を片手に現れた静を前にしてワタワタと慌てる宏。すわ修羅場かと思われたが、宏は修験者たちの隠れ里をまとめる長である。次の一言で見事に場を収めてみせる。


「しょうがないだろう。大竹丸様が探索者になると言っておられるのだから」


「「…………」」


 田村一家はそれだけで、『じゃあ小鈴が探索者になってフォローしないと……』と納得したのであった。

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