第16話 鬼、一年が経過す。

 光陰矢の如し。


 時が過ぎるのは早いもので、ダンジョンが全世界に現れてから既に一年が経過しようとしていた。此処、三重県の某公立高等学校でも一年生は二年生に、二年生は三年生に、と順調にステップアップをし、表面上は一歳年を取っただけで一年前の光景と何ら変わりがないように見えていた。


 だが、それだけではないことを生徒たちは知っている。


 この夏が例年の夏とは別種のものになるのだと、ある種、期待感を持って彼らは学校生活を過ごしていたのだ。


 それは夏休みが待ち遠しいというのもあったが、それ以上のビッグイベントが夏には控えていた為である。


「お前どうすんの? 探索者資格試験受けんの?」


 二年生の教室に坊主頭の男子生徒の大きな声が響く。その声にぴくりと肩を揺らし、田村小鈴は窓際の席から良く晴れた青空を見上げる。『今日も暑くなりそうだなぁ』などと思いつつ、耳は教室内の会話を聞き漏らさないように全神経を集中させていた。


「ようやくこの夏、三重でもダンジョン解禁だしなー。丁度夏休みで試験も受けられるし、俺は受けるわー」


「お、ナカーマ」


「お前もかよ! ま、お互い受かったら一緒にダンジョン行ってみようぜ!」


「いいねぇ!」


 去年までにはなかったような特殊な会話。だが、このような会話はここ一週間ぐらいで周囲で飽きるほど繰り返されている。それだけ待ち遠しいということなのだろう。


(ダンジョン探索者資格試験かぁ……)


 小鈴は胸の内で嘆息する。


 ダンジョンの封鎖が日本政府主導で始まったのが丁度一年ぐらい前。


 その後、一部の国を除いて全世界で協力してダンジョンを攻略しようという組織が出来上がった。


 世界ダンジョン攻略組合World Dungeon Strategy Union、通称WDSUである。


 勿論、その組織に日本も加盟している。そして、WDSUが定めたダンジョン攻略の世界標準を元にして、日本ではダンジョン探索者資格制度というものが導入された。これと同時に日本はダンジョンの民間開放を順次行い、ダンジョン探索には資格が必要であるということを義務付けたのである。


 なお、ダンジョンの民間開放は全国一斉にというわけではなく、徐々にということで早い地域では既に探索者が生まれており、一部の探索者は雑誌やテレビのインタビューを受けたりして、早くもカリスマ化が進行していたりする。


 ちなみに、小鈴が所属している三重県では今夏にダンジョンの民間開放が行われ、それに合わせて探索者資格試験も行われる予定だ。


「はぁ、どうしたものかなぁ……」


「お、小鈴、どうした? 元気ないなー?」


 小鈴が窓際で黄昏ていると、聞き慣れたクラスメイトの声がする。


 金髪碧眼の堀りの深い顔。そして出る所は出まくったワガママボディ。どこをどう切り取ってみても外国人のパツキンねーちゃんなのだが、英語は全く喋れないというコテコテの三重県人である加藤ルーシーが小鈴の隣に立っていた。


「小鈴、生理?」


 そして、そのルーシーの横に立つ、やたら地味でコケシのような印象を持つ繊細さデリカシーの欠片もない少女が柊あざみである。


 小鈴は二人を見て、盛大にため息をつく。


「はぁ……」


「人の顔見てタメ息とはふてぇ野郎だ」


「ルーシー。小鈴は女の子だから野郎じゃない」


「じゃあなんて言えばいい?」


スケ


「そうか。ふてぇスケだ。…………。これ合ってるか? 違くね? まぁいいや。で何を悩んでたんだ、小鈴? 恋か? 愛か? 相談に乗るぜ!」


 絶対それ騙されてるよルーシーとは言わずに小鈴は再度ため息を吐いてから意を決したように言葉を放つ。


「ダンジョンのことでちょっと……」


「おー、ダンジョン探索者資格試験な! 私も受けるぞ! ってか、親父が超やる気だからこっちが付き合わされるみたいな感じだけどな!」


「ダンジョン探索者資格試験は、筆記、体力テスト、実地試験の三つをクリアしないといけない。ルーシーは筆記で落ちそう」


「そ、そんなことないって! そこはほら今から勉強するから! 大丈夫だって多分!」


 つまりは今のところ勉強していないということでもある。試験本番はルーシーの鉛筆サイコロが火を吹くかもしれない。


「探索者資格試験なら私も受ける」


「あざみちゃんも?」


「意外だな。お前、そういうの興味ないと思ってたぜ」


 柊あざみは自他共に認めるインドア派だ。普段は何をやっているのか良く分からないが、太陽の下でスポーツをやるようなタイプではない。それがダンジョン探索に興味を持つというのだから小鈴もルーシーも驚きである。


「ペペぺポップ様のお告げがあったから」


「ペペぺ……何?」


「あざみちゃんの神様ね。あー、うん、お告げがあったんだー」


 さらりと流しながら小鈴はルーシーにこれ以上踏み込んじゃ駄目だと視線で強く合図を送る。ルーシーもそれには気付いたようで顎を引くようにして肯定の意を返してくれた。


 あざみは色々と不思議時空に住む人なので、深入りすると浅くはない傷を負うことになる。それを二人は一年の間に学習していたのである。阿吽の呼吸で危機を回避する。


「で? 小鈴も受けるんだろ、探索者資格試験?」


「それが、えぇっと、実はお母さんに反対されてて……」


「えぇっ、受けないのかよ!?」


 心底驚いたとばかりに目を丸くするルーシー。


 だが、あざみは分かるとばかりに頷く。


「私たちはもう高二。来年には受験生。ここでうつつを抜かしちゃいけない……と教育ママなら思う」


「別に教育ママってワケじゃないんだけど、『大学生になってから試験を受けても遅くはないでしょ?』って言われて……ちょっと納得しちゃってる自分がいるんだー。今だから受けなきゃいけない理由があるのかなぁって……」


「いや、あるだろ」


「え?」


 ルーシーの言葉に目をパチクリ。今でないといけないという理由があるというのか。小鈴はその答えを求めるようにして、ルーシーに視線を向ける。


「運動神経抜群の小鈴と一緒にダンジョンを潜れないと私が困る! もう私の構想の中では小鈴がパーティーメンバーなんだからな!」


「分かりみー」


「お、その感じだとあざみも小鈴を構想に入れてたか!」


「いえすあいどぅー。運チな私じゃダンジョンに入ったら死ぬ。凄腕の前衛は必須」


「…………。あざみ、それで試験どうやって突破するつもりだったんだよ……」


「ペペぺポップ様が導いてくれるから、それは大丈夫」


「「…………」」


 万能能力ペペぺポップ様である。


 あざみもどことなくドヤ顔だ。


「まぁ、それはそれとしてだ」


 こほん、とわざとらしく咳をひとつ。ルーシーは気分を切り替えてから、小鈴の肩にぽんと手を置く。


「私らも期待してるんだからさ、何とか親御さんを説得してくれよ。頼むよ」


「ん。小鈴ならやれる。ペペぺポップ様もそう言ってる」


「まぁ、うん。そこまで言うなら頑張ってみるけど……。駄目だったらゴメンね?」


 二人の友達の期待感を一心に背負い、小鈴はどうにかして母親を説得出来ないだろうかと頭を悩ますのであった。

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