第80話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう⑥

 ●特訓十四日目●


「青木ぃ……。駄目だ……。死ぬ……。今日こそ死んでしまう……」


 特訓初日に比べて、体がひと回りは小さくなったような印象の赤川。そんな彼は天井にあるU字アンカーに足を引っ掛けながら着替えを開始する。そして、その服を脱いで上半身が露になった時、彼の体がひと回り小さくなった理由に思い当たる事だろう。そう、彼の体は全体的に贅肉が絞られ、恐ろしい程に引き締まっていたのである。


 思わず割れた腹筋に視線をやり、青木が面倒臭そうに言葉を掛ける。


「それだけ肌も筋肉も色艶が良いなら死にはしないだろ……」


「え、俺の筋肉が素晴らしいだって!? 仕方ないなぁ! そんな事言われちゃ、今日も頑張るしかないじゃないか~!」


 先程の死にそうな表情はどこへやら、元気にポージングを始める赤川。青木たちの一日はどうやらこの茶番から始まるようだ。一人で「ナイスポーズ!」と自分の筋肉を褒めながら、次々と肉体美を見せつける赤川を前にして、青木は面倒臭そうに虫を追いやるように片手を振るう。そして、探るように室内へと視線を走らせ――床に落ちた小さな血の跡を見つける。


「あと、駄目だよ、ルーシーちゃん。部屋にまで入って監視するのは……。俺らにだってプライベートはあるんだからさぁ」


 青木がそう言うと、部屋の片隅からすぅっと姿を現したルーシーが、鼻血をぽたぽたと滴らせながら現れていた。そして、とても和やかな笑顔を見せつつ、両手を合わせて拝むような姿勢になると……。


「朝から御馳走様です!」


「いや、そういう事を言っているんじゃなくて……というか、そろそろ学校じゃないの? 大丈夫なの?」


「あ、その辺はタケさんに転移で送って貰うんで大丈夫です」


 相変わらず、あの人は何でもありかよ、と青木が頭を抱える中、赤川はそんなルーシーに向かって爽やかな笑顔を向ける。


「ルーシーちゃん! そんなに俺の筋肉が気になるなら、俺と付き合わないかい!」


「「え?」」


 二人の声が重なハモる中、二人は一様に濁った視線で赤川に対応していた。


「お前、それ犯罪者一歩手前だからな」


「私も見るROM専なので、直接触るのはちょっと……」


「分かってるよ! 言ってみただけだよ! 折角、引き締まった良い体になったのに、周りはムサいオッサンと家族連ればかりだし……色々と持て余してるんだよ、畜生!」


 青木にはその気持ちが痛い程良く分かったが、「分かるうんうん」とは決して言わなかった。何せ、地上のルーシーが汚物を見るような目で赤川を見ていたからだ。流石に、その仲間に入りたくはない。


「まぁ、それは置いといて、朝御飯持ってきますねー」


「あぁ、頼む」


 青木が着替え始め、ルーシーが部屋を出ていく。そして、赤川は――。


「誰か構ってくれよ!」


 ――構ってちゃんになっていた。


 ★


 見渡す限りの草原が広がる中、青木は一本の巨大な樹のモンスターと向かい合う。


 モンスター脅威度C級――デスツリー。


 普段は何の変哲もない樹木として擬態し、近くを通る探索者に対して不意打ち気味に襲い掛かってくるモンスターだ。その攻撃方法は鞭のように撓らせた木の枝を相手に向かって降らせるようにして攻撃する他に、根や枝を槍のようにして突く等の攻撃手段もある。ただ、デスツリー自体の移動速度は恐ろしく遅く、一度デスツリーの射程範囲外に逃れる事が出来たら、本人たちも追うのを止めてしまう程の鈍足であった。


 故に、このデスツリーの倒し方としては、遠距離から魔法等で攻撃するというのが一番安全でお手軽なのだが、それに逆行するかのように青木は巨大な剣を携えて、じりじりと間合いを詰めていく。


「青木ー! 今日こそは行けるぞ! 俺の分の仇も討ってくれー!」


 そんな赤川の情けない声に呼応したわけではないだろうが、青木は覚悟を決めると一気に走り出す。巨大な剣を前にして盾代わりとし、放たれるデスツリーの攻撃を見極めては最小限の動きで攻撃を逸らしていく。大竹丸から教わった斬り進みではないが、青木独自の斬り逸らしとでもいう技術――どうやら、彼にはこちらの方が性に合うらしい。


「相変わらず強引な突っ込み方じゃ。まるで、槍吶喊ランスチャージじゃのう」


風雲タケちゃんランドココに来るまでは、あんなデカイ剣なんて振り回せなかったんですけどねー。此処で特訓していく内に、どうも剣が軽すぎると思えてきたらしくて……」


「まぁ、毎日の筋トレボルダリング効果じゃろうな」


 大竹丸はしたり顔でそう説明するが、赤川は騙されない。


「それだけじゃないですよね? 普通、全身運動を休みなく続けていれば痩せるはずなんですけど、それが何故か筋肉が付きながら絞れていく感覚でしたし、プロテインに近いものを食事に混ぜてましたよね?」


「あー、秘薬使っとったな」


「秘薬!?」


「まぁ、安心せい、体に害のあるものではないわ。疲労回復効果と筋肉の質を高める効果のある代物じゃ」


「それ、違法な薬物じゃないですよね?」


「認可はされとらんのう。自生しているもので作った昔からの漢方みたいなもんじゃし」


「大丈夫か、本当に……」


 大竹丸と赤川がそんな会話を繰り広げている間にも、青木はただ一心不乱に突き進む。流石に、二週間も同じ事をやっていれば慣れてくるといったところか。


(第一席からは初動を見極めろと言われたけど……。相手の初動なんて何度やっても見えないし、そんな達人みたいな事は俺には再現出来ない。無理な事は無理とすっぱり諦める……)


 再現出来なければどうするのか。自分なりの回答を見つけて、それを追求していくしかない。


(何度もやっていく内に、俺は俺なりに枝の攻撃を楽に対処出来る方向というか、角度を見つけ出した。言うなれば、得意角度……)


 スポーツ等でも、この選手はここが強いなどといった事は良く言われる。それは訓練の末にコツを掴んで開眼した場合と、最初からソレを得意としていた場合がある。そして、青木が考える得意角度というのは、後者の方だ。それは、体付きや事象の感じ取り方、体の動かし方に起因する個人個人の特徴とも言うべきもので、詰まる所のセンスである。


 そして、青木はそのセンスを活かす事にした。


 捌くのが得意な方向から攻撃が来る場合は積極的に前進し、捌くのが苦手な方向から攻撃が来る場合は慎重に前進する。それを意識することにより、青木はデスツリーに近付く距離が飛躍的に伸びたのである。


 だが、今の所、まだデスツリーの幹に触れるには至っていない。


 その原因が――。


(くっ! また足元から根槍ねそうがっ!)


 デスツリーの木の根が螺旋状に絡まって出来た根の槍――通称、根槍がいきなり土の中から現れて、青木の進軍を阻むのである。そこで進行速度を遅らせると上から枝が降るように襲い掛かってくるのだ。それに対処出来ずにいた結果、青木は三日間もの間、デスツリーに触れられずにいたのである。


(だが、それも黒岩さんにコツを聞いた……っ!)


 長大な剣を盾のようにして、根槍の先端を峰にて受け止める。そして、青木はそのままデスツリーの根を掘り起こすかのように、脚と腕に力を込めて前進していく。


「うおおおぉぉぉぉぉーーーっ!」


「おぉっ! 馬鹿でかい剣で受けて……考えたなぁ!」


「なるほどのう。クロも盾で同じような事をやっておったわい。あやつめ、クロにアドバイスを貰いおったな」


 そのまま青木が力任せに押し進むと、デスツリーが対抗しようとして根に力を込めてくる。それこそ、青木にとって機会チャンスの到来だ。デスツリーが根の方に気を取られているから、枝の攻撃密度が緩くなる。青木はするりと体を回転させて、根との力勝負を避けるとその好機をものにすべく一気に走り出す。


「おおおおぉぉぉぉーーーっ!」


「行けぇ! 青木ぃ!」


 その気迫にデスツリーも驚いたのか、振るう枝の動きにキレがない。そして、そんなキレの無い枝の攻撃では青木を止める事は不可能であった。青木は大剣を器用に操って枝の攻撃を凌いで前進すると、そのまま木の幹にタッチ。ガッツポーズを取るのもそこそこに慌ててデスツリーの射程範囲内から逃れていく。


「うおおおぉぉぉーーーー! おっしゃあああぁぁぁぁーーーー!」


「青木ぃぃぃーーー! スゲーよ! お前スゲーよ!」


 男二人が喜びに抱き合う姿を見ながら、有無有無と頷く大竹丸は――。


「まぁ、これが出来るんじゃったら乱戦になってもそれなりに活躍出来るじゃろうな」


 ――そう言ってほくそ笑むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る