第79話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう⑤

 ●特訓一日目●


 頭上から恐ろしい勢いで硬質な木の枝が降ってくる。


 それを腰を落として剣の刃で受け止めるなり、青木は刃を滑らせて木の枝を切断する。そのままデスツリーと呼ばれるモンスターの懐に飛び込もうとするが、左右から迫ってきていた木の枝に阻まれて、後方へと素早く飛び退るしか出来なかった。


「強い……!」


「強くないわ!」


「痛っ!」


 後ろから頭を引っぱたかれて、青木は思わず恨みがましい視線を背後に送る。そこには、焦れたような表情を見せる大竹丸の姿があった。彼女はぷんすかと怒りながら、青木の尻を容赦なく蹴り飛ばす。


「だから、痛いですって!」


「何度言ったら分かるんじゃ! 足を止めて受けたら攻撃に繋げられんと言うとるじゃろ! 受けるな! 斬り流せ! 文字通り、斬り抜けるんじゃ!」


「けど! それはさっきやって剣が折れてカウンター食らって死にかけたじゃないですか!」


「失敗したからじゃろ! 一度失敗したぐらいで楽な方へ、楽な方へと逃げていたら成長しないじゃろうが! 最善を体で学べ! 倒れたら何度でも回復薬ポーションをぶっ掛けてやるわい! 死ぬまでに覚えよ! むしろ、死ね! 死んで覚えんか!」


「無茶苦茶言いますね……。こっちは握力も体力もろくに残って無いって言うのに……」


 プルプルと震える手で剣を握りつつ、青木は果敢にデスツリーに向かっていく。


 大竹丸の教えはこうだ。


 相手の攻撃に合わせて、防御をしていたのではいつまで経っても攻撃に移れない――なので、を覚えよ、ということらしい。具体的には……。


(まずは、相手の初動を感じ取る……)


 攻撃の瞬間――相手がこれから攻撃をするぞという合図サインが掴めれば、相手が攻撃をするよりも前に動き出す事が出来るため、スムーズに反撃に繋げられるということだが……。


(いや、無理でしょ)


 そう、デスツリーは戦闘体勢に入ると同時に、常にうねうねと木の枝を動かし続けているのだ。


 それこそ、初動を視線の動きやフットワークの中にひた隠す拳闘士ボクサーの如くに、その初動を見極めるのは難しい。素人の青木がそんなデスツリーの初動を把握出来るはずもない。


(よし、そこはおいおいやるとして……)


 なので、とりあえずはその教えを端に置くことにしたようだ。デスツリーを見据える。


(それで? 相手の領域に踏み込みながら、相手の攻撃に合わせて剣を振るうだったっけ――)


 初動が見えないのでヤマを張る。


 大体左側から来るのではないかと大雑把に考えて踏み込んで行ったら、丁度、左側からデスツリーの木の枝が来るではないか。それを斬り付けながら刃を食い込ませて、デスツリーの枝を引っ張るようにして、デスツリーの体勢を崩す。それと同時に自分の体を前に進ませて加速させる。


(これが、斬り抜ける感触か……)


 刃を払うと同時にぶった斬られたデスツリーの木の枝が後方へと飛んでいく。これを何度も繰り返して加速することで自分の優位な間合いへと持っていくらしいのだが……。


(そう、何度もヤマが通じるわけもないよな……)


 突如横手から現れた木の枝に胴を薙ぎ払われ、青木は強烈な痛みと共に地面を転がった。


(こんな事で強くなれるんだろうか……)


 胃の中の物を全て吐き出すかのように嘔吐えずきながら、青木は地面をのたうち回る。やがて腹部に回復薬を掛けられるまで、その地獄の苦しみはずっと続くのであった。


 ★


「まぁ、お主たちに運動の才能があまり無いことは分かった」


「いや、俺ら、これでも高校時代は結構スポーツで結果を出していたりもするんですが……」


「そんなの体力に任せて結果を出していただけじゃろ? 正直言って運動のセンスは恐ろしく無いぞ。むしろ、クロの方がセンスがあるくらいじゃ」


 恐る恐る反論を試みた赤川だったが、大竹丸の言葉にあえなく撃沈。そして、ちょっと思い当たる節でもあるのか、後は任せたと言わんばかりに塞ぎ込む。そんな赤川を見ながら、青木は周囲を見渡す。


 そこは壁も床も天井も全てが黒一色の空間であった。窓もなく、扉も部屋に入ってくる時に使ったひとつしかないようだ。そして、そんな部屋の中には幾つかの明かりが灯されている。それは、古き時代より使われてきた蝋燭の光であった。


 尚、そんな青木たちの隣には、何故か着ぐるみ衣装を被った少女がいて、彼女は蝋燭の炎を前に静かに座禅を組んでいた。


 しかも、彼女の目の前の蝋燭は青木たちとは違って五メートルも距離が離れているように見える。


「まぁ、センスの無いお主たちをずっと動かし続けるのも酷じゃろうからな。精神力や集中力を鍛える為の特訓を用意したぞ。この間に体を休め、感覚を研ぎ澄ますが良い」


「えぇっと、それはあの子のように座禅を組んで、瞑想をしろということですか?」


「何を的外れなことを言っておる。見えんのか、あれが」


 大竹丸が指をさす先。着ぐるみ少女――柊あざみの手前、五メートルの距離に置かれた炎が風も無いのに揺れていた。


 勿論、あざみが息を吹いて揺らしているというわけではない。彼女の目の前の炎はゆらゆらと不規則に揺れると、時折、細くなったり、大きくなったりして、その姿を目まぐるしく変えていく。


 青木と赤川はまるでマジックショーの観客にでもなったとばかりに驚く。その間にも炎は千変万化し、やがて集中力が限界にきたのか、ぷはぁっとあざみは息を大きく吐き出す。


「ペペペポップ様、上手く出来た?」


「上々じゃな。そろそろもう少し距離を伸ばしてみるかのう」


「やった」


 小さくガッツポーズを取るあざみ。


 そして、それを見守りながら、大竹丸は青木たちに向き直る。


「お主たちには今のをやってもらう」


「「出来るか!」」


「忘れとるかもしれんが、此処はダンジョンじゃぞ? 魔法とかスキルが普通に機能する空間じゃ。その魔法とかスキルは言葉や思考するだけで起動するじゃろ? つまり、思念や言葉がダンジョン内では何らかの変化を齎しておるんじゃよ。もっと言えば強く念じたり、より具体的な想像が出来れば、蝋燭の炎ぐらいじゃったら影響を及ぼすことが可能じゃ」


「「……な、なるほど」」


 青木たちはあっさりと得心するが、これは大竹丸がそれっぽく言っただけの嘘である。この修行はダンジョンなどは関係がない。むしろ、神通力を鍛える為の修行であり、目に見えない力を感じ取り、養う意図があるのであった。その修行による副次効果として、勘が鋭くなったり、瞬間的な集中力が増したり、戦いの中での想像力が鍛えられる。というわけで、彼らには精神を鍛える意図で修行を課したのたが……。


「あれだな! 理力フ●ースの導きをって奴だな! やべぇ! 俄然やる気が出てきた!」


「あぁ、こんな力が使えるようになれば、きっと強くなれるような気がする……!」


 ……やけに盛り上がっている。


 何か良く分からない不可視のエネルギーという物はいつだって男の子の心に刺さるのだ!


 まぁ、やる気があるのなら良いか、と大竹丸は彼らの盛り上がりを放置するのであった。


 ★


「まぁ、あれじゃ。モンスターと戦ってばかりじゃと、対人戦の駆け引きが全然成長せんからのう。少しは人とも戦って貰うぞ。というわけで、妾が用意した対人戦の相手じゃ。小鈴、挨拶せい」


「はーい! どうも、田村小鈴です! 女子高生やってます!」


「…………。彼女が相手なんですか?」


「なんじゃ、不満か?」


「いえ……」


 口ではそう言うものの、青木の顔は非常に不満そうだ。赤川もちょっとどうかと思っているのか、渋い顔を見せている。それを見て憤ったのは、大竹丸ではなく小鈴の方だ。


「あれ? タケちゃん、私、侮られてる?」


 にこやかでありながらもちょっと苛ついた声を出す小鈴は、短い竹刀二本を両手に持ってクルクルとバトンを回すようにして弄っている。その様子を見れば、彼女が見た目通りのか弱い女子高生でない事は明白なのだが、青木たちはそれに気付かない。


「それじゃあ、私の実力を証明する為にも、お兄さんたち二人で掛かってきていいですよ! それぐらいで多分丁度良いだろうし!」


「二対一……」


「……だって?」


 それは、流石に自分たちを侮り過ぎだ、と言うよりも早く小鈴が動く。


 鋭い踏み出しからの、目にも止まらぬ突き――それに対して、青木はすかさず渡されていた竹刀を動かして防ごうとするが、突きは青木の目の前で止まり、代わりと言わんばかりに、小鈴が持っていたもう一本の竹刀が青木の腕を打つ。


「ぐっ!」


「青木! だが、動きが止まった! これで――……」


 赤川が竹刀を両手に持って走る。


 だが、小鈴は止まっていたのが嘘だったとばかりに、見事なボディバランスで体を捻ると皮一枚の距離で赤川の竹刀を躱してみせる。


「はぁ⁉」


「この程度の噓っぱちフェイントに引っ掛かるようじゃ……まだまだかな?」


 小鈴の持っていた竹刀が赤川の肩を突き、赤川は痛みに顔を顰めながら後退する。そこで、ようやく青木たちも小鈴がただの女子高生ではないと気付く。


「まぁ、今ので分かったじゃろ。対人戦にはモンスターとの戦闘ではなかなか味わえない駆け引きの妙がある。布石や、視線の誘導、相手の思考を読む能力……まぁ、色々と楽しいことがいっぱいという事じゃ」


 実に皮肉めいた口調に青木と赤川はどこか苦い顔を見せる。


 新宿ダンジョンにおいて、モンスターとの戦闘で駆け引きが無かったわけではない。だが、小鈴の簡単なフェイントに引っ掛かってしまった手前では何も言えないといったところか。軽く落ち込む青木たちの前で、更に衝撃的な事実を大竹丸は告げる。


「あと、アレじゃぞ。いい加減、ルーシーに気付いてやらんと可哀想じゃぞ?」


 大竹丸が顎で指し示す先に、一体いつの間に居たのか。ちょっと露出度の高い忍者のような格好をした少女が立っているではないか。いや、立っていたと思ったら、急に気配が朧げになって存在が知覚出来なくなっていく。なんだこれは、と青木たちが驚く間に、少女はいつの間にか青木の背後へと立っており、とんっと持っていた竹刀の先端を青木の背骨に当てていた。ぞくり、と青木の背が震える。


「どうも、小鈴の同級生の加藤ルーシーです。以後、ヨロシクです」


「ちなみに、ルーシーはお主等が部屋から出る時には、既に背後におったからのう。訓練中もずっと後ろにおったぞ。何なら、お主等の背後からそんな感じで何回も背中に武器を当ててたりもしておったな」


「あ、タケさんには見えてたんですね」


「当然じゃろ」


 もし、大竹丸が言う事が本当であるのなら、青木たちは気付かない内に何度も死んでいたという事になる。見えない殺意……そういうものもあるのかと知って、彼らは背筋が寒くなった。


「まぁ、期間中はルーシーの隠密訓練も兼ねて、ルーシーを探せイン風雲タケちゃんランドをやるつもりじゃからな。気を抜かずに、常に緊張感を持って生活した方が良いぞ」


 脅すような大竹丸の言葉に、彼らはただ黙ってコクコクと頷くしか無かったのであった。

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