第81話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう⑦

 壁も床も天井も真っ黒に塗られた部屋の中で、今、驚くべき事が起きようとしていた。


「…………。ようやく出来た」


「「おぉっ!」」


「ほう、なかなかの出来じゃのう」


 学校帰りに転移で風雲タケちゃんランドにまでやってきたあざみは、その黒い室内で自身の力作を披露していた。それは、蝋燭の炎から線のように伸び上がり、一筋の生き物のようになって宙に浮く。


「これは、炎の紐……?」


「いや、炎の蛇だろ」


「……龍。炎の龍」


 ちょっとだけムッとした表情になるあざみだが、あまり細部ディテールにこだわれていない細長いだけの炎は蛇とよばれても、紐と呼ばれても仕方がないような気もする。


 だが、本人的には頑張った結果が貶されるのは我慢し難いのか、その細長い炎をまるで竜がうねるかのように動かして宙を泳がせる。


「やっぱり、紐だよなぁ」


 それでも、青木の感想は変わらなかった。


「いやいや、蛇だって」


 やはり、赤川の感想も変わらなかった。


 あざみの無表情な顔に、思わず青筋が浮かんだような気がした。


「そんなに言うなら、炎龍の恐ろしさを味わうといい」


 炎の紐――もとい、炎龍が赤川目掛けて襲い掛かる。


「何で俺!?」


 多分、襲いやすいからではないだろうか。


 だが、赤川は少し驚いたものの落ち着いた様子で右手を前に掲げると――。


「破ぁ!」


 気合一閃――炎の龍の頭部が吹き飛ばされる。その様子を見て、青木はパチパチと思わず拍手をしてしまった。


「赤川やるなぁ」


「へへっ、何か、俺、こういうのに才能あったみたいだわ♪」


「……やる。でも、まだまだ」


 あざみの言葉と共に頭部を飛ばされた炎龍は、すかさず二股へと別れて双頭の龍となって赤川に襲い掛かる。それに対して、今度は落ち着いていられなかったのか、赤川は悲鳴を上げて逃げ出していた。


「青木ぃぃぃっ! 助けて! ヘルプ! ヘルパー! ヘルペスト!」


「本当に、お前、院に行くんだよな? 仕方ない。俺もとっておきを出すか」


 そう言うと青木は右腕から燃え盛る蒼い炎を出すと――それを、あざみに対抗するかのうように細長く伸ばしていく。


「はぁぁっ! 蒼龍炎そうりゅうえんッ!」


「細長い紐?」


「いや、蒼い蛇だろ」


「アカの字はまだ分かるが、あざみはブーメランじゃからな?」


 双頭の炎龍と蒼龍炎が空中で絡み合い、互いに互いの炎の体に噛みつく。そして、まるで演武を舞うかのようにぐるぐると回転し、天井付近にまで昇っていくと、ぱぁんっと破裂するような音を残してねずみ花火のようにその場で散ってしまった。


「むむ、やる……」


「というか、俺のスキルと普通に対抗するあざみちゃんがおかしいんだけど」


「いや、ちゅうか、お主等が普通に恐ろしい速度で成長しておるのに吃驚なんじゃが……。何じゃコレ? 好敵手ライバルがいた方が、才能は伸びるっちゅうことか?」


「いやぁ、対抗するように張り合ってたら、何か色々と出来るようになってたんですよねー」


 赤川は軽く言うが、これはあくまで神通力の訓練であったはずだ。より正確に言うのなら、成果は目に見える形で現れない代物であったはずなのである。それなのに、青木と赤川は妄想力と想像力と思い込みを駆使して神通力が使えるようになってしまったらしい。


 そして、それに触発されたあざみも神通力修得のペースを上げ、結果として三人のレベルが飛躍的に伸びた――と、そういうことらしい。


「これが、嬉しい誤算という奴かのう? そうじゃな、頑張った御褒美に彼奴等には少々面白いものでも用意してやろうかのう……」


 そう言う大竹丸の視線は壁際に立て掛けてある長大な青木の剣へと向けられるのであった。


 ★


「ラリホー♪ ラリホー♪ ヒュルレリヒー♪」


「駄目だ! 他は何とかしてきたけど、このだけはどうにも出来ねぇっ!」


「スピードが段違いに早過ぎるんだ! 距離を取って戦え! 接近されると対処が難しくなるぞ!」


 二対一という状況下でありながらも、優位を保っているのはの方である。


 田村小鈴――。


 幼少期より大竹丸に教えを請い、山野で過ごした日々から現代人には無い野生を備える少女。


 一番最初に大竹丸から教えて貰った風を起こす神通力を自在に操り、人間の常識を超えた速度で迫ったり、退いたりする超接近戦を得意とする前衛。有り体に言うならば、彼女はセンスの塊であり、それに実力が備わってしまった稀有な例……詰まる所の天才であった。


「えー。まだ七段階ある速度の内の四段階目なんだけどなぁー。そんなに亀みたいに固まっちゃうといつまで経っても、私には勝てないですよー?」


「その挑発にはもう乗らないさ。真っ向から行って何度痛い目を見た事か……」


「青木、囲むぜ?」


「あぁ、多面的な攻撃で機動力を潰すんだ」


「ふんふん。今までと違って作戦を立ててきたと……。でも、私に通じますかねぇ?」


「さぁな。やってみるだけだ」


 ちなみに、今までも作戦を立てていなかったわけではない。ただ、小鈴に通じなかったというだけで、作戦や工夫はしてきたのだ。だが、天然の小鈴はその作戦に気付いていなかっただけなのである。それを今回はわざわざ口に出す事で、小鈴に今までとは違うのだと認識させる。


(これが、良い方向に転んでくれれば良いんだが……)


 青木と赤川は視線だけで合図を交わすと、同時に小鈴に向かって走り出す。その動きに応じて、小鈴も余裕そうな表情を浮かべて青木に向かって走り出す。赤川を無視して青木に対応しに行ったのは、赤川を低く見ているわけでない。流石の小鈴も二人を同時に相手にすることは出来ないと思ったからだろう。


 だが、それが逆に赤川の心に火を点ける。


「おいおい、俺を無視かよ! なら、遠慮なくやらせてもらうぜ!」


 竹刀を振りかぶり、一気に小鈴の背後に回る赤川。


 そんな小鈴は青木と素早く一合を交えると、両手に持った短い竹刀二本を器用に操って、青木の竹刀を流しながら青木の側面へと回る。赤川は自分の前面に青木の姿がいきなり現れたので、その振り上げた竹刀を止めざるを得ない――といったところだが……。


「避けろよ、青木ぃ! ――破ぁっ!」


「お前がしっかり狙え! 赤川ぁ!」


 青木の眼前を一陣の強い風のような不可視のエネルギーが通り抜ける。それを見るよりも早く動いて躱した小鈴は口元を歪めながらもヒュウと口笛を吹く。


「あはは! スキルも解禁ってわけだね!」


「軽口はちゃんと離れてから行った方がいいぞ。そこは俺の間合いだ」


 小鈴が離れた事によって、青木と小鈴の間合いは近接距離ショートレンジから中間距離ミドルレンジへと変わっている。そして、そこは小鈴の短竹刀二本よりも、通常の竹刀の方が自由に振るえる距離であった。青木の突きが最速で小鈴の鳩尾を狙って突き出されるが、小鈴は右足の親指を軸に回転し、回転ドアのようにくるりと回ってその突きを躱す。


「うん。この距離なら迂闊に攻撃してくるよね。……誘い水ですよ、これ」


「ちぃっ、【白雷】っ!」


 青木が躱された直後にすかさず白い稲妻を走らせるが、小鈴は上体を大きく後方に逸らしてそれを躱すと、リンボーダンスでもやるかのような姿勢のままで青木との距離を詰める。


「その姿勢で走れるのかよ!?」


「風でバランスを取れば余裕ですね。ついでに――」


 背後から続けざまに不可視のエネルギーが飛んでくるのを身を捻って躱しながら、上段回し蹴りを青木に向かって繰り出す。それを何とか竹刀で受け止める青木だが、あまりのその蹴りの重さに体が後方へと流される。


「――風を利用すれば、周囲の情報も感知出来るし、ひとつひとつの技の威力と速さが凄く上がるんですよね」


「やはり、強い……!」


 青木が苦虫を噛み潰したような表情で何とか粘る中、赤川も善戦するがやはり実力差というものは明白のようだ。いや、本来ならば、此処までの実力差は無かっはずであった。大竹丸は善戦する二人と、水を得た魚のように生き生きと戦う小鈴を見て、うぅむと唸る。


「とんでもないのう……」


 無論、青木と赤川の事ではない。


 小鈴のことだ。


(当初は一対一タイマンを好む傾向にある小鈴に視野を広げさせる為にハンデ戦を用意させつつ、青赤コンビの実力を伸ばすつもりじゃったが……。青赤コンビの実力の伸びは確かに早いのじゃが、それを差し置いて小鈴の才能が凄まじいのじゃろう。逆境であればある程、それに適応し、実力を伸ばしていっておるのか……? 青赤コンビの成長速度が小鈴の進化に全く追いついておらん)


 ひらりひらりと舞うように躱す様は全方位に目でも付いているのではないかと疑う程に華麗だ。そして、躱すだけではなく、その動きに合わせるようにして自由に、強烈な攻撃を繰り出してくる。


 その攻撃を読むのは至難の業で、尚且つ、こちらの攻撃の勢いを利用するようにして繰り出してくる攻撃の為に、攻撃する側の方が徐々に追い詰められてくる始末だ。攻撃をすればするほど、相手から強烈な攻撃が返ってくる回数が増えてくるような……そんな錯覚に陥るのである。


「嬉しいやら、末恐ろしいやら」


 大竹丸はそんな小鈴と、小鈴をその境地にまで引き上げた青赤コンビに向けて柔らかい視線を向けて微笑むのであった。


 ★


「はぁ――……、はぁ――……。は、早すぎる……!」


「やっぱ、小鈴ちゃん強ぇ……。結局、この二週間で一撃も入れられなかった……」


「模擬戦、有難うございました!」


 ばたりと倒れ伏す青赤コンビに向かって、ペコリと頭を下げる小鈴。そんな小鈴に向かって返事をするのも億劫なのか、青木と赤川は片手を上げる事で応える。そして、そんな二人の様子に苦笑を洩らしながらも、小鈴は「あ、そうだ」とばかりに思い付いた言葉を告げていた。


「そういえば、新宿だか、渋谷だかが何か大変な事になっているようですけど、お二人は帰らなくても大丈夫なんですか?」


「何か……?」


「大変なこと……?」


 青木と赤川が身を起こして小鈴を見上げてくる。そこで、小鈴は改めて気が付いたように、ぽんっと掌を打つ。


「あ、そういえば、ダンジョン内では携帯の電波とか届かなかったんですよね。じゃあ、外の情報とかも全然知らないのかぁ……」


「え? 何かあったの、小鈴ちゃん……?」


 青木の顔色が悪くなる中、小鈴はあっけらかんとその言葉を告げる。


「何か、新宿狩り? とか言うのが流行っているらしくて――」


 それは、意味は分から無いものの、青木たちの心を不安にさせる響きを十分に持っていたのであった。

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