第33話 鬼、活躍を予感す。

「あ、あれれ? 人が沢山……。どうなってるんだろ?」


 松阪ダンジョン二階層入り口付近は小さな体育館ほどの広さがあり、その開けた空間には大勢の人間が腰を下ろし休んでいた。五、六人の人間が固まって、ある程度のスペースを開けて、更に五、六人の人間が固まって、といった具合に全部で八集団ほどが休憩を取っている。


「お前らと同じ探索者志望の受験者たちだろう。丁度時間も良いな。空いてるスペースで昼食を摂るぞ。二階層への挑戦アタックはそれからだ」


 柴田の指示に従い、小鈴たちは広間の端の空いてるスペースへと移動する。


「あれ? なんか見られてる……?」


「ルーシーちゃんの格好はセクシーだからね!」


「セクシー忍者」


「そういうのは求めてない!」


「というか、女四人もいて此処に辿り着いたってのが珍しいんだろう。良いからさっさと昼食の準備をしろ。此処から先も厳しいんだぞ」


 柴田の言う通り、周囲のパーティーには女性は居ても一人か、二人といった具合で四人も揃っている班は珍しいようであった。しかも、そのほとんどが奇天烈な格好をした女子高生だというのだから、注目も集めようというものである。


「ピースとかした方が良いのかのう?」


「芸能人じゃないんだから……。そういえばタケちゃんは手ぶらだけど御昼御飯と夜御飯はどうするの?」


「ん? そんなものはDPで寿司でもとって――」


「はい! ストープッ! どうせそんなことだろうと思ったよ!」


 小鈴はため息を吐き出しながら背嚢の中からアルミホイルに包まれたおにぎりを取り出し、それを大竹丸に渡していた。中身は大きなおにぎり二個にたくあん入りだ。


「いきなりDPを派手に使ったら変に思われるでしょ! 今日のところはこのおにぎりで我慢して!」


 おにぎりを受け取った大竹丸は繁々とそれを眺めると――。


「これ、小鈴の手作りかのう?」


「不恰好だって言いたいんでしょ……」


「いんや、最高のご馳走じゃ♪」


 ――大竹丸は花が咲いたような笑みを浮かべてみせた。


 そこまで喜ばれると作った方も嬉しいのか。小鈴も頬を赤らめて顔を逸らす。


「別に誉めたって何も出ないもん……」


「ありがたく頂くとするぞ! 小鈴よ、感謝じゃ!」


「あー、私も小鈴みたいにおにぎり作ってくれば良かったなー」


 照れまくる小鈴を横目にルーシーが小型のポシェットから取り出したのは、携帯栄養食カ○リーメイトだ。どうやら彼女はこれだけで昼を終えるつもりらしい。いそいそとブルーシートなんぞまで用意し始めている小鈴は吃驚したように尋ねる。


「ルーシーちゃん、それだけで大丈夫? お菓子ならあるけどいる?」


「小鈴はどれだけそのリュックに詰めてきてるんだよ……」


「最大一週間ビバーク出来るくらい?」


「…………。なら、お菓子もらう」


「うん、遠慮しないで!」


 小鈴は楽しそうだ。むしろ、彼女が凄いのは小さな桐たんすぐらいはありそうな背嚢を背負いながら、戦闘でも全くその重さを感じさせないで動くことが出来ることだろう。どうやら荷物の積み方にコツがあるようなのだが、そもそもそんなに荷物を背負って動き回ることがない人々には興味のない話であった。


 小鈴が用意したブルーシートに皆が座って、そこで昼休憩となる。時刻は十二時四十二分。折り返し地点到達までのペースを考えるとなかなか良いペースなのではないだろうか。そして何よりも班の雰囲気が明るい。それは女子高生三人組が気の置けない関係なのと物怖じしない性格をしている為だろう。黒岩の気弱な性格も十分潤滑油として機能している。


 それぞれがそれぞれの食料を取り出して、さて昼食だ。見やれば周囲も班で集まって昼食を取っているところが多い。だが、その班の雰囲気は様々であった。


「結構、ギスギスしてるところが多い……」


 その事にいち早く気付いたのはあざみだ。彼女は目端が利く。


「あ? あぁ、他のチーム? パーティー? まぁいいや。他の人たちはそんな感じなの? 何で?」


 ルーシーは手早く食べられる物だったので、もう食事を終えて今は小鈴が用意したお菓子に手を付けている。なお、そのお菓子の袋は何故か大竹丸の前にも置いてあったりする。誉めても何も出ないと言っていたが、お菓子は出たようだ。


「自分の命が懸かっているからだろ」


 お茶とレーションを広げながらそう答えたのは柴田だ。彼は昼休憩中は仕事を持ち込まない主義らしい。会話に参加する。


「ゴブリンは数がいるからな。連携が上手くいかなかったりすると攻撃を受けたりする奴が出てくる。攻撃を受けた奴が、そのチームの誰かのせいだと思っていれば……雰囲気も悪くなるだろう」


「ふーん。皆でカバーしあうのがチームだと思うんだけどなー」


「そうだな」


 柴田は苦笑する。


 軽く放ったルーシーの言葉は真理だ。だが、今日初めて顔をあわせた人間たちに連携を求めても難しいことだろう。このチームの連携が良いのは顔見知りが大勢いた為だ。運が良かったとも言える。


「うん、僕らはなるべく皆でカバーしあって頑張ろう」


 黒岩がそう結論付ける。ちなみに彼が用意してきた昼食はコンビニのサンドイッチとおにぎりであった。この班は連携はともかく食事の栄養バランスは悪そうである。


「ん。午後からも頑張る為にも一時間の昼休憩を所望」


 すっと手を上げ、あざみはそんな提案をする。早い所ではもう昼食を食べ終わって動き出す班もあるというのに彼女たちはのんびり一時間休憩を挟もうという。それは何故か。


「二階層は一階層と違ってゴブリンに種類が出てくると聞いた。強行軍で動くと危険。あとペペぺポップ様が休めと仰っている」


「ゴブリンに種類? どういうこと?」


 ペペぺポップの部分はさくっと無視してルーシーが聞き返す。だが、あざみは表情ひとつ変えることなく言葉を返す。


「通常ゴブリンに加えて、ゴブリンファイターとゴブリンアーチャーの二種類が増える。自衛隊のホームページにそう書いてあった」


 皆が柴田を見るが……。


「攻略に関する情報は教えられんな」


 どうやら口は固いようだ。


「ゴブリンファイターかぁ。強いのかな、タケちゃん?」


「妾に言わせれば塵芥ちりあくたじゃの」


「言うと思った……」


 小鈴はあからさまにため息をつく。


 そんな様子を見ながら、あざみは何かを期待するように柴田へと視線を向ける。どうやら昼休憩を取る許可を求めているようだが……。


「休憩に関してはチームで決めるものだろう。俺が決めることじゃない」


 あえなく袖にされる。


 というわけで、改めてチームメンバーを見回すあざみ。彼らは『時間にも余裕があるだろう』ということであざみの提案を特に断ることなく受け入れた。見やれば、周りの班でも休んでいるところは多く、きちんと英気を養うつもりらしい。


 一時間の休憩中にあざみとルーシーは寝て、黒岩は文庫本を読んでいる。柴田はメモをまとめ、そして大竹丸と小鈴は秘密会議中だ。どうやら午前中の反省らしい。


「タケちゃんごめんね。でも、本当にタケちゃんが暴れちゃうと試験にならないと思うから……」


 しゅんと気落ちした様子で語る小鈴だが、大竹丸は気にしていないとばかりに豪快に笑い飛ばす。


「なに、問題はないぞ。それに活躍の場はその内にやってきそうじゃからな!」


「え? それってどういう……」


「ククク、秘密じゃ!」


 楽しそうに笑う大竹丸に不安しか覚えない小鈴。そして、そんな事をしている内にも遅れて広間に辿り着いたらしい班がちらほらと休憩に入っていくのであった。

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