第34話 鬼、ルールの穴を突かれんとす。

 一時間の休憩が終わり、ようやく準備万全。小鈴も荷物をしまい柴田班のメンバーも各々腰を上げる。


「それじゃ、午後も頑張っていくよー! えいえいおー!」


「おー! やろうぜ!」


「おー」


「うむうむ、頑張ろうのう」


「「「「…………」」」」


 全員の視線が何も言わない黒岩に向かう。


「え? 今の僕もやらないとダメなの?」


 ダメらしい。女子全員がコクリと頷く。


「え、えいえいおー!」


 黒岩が一人遅れて掛け声を上げると休憩の準備をしていた班の面々からクスクスと笑い声が上がった。勿論、黒岩の顔は真っ赤だ。


「よし、ナイスガッツだよ! クロさん! じゃあ行こ――……あっ! 柴田さんもやります?」


「やらん」


 即座に拒否である。若干黒岩が恨めしい目で見ている気がするが、柴田は渋い大人らしく無視スルーした。


「じゃあ行こう!」


 慌ただしく出ていく小鈴たち。だがそんな彼女たちに合わせるようにして、ひとつの班が一斉に立ち上がったことに彼女たちは気付いていないのであった。


 ★


けられているな……」


 二階層に降りて暫く経ったところで、ポツリと柴田がこぼす。それに驚いたように班員の面々が柴田を見返していた。


 いや、一人「そうじゃの」と返事をしただけの者もいたか。


 大竹丸は親指をくいっと背後に向けると「三十メートルほど後方に、付かず離れずの距離を保って他の者たちが付いて来ているようじゃ」と説明する。どうやら後方にいた事で柴田も大竹丸も気付いたようだ。尚、探知が得意なあざみは先制攻撃をする関係もあって、いつの間にか前衛の直ぐ後ろにまで隊列の位置を上げていた。彼女も後衛の位置にいたのなら気付いていたことだろう。


「でも何で?」


「まぁ、楽をする為じゃろうな。モンスターの露払いに、道案内。全て妾たちに任せれば後はついていくだけじゃからのう」


「一斉に試験を行った事で出た弊害だろうな。今回の試験が終わったら日本探索者協会に報告を入れよう」


 柴田はそう明言するが、それは現状ではどうにもならないと言っている事も同義であった。それを聞いてなお小鈴は食い下がる。


「それって何かズルイ! どうにかならないんですか!」


「向こうの付き添いの自衛官も評価として何か書いてくれているだろう。それでどうにかなるかもしれんが……」


 言っておきながら、自分なら頭脳プレーとしてプラスの評価を付けるだろうと柴田は思う。しかも、相手はこちらに顔などを覚えられないように灯りを使っていないようだ。用意周到である。


 いや、これはLEDランタンを所持している小鈴がおかしいだけなのかもしれない。


「むー、納得いかない!」


「そんなことよりも敵が前方から迫って来ている。距離十五」


 あざみの言葉に全員の意識が切り替わる。二階層に入っての初戦闘だ。油断は怪我の元とばかりに全員が後方でなく前方に意識を集中させる。


「よーし、鬱憤を晴らす絶好のチャンス! やっちゃうよー! さぁ、こーい!」


「……小鈴、射線開けて」


「ごめんなさい……」


 やる気に満ち溢れていたところを注意され、小鈴はあざみに道を譲る。だが、その様子に鋭い声を発したのは大竹丸であった。


「アーチャーがおるぞ! クロ、あざみを守らぬか!」


「え? あ、はい!」


 慌ててあざみの射線を塞ぐように盾を構えて飛び出す黒岩。その様子に一瞬ぴくりと眉を動かすあざみだったが、次の瞬間には黒岩の盾に鋭い衝撃と共に矢がぶつかるのを見て顔をしかめる。


「ペペぺポップ様の御告げを聞いていなければ大怪我だった……。そして、やられたらやり返すのがペペぺポップ様の教義。クロさんどいて」


 黒岩の返事を聞く前からあざみは投擲モーションに入っていた。そして、横っ飛びに黒岩が回避するのと同時に弾丸と化した石が一直線に飛んでいく。黒岩としてはドキドキだ。


(死ぬかと思った……。抗議したいけど、今の柊さんは怖いから後でやんわりと抗議しよう……)


 どこまでも弱気な男である。そんな黒岩とは違い、小鈴はもう気を取り直して薄闇の中を透かし見るようにして目を細める。


「着弾したっぽい?」


 何かが倒れたようには見えたが、それがアーチャーなのかどうかまでは分からなかった。そして、アーチャーが健在であれば、二の矢や三の矢が飛んでくる可能性がある。そんな中を突貫出来るほど小鈴の胆は太くなかった。


「着弾したのは、雑魚ゴブリンじゃな。向こうも一際デカイのが剣を構えてやってくるぞ」


 大竹丸の言葉が終わるか終わらないかの内に、相手がランタンの灯りの内に踏み行って来る。


「ホントにおっきいゴブリンだ!」


 小鈴が叫ぶ通り、通常のゴブリンが百センチ程度の身長であるのに対して、一番先頭に立って突っ込んでくる剣を持ったゴブリンは百五十センチぐらいは身長がありそうなゴブリンであった。そして筋肉質な体付きは普通のゴブリンとは一線を画し、どこか威圧感を覚えるほどだ。


「よーし! やっちゃうよー!」


 それでも小鈴は恐怖というものを感じなかったらしい。腕をぐるぐる回してやる気だ。


「いやいやいや、よーしじゃないですよ!? 田村さんは下がって! 僕が相手します!」


 黒岩としては小鈴に傷でも付こうものなら自分がボコボコにされる恐怖がある。なので、怖くても背の高いゴブリンに向かおうとしたのだが……。


「クロよ、不要じゃ。御主は御主に出来ることをせい」


 大竹丸の一言で止まる。


 本当にそれで良いのかと思わず大竹丸を見返すが、彼女は自信満々の態度で腕組みをしてふんぞり返っていた。


「妾が直々に稽古を付けてやった小鈴がこの程度の相手に負けるわけがなかろう。小鈴よ、手は出さんからな」


「オッケー! タケちゃん、了解!」


 尚、小鈴が負けそうになったら足を出す気満々の大竹丸である。物は言い様とはまさにこの事か。


「分かりました! 柊さん、加藤さんは僕の後ろに! ……あれ?」


「分かった」


(え? あれ? 加藤さんは?)


 黒岩が辺りを見回す中、ルーシーは壁際に張り付くようにして息を潜めていた。LEDランタンの灯りが明るいだけに、光の届かない壁際に息を潜めて潜伏されると本当に姿が見えないような錯覚を起こす。それは恐らくゴブリンたちもそうなのではないだろうか。


「柊さん、後ろからの援護をお願いします……。なるべく目立つように立ち回りましょう……」


「ルーシーの狙いは、多分面倒臭そうなアーチャー。暗殺が済むまでは遠距離攻撃にも注意する。無理はしなくて良い。多分、小鈴もそれは意識している」


「なるほど。参考になります……」


「ギャギャギャー!」


 ランタンの灯りの中に踏み込んできたのは全部で四体のゴブリンだ。そして、その中の一体がゴブリンファイターで、一体がゴブリンアーチャーと呼ばれる種である。この二体ともモンスター脅威度はランクE。非武装の一般人では勝つことが難しいとされるレベルである。


 尚、通常のゴブリンが所属するランクFは、老人や子供では対抗するのが非常に難しいレベルとされている。


「こっちこーい!」


 大声を上げて、ゴブリンファイターに突貫していくのは小鈴だ。そんな小鈴の動きに呼応するようにして、ゴブリンファイターの背後から鋭い矢が飛んでくる。だが小鈴はそれを読んでいたかのように機敏なサイドステップで躱し、そのまま一気にゴブリンファイターとの距離を詰める。尚、LEDランタンは突っ込む前に腰のベルトにフックで取り付けている。これで落とすこともなく安心だ。


「グギャギャギャッ!」


 突っ込んできたのが自分と対して身長の変わらない少女だったからだろうか。ゴブリンファイターは醜悪な笑みを浮かべると、両手で掴んでいた剣を大上段に構えて一気に振り下ろす。


(小鈴が矢を躱すのを見とらんかったのか。阿呆が)


 大竹丸が予想した通り、小鈴は軽いサイドステップで剣の軌道を避けるとそのまま更にゴブリンファイターの間合いの内へと踏み込んでいた。


 その状態に困惑したのはゴブリンファイターだ。剣で薙ぐにしては近過ぎる間合いだし、とはいえ剣を捨てて良いものかどうかも迷って決められない。結果、刃が当たらないと分かっていながらも縦に振った剣を強引に横に薙ぐことでゴブリンファイターは対応してきた。そして、それが振り抜かれるより早く、小鈴はゴブリンファイターの眼窩にピッケルの先ピックをスコンと食い込ませる。そしてそのまま自分の全体重を掛けて一気にゴブリンの体を駆け上ろうとする。


「ギャガァァァァァーーー!?」


 そんな事をされたら堪らないのはゴブリンファイターだ。自分の目を抉られたのは勿論、眼底に小鈴の全体重が乗っている状態である。骨にあっさりと皹が入り、体勢が崩れて一気に前のめりに倒れ込む。横薙ぎの軌道を描いていた剣は地面を叩いて転がり、あっさりとゴブリンファイターの手を離れていた。そして、無様に転がるゴブリンファイターの目からさっさとピッケルを引き抜いた小鈴は、倒れたファイターの背後に回って、その頸骨の後ろにとんっとピッケルの持ち手側――槍のように尖った部分石突をあてがっていた。


「私が可愛いからって油断はいけないと思うんだよねー。じゃあねー」


 そのままゴンっとピッケルのヘッド部分に拳底ハンマーパンチを叩き付ける。それだけで石突がゴブリンファイターの脛椎に深々と突き刺さり、哀れゴブリンファイターは光の粒子となって宙に帰っていく。そんな光の粒に囲まれてちょっとだけ気の抜けた表情を見せる小鈴だったが……。


「危ない!」


 黒岩の大きな叫び声が洞窟に響くのであった。

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