第172話 真理の探究者に挑戦す。⑦

「……どうやら、覇気は十分なようだが、実力は伴っているのかな? どれ、試してやろう」


 三面六臂の姿のままに、神は全ての手に武器を作り出す。


 何も無い空間から光が凝り固まって武器を作り出すのは、大竹丸が三明の剣を呼び出す姿にも似ていた。


 神の手に現れたのは、いずれも普通の形状をしていない曲刀だ。


 マンゴーシュに、シャムシール、ハルパーにショテルなど、どことなくエスニックを感じさせる武器が神の六腕に収まる。


 三面六臂の姿も相まって、その神の姿はヒンドゥー教のシヴァ神にも似た姿に見えた。


 神がそれらの曲刀を選んだのは、別に物珍しさやハッタリからの行為ではない。この形状の方がと思ったからである。


 神は笑いながら腕を振るう。


「終わってくれるなよ?」


 右の三腕に握られた曲刀が空気を引き裂き、次元を引き裂いて宙を走る。


 次の瞬間に起きたのは、大竹丸の左上部に細かな皹が走り、それが一気に亀裂となって大竹丸の体を斜めに薙いだ事であった。


 亀裂は空間を断裂し、大竹丸の背後の景色がずるりとずれていく。


 だが、その亀裂は大竹丸を無視したかのように走っておらず、周囲の空間だけがズレ落ちていくだけで、大竹丸は何のダメージも受けていないようであった。


 彼女は神の攻撃を鼻で笑う。


「大仰な準備をしておきながら大した技でも無いのう。それなら、ほれ――」


 大竹丸がデコピンの要領で人差し指を弾くと、神の頭のすぐ横の空間に次元を破壊した穴が穿たれる。


 その穴を面白くも無さそうに神がひと睨みすれば、空間には元から穴が無かったかのように、その痕跡が消えてしまっていた。


 それぐらいの事は大竹丸にも出来るとでも言いたいのか。


 大竹丸も軽く指を鳴らす事で、背後の空間の亀裂を失くしてみせている。


 神が感心したように目を細める。


「どうやら、相応の準備はしてきたという事らしい」


 先の一連のやり取りを経て、神は納得した。


 この大竹丸であれば、敵となり得るという事に――。


 そして、現在、自分は逃走という方法を封じられている状態だ。


 つまり、正面を切って大竹丸たちを撃破しなければいけないという状況に追い込まれているのだと、神は自覚する。


 少し面白くなってきたと、神は笑う。


「おい、大竹丸! ちょっと……いや、凄く美しいし、可愛いけども! 周囲に気を配れ! 桐子が死ぬところだったじゃねぇか!」


「…………」


 神が大竹丸を敵認定した一連のやり取りではあるが、その余波に巻き込まれ掛けた者たちにとっては酷い応酬だったようだ。


 天堂寺は脚の折れた茨木に肩を貸して遠くにまで離れ、葛葉はようやく目を覚ましたらしきアスカを神通力で持ち上げて、大竹丸の近くを離れている。


 そんな仲間たちの様子を見ることなく――感じながら――大竹丸は「すまんのう」と謝っていた。

 

 大竹丸自身もここまで派手になるとは予測していなかったようだ。


 どこか困った顔で告げる。


「知識は身に付けたが、実践経験が少なくてのう。どれぐらいの規模で影響が出るのか良く分からぬのじゃ。まぁ、なるべく遠くに離れてくれると助かるかのう?」


「…………」


「おぉっ⁉」


 大竹丸の言葉に反応したのは、どうやら葛葉らしい。


 彼女が神通力を使うと、一瞬で闘技場の壁が遥か彼方へと去っていき、周囲が砂砂漠のような光景へと変貌していく。どうやら、闘技場の空間を何百倍にも拡大したようだ。


 戦場フィールドが拡大した事には文句の無い大竹丸であったが、照明までもが遥か彼方の上空にまで行ってしまった事で、一気に周囲が暗くなっていく事を気にしたようだ。


 大竹丸は掌の上に光球を幾つか生み出しながら、それを周囲へと投げつける。


 視界が一瞬、闇に覆われそうになるが、次の瞬間にはその光球が光源となって、砂の上に佇む大竹丸と神の二人の姿を明るく照らし出していた。


 その様子を神は何処か愉しそうに観察する。


「……何じゃ? 今の暗がりの間に仕掛けてきても良かったのじゃぞ?」


「馬鹿を言わないでくれよ。ようやく望んだ展開になってきたというのに、何でそんな無粋な真似をしなければならないんだ」


 神はどうやらこの戦いを愉しんでいるようだと知り、大竹丸の顔にも凶暴な笑みが浮かぶ。


「ほう。妾との一対一タイマンが望んだ戦いじゃと?」


「そうではない。……それに、そちらは一人で戦うつもりでも無いようだが?」


 神の言葉に応じるようにして、砂を間欠泉のように蹴立てて猛スピードで近付いてくる一人の影がある。


 最初は「何じゃ?」と思った大竹丸であったが、影の声を聞いてすぐさまにその正体に気付いていた。


「おう! その喧嘩! 俺も混ぜろや!」


「酒呑のか!」


 どうやら、茨木を安全な場所まで逃がしたという判断で戻ってきたらしい。


 砂漠を疾走する砲弾キャノンボールのように突っ走ってきた彼は、勢いそのままに神に向かって飛び蹴りを放つ。


 それを一歩下がって躱す神だが、その後背に何かの気配を感じ取って振り返ろうとする。


 だが、遅い。


 神の背後には、顕明連を片手に引っ掴んだ大竹丸の姿があり、大竹丸はその場で軽く斜め上に向かって掌底を放っていた。


 神の体が不可視の力によって、斜め上に突き上げられるのと、腕を大きく広げた天堂寺が神の頭を捉えるのがほぼ同時。


「ラッシャア!」


 変形のラリアットを頭部に受けた神が錐揉みをしながら、上空に飛ばされる。


 頭部を襲った強烈な衝撃に、一瞬意識が飛びそうになるのは、これが人の体を模した弱い姿だからだろう。


 すかさず空中でピタリと止まった神は、自分の姿を即座に変形させようとして、強烈な殺気が上空から襲い掛かってくるのを感じて空を見上げる。


「ヒーローの必殺技は高高度からの蹴りと言うのが鉄則じゃからのう!」


 顕明連を使って、一瞬で上空へと転移していたのだろう。


 大竹丸が飛び蹴りの姿勢のままで、重力加速度以上の異常な加速をして神に迫ってくる。恐らくは神通力も併用しているに違いない。


 神はその姿に慌てて障壁を数十枚と展開するが、大竹丸の蹴りはその障壁を容易く蹴り破って一気に神まで迫ってくる。


(転移を――……くっ、これも封じられているのか)


 瞬時の判断。そこに枷が嵌められていた事で、神の対応が遅れる。


 高高度からの亜音速の蹴りが神の頸椎に入り、ごきりっと嫌な音が響く。


 だが、それでも神は自身の体の負傷を瞬時に確認。


 自分の体の負傷部分を即座に修復していこうとするが、大竹丸の蹴りは当たったまま更に加速していく。


 空気が裂け、蹴りの軌道にあった空気が刹那で圧縮され、神の周囲が灼熱化していく中で、自分の体を再生するという作業は困難を極めた。


 治していく隙から破壊されていく細胞に閉口し、神が人の肉体の脆さを呪い始めたその時――、地上で待っていた天堂寺が拳を構えるのが神の目には映った。


「ツープラトンだ! 喰らっときな!」


 地面に衝突する直前に神の腹に天堂寺の右拳がめり込む。


 頸椎への蹴りと、腹部に突き上げる衝撃が走った神の体は上半身と下半身に逆方向の力が加わり、ミシミシと嫌な音を立てる。


 結果、神の体は錐揉み状態で彼方へと吹き飛んでいった。


 そんな神を横目に砂の上に華麗に着地する大竹丸。


 そして、腕を前に出した状態で迎える天堂寺の間抜けな姿に目を細める。


「何じゃ、その手は?」


「いや、何でも無いです……」


 ちょっと抱き留めようと思っていた天堂寺はハッキリとは言えずに、言葉を濁すしかない。


 そんな一幕を吹き飛ばすかのように、どぉんっという大きな音と共に砂柱が立つ。


「く――……はっはっは!」


 ちりちりとした感覚が大竹丸の肌を刺激するのは、細かな砂が散っているだけではないだろう。その証拠に、大竹丸の視線の先には膨大な光の奔流が舞っていたのだから。


「これだ! これに違いない! 私が欲していたものは!」


 声高に喋っているのは、恐らく神であったものだ。


 だが、その姿は先程までの三面六臂の姿ではなかった。


 光の奔流が徐々に人の姿を象る。


「全知全能が故の悩み! それが今晴れたわ! しかし、やはり脆弱な三次元の体では本領が発揮できぬな! だが、この高次の体であればそうはいかぬぞ! では仕切り直しと行こうか、大竹丸よ!」


 高らかに告げる神の肉体は既に人のソレではなかった。

 

 光を収束して、それを肉体として利用したのである。


 その姿には実体が無く、物理的な攻撃を受け付けないばかりか、光の速さで動き、触れる者全てを焼き切るだけの潜在能力ポテンシャルを備えている。 


 まさに、神に相応しい器であろう。


 だが――、


「――ぐぉっ⁉」


 一瞬で間合いを詰めた大竹丸の拳が神の体を捉える。


 神は反射的に応戦するも、その拳は軸をずらして打った大竹丸の頭を捉える事が出来ない。


 それどころか、大竹丸は神のと体勢を崩し、そのまま腕を掴みながら地面へと倒れ込む。


 バシュッと短い音が響き、神の腕が妙な方向に捻じ曲がるが、神はその腕を刹那で消すなり、大竹丸から距離を取るようにして離れていた。


 光で出来た神が、煌めきを揺らす。


「馬鹿な……。私に触れられるわけが……」


「何じゃ。妾に光が捕まえらぬとでも思ったか?」


 見やれば、大竹丸の体を覆うようにして光の膜が張られている。


 恐らくは、あの光の膜が神と同じ高次元の物質で出来ている為に、神に苦も無く触れられたのだろう。


 その事に気付いた神は歯噛みをするように呻く。


「なるほど。本当に面白くなってきたじゃないか……」


 その言葉には、強がりでも何でもなく神の本心が詰まっているのであった。

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